月が導く異世界道中

あずみ 圭

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終章 月と亜空落着編

深き底にて再会叶う

「……サリ様。お久しぶりでございます」

「ええロナ。お久しぶり。珍しく無茶をしたのね、若様が殺さずに済ませて下さった事はきちんと感謝するのですよ」

「……はい」

「ならばあまり強情を張らず、無茶も言わぬ事。他ならぬ魔族絡みです、クズノハ商会の一員として私も監視させてもらいます」

「……」

 そこははいでしょうよ。
 ロナについては、とりあえず大雑把に魅了は除去して傷の治療も済ませてある。
 どういう訳かまだ完全には状態異常は治療できてない。
 故に大雑把に、だ。
 ひとまず正気は維持できる状態、僕が知るロナなら精神力でねじ伏せられるレベルにまで薄まったから拘束してサリを連れてきて同席させてる。
 環曰く、中途半端な魅了に抗い続けるのは非常に不愉快な感覚らしい。
 正気の自分が心の底から嫌悪する人物に対して絶えず好意的な印象が刻まれ続ける苦痛がどうとか、と教えてもらった、
 了解も無く僕を巻き込んでくれた礼にその位の嫌がらせはさせてもらおうかと思った次第です。
 拘束が例の亀の甲羅的な縛り方になっているのは触れないでおく。
 断じて僕の趣味じゃなく巴と澪が遊んだ結果だ。

「もしサリが二人きりで話した方がスムーズなら僕はそれでも良いけど」

 ロナの話す情報の真偽を一々疑い確認し、警戒する手間を考えると必ずしも僕がここにいる意味はない。
 サリはここでロナに対して僕の事を若様と呼んでみせた。
 迂闊にも真様とは言わない。
 彼女は僕とは違ってそういう機微をきちんと感じ取れるし、もしかしたら無意識レベルで使うべき言葉を選択できる子だ。
 今日サリとロナを二人にしてもそれでサリがクズノハ商会を裏切ったりはしないって事だ。

「随分話がわかるわね、ライドウ。では申し訳ないけどそうしてもらえる? 残念ながら今の私はすべきでない失言をする恐れがある。多少なりとも信用できる人物と一緒の方が好ましいもの」

「駄目。若様にはここにいてもらいます。ロナ、今回の件でクズノハ商会から魔族への印象は非情に悪くなりました。私が懸命に若様にお仕えし、いよいよ魔族の希望者をこちらでうけいれてもらえるかもしれないという時に、貴女は最悪のタイミングで若様を利用した。これは魔族による挽回が絶対に必要です」

 魔族の移住、僕OKしたけっか。
 ローレライもいるし、基本海の方で生活するならまあ許可しても良いかなと思ってるけど。
 ライムからヒューマンを含む孤児の受け入れも頼まれてるしな。
 正直どちらの受け入れも他の種族に比べてリスクはあると思う。
 拉致してくるのは論外だけど、魔族にせよヒューマンにせよ真摯に移住を希望するなら拒む理由はない。
 ヒューマンは……女神の件もあるから出来ればあいつと対峙する時を超えてからのが好ましくはある。
 ただこういうのは、経験上上手くはいかない。
 多分女神との決着を待たずに彼らを受け入れる事になるんじゃないかと僕は密かに思ってる。
 亜空の今を考えればお金も物資も貯まる一方で、集落ごととか種族ごとの受け入れでも余程じゃなければ問題はない筈だ。
 上がってくる報告書が恐怖政治で処罰を恐れた間違いだらけの数字になっていない限り。
 亜空については多分する必要が無い心配だと思ってる。

「仮に、私が貴女に絆されて逃がそうと画策してもここは脱出不可能な監獄に等しい場所。協力したところで逃亡も脱出も不可能」

 サリはロナの逃亡という選択肢を奪う。
 これは有難い。
 無駄だとわからなければロナは延々と狙いかねない。
 ちなみにここにいるのは建前としては僕とサリとロナだけ。
 巴も澪も識も環も控えているけれどロナには感知できないだろう。

「じゃ、まず答えやすそうなとこからいこう。ロナ、お前は帝国の勇者の魅了を食らって僕に殺されに来た。合ってる?」

「全く答えやすい質問じゃないけ――」

「ロナ?」

 軽口で会話の主導権を引き戻そうとしたロナがサリに牽制されて顔を伏せる。

「……ええ。合ってるわ。私はライドウを安全装置として利用した。死んでないないのは完全に誤算だったけれど」

「うん、じゃ次だ」

「ねえ、貴方本当にクズノハ商会の代表のライドウ?」

「あんまり似た顔のヒューマンもいないだろうが。どうした?」

 ヒューマンじゃなければいない事もなかったけどな。似てる人。
 喜んでいいのか悲しむべきなのか、未だに僕にそっくりなヒューマンには会った事がない。
 世界には三人似た人がいるらしいけど、この世界では通用しないのかもね。

「かなり、雰囲気が変わって見えたから」

「まだまだ僕も若いんでね。しばらく会わなきゃ多少は成長もするさ」

「成長?」

「ああ、で死んでないのは誤算だって言ったな。それってさ……どっちの生死について言ってる?」

「……!」

 未だロナが生きている事か、それとも。
 未だ僕が死んでいない事か。
 あの時のロナの言葉。
 何で死んで……の意味は僕には、僕がまだ生きている事への驚きに聞こえた。

「……」

 あの黒い雷。
 当然後で話してもらうけれど、あの攻撃はかなり特殊な部類だった。
 かつてない痛み。
 先にアルテので経験してなかったら僕だって気絶したかもしれないと本気で思う。
 ロナの突きに込められていた方がずっと痛かったとはいえ、アルテの雷撃を何発か受けていた事が結果的に慣れという形でプラスに働いたのは間違いない。
 珍しくロナの目が迷いに揺れていた。
 横にいたサリがそっと足を引いて怯えに似た雰囲気を醸し出した。

「答えは、ロナ?」

「あの時の言葉についてなら……両方よ。今日についてだけ言えば、私」
 
「女神の使徒だけが使えるという全克属性、雷。黒色の雷がロナの切り札であり、僕と対峙してもどこか余裕を保っていた事への理由で。そして僕を安全装置として使いつつも僕とお前が相打ちになってクズノハ商会の誰かに殺される筋書きを描いた理由でもある。そういう事?」

「……ええ。あれは使用する度に身体に物凄い負担がかかるから決して多用はできないわ。それでも、私が持つ最も強力な攻撃にして切り札なのは事実よ。あらゆる魔術、魔力を切り裂いて実質初見で回避するなて不可能な必中必殺の武器、そのままの名で黒雷」

「……ちなみに黒の雷ってどんな効果なんだ?」

「ロナ、偽りなく答えなさい」

「今こうしてライドウが生きている以上、もう私に彼に殺す事は出来ません。ですから包み隠さず話します」

 サリには素直だな、本当に。
 まあサリはゼフさんと血が繋がった本当の意味での魔王の子だ。
 ロナは知ってるし、だからこそサリの事も大事に思ってるんだと思う。
 だってこいつ、間違いなく魔族じゃなく魔王ゼフ個人に仕えてる感じだから。
 うちで例えると澪だな。
 僕としては嬉しくないんだけど、多分澪は亜空がどうなっても僕を第一に考えてくれちゃいそうな気がする。

「ただでさえ反則属性なのに効果まで多彩と来てる。女神の使徒はまだいるし、雷属性については出来るだけ情報が欲しいんだ。黒いのの効果は?」

「……まるでこれ以外の雷を知っているとでも言いたげね。今代の女神の使徒は存在も明らかになっていないのに」

「……」

 魔族のアルテの事は知らないのか。
 
「黒の雷の効果は単純よ。致死に至る痛み。それだけよ」

「致死に至る、痛み? 致死性の痛み、ってどんなん?」

 毒や呪いとは違うんだろうか。

「人はね、強すぎる痛みを認識するとショックで死に至る事があるの。その傷自体が致命傷でなくともね」

 なる、ほど。
 痛みが過ぎると、ショック死。
 耐えられない痛み?
 とすれば確かにシンプルだ。
 ロナの口ぶりからすると、高威力とは違うんだろうな。
 現に僕はダメージには普通に耐えられてる訳だし。

「初耳だ」

「少なくとも、私が把握してる黒雷の情報はそうよ。人に対して放つならば女性であれ必殺の痛みを叩き込む、らしいわ」

「女性であれ、か。確かに痛覚については男より女の方が耐性があるって聞いた事があるけど……」

「そうなの?私は女神の祝福を受けやすい女性でも、って意味だと思ってたわ。事実、これまでに五度黒雷を撃ったけど全員外見上は傷一つなく即死していたしね」

 ……怖すぎだろ、黒雷。
 ロナの方が怪我していたのは魔術の反動だろうと識が言ってた。
 血まみれで放置すれば死んでたかもしれない状態だったようだ。
 それを五度、ね。
 こいつも大概、どうかしてる部類だな。

「……ロナが血を吹きだしてたのは?」

 アルテは赤雷を撃つ度に出血して倒れたりはしていない。
 となれば黒雷特有の代償か、女神の使徒以外が雷を扱える代償か。
 後者の可能性が濃いだろうな。
 彼女の答えを自分なりに予測しながら答えを待つ。

「わからない。けど黒雷を使えば毎回ああなるわ。元は女神の使徒だけが使える、女神の切り札の一つが雷属性らしいから。どういう因果か魔族の身で扱える代償か、それとも純粋に魔力量が足りなくて体の方もえげつなく削られてる結果かも」

「調べてないのかよ」

「アレを見て生きてるのは貴方とリスイだけ。いえ、巴と澪もか。他は誰もいない。私がアレを使える事を知っているのは陛下と私だけ。どうせ私は寿命で死ぬような仕事をしていないもの、ひとまず使えれば、後は騙し騙しでよかった」

 無茶苦茶だな。
 今生きて使えるからそれでいい。
 情報を掴んだ奴は皆殺しだ、か。

「あー。そのバイオレンスな考え方はともかく。ここにいる間は巴と澪を呼び捨てにするなよ。識についてもだ。さんだけ付けとくように。あれで皆、従業員からも好かれてるからな」

 当の本人たちが青筋立てて飛び込んできそうな予感がしたから一応釘をさしておく。
 ここが亜空で、亜空がどういう場所かをロナに明かす気はない。
 でもすぐに帰す訳にもいかないから、ある程度接触する人は増える。
 巴と澪を普通に呼び捨てにするようだと問題が起きかねないって訳だ。

「気を付けるわ。で? ライドウの事はどう呼べば良いのかしら。旦那――」

「リスイが、生きているのですか。それは、それは」

「っ」

 ?
 サリ?

「私個人としても少しだけ、聞きたい事が増えてしまいました。若様、まだお時間はよろしいでしょうか?」

 よろしいですよね、と副音声が聞こえてきそうなんですが。
 ロナが危険な言葉を紡ぐよりも早く、サリが謎の圧を生み出してずずいと前に出てきた。
 ……。
 こりゃあ、まだまだ話は終わりそうにないな。
 ここは海の底だし。
 僕か従者の誰かの助力がなければ脱出は不可能だ。
 気長に行きますかね。
 ロナとサリも、まあ、久しぶりの再会なんだしな。
 
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