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終章 月と亜空落着編
変わらぬ場所、束の間の微睡を
過去二回。
僕は女神によって半ば強制的に魔族とヒューマンの戦いに巻き込まれてきた。
そう、女神によってだ。
どちらも事前情報としてあの辺りがきな臭いだの、どこどこの国が怪しい動きを見せているだの耳に入ってきていた訳じゃない。
現実は残酷なもんだ。
そして今回三度目の大きな戦いが始まっていたようなんだけど、僕には何の報せも影響もない。
ヒューマン側が有利ならこんなもんか、という感じだ。
ちなみにツィーゲでも戦争の話題なんて殆ど無い。
「帝国が派手に動き出したようだね」
とまあ。
御馴染みのレンブラントさんがこないだ日々の話題の一つとして挙げたくらいか。
かなりの快進撃のようですがどうなるかはわかりませんね、と。
相槌程度に答えておいたけども。
あの人の情報網とんでもないよな。
僕は正直新聞はあんまり読まないんだけど、数紙目を通しておくのも悪くないかもな。
レンブラントさんが欠かさず読んでるって言ってたのは何てとこのだっけか。
学生らが無事にツィーゲを発ってしばらく。
僕の方も少しばかり落ち着いてる。
街の方はと言えば、学生がいようといまいとさほど変わる事なく、だ。
毎日がフロンティアなツィーゲだからこそでもある。
普通天下のロッツガルド学園から将来有望な学生が来るとなればもっと騒ぎになるだろうから。
接待ももっと強烈だったろうな。
その辺りは先に僕らが煮詰めておいたからおかしな事にならずに済んだ。
うちの名前だけじゃ弱いから冒険者ギルドや商人ギルド、それにレンブラント商会も連名であいつらの予定を決めて余計な横やりが入ってこないようにして……。
いや、頑張った。
折角の修学旅行が勧誘争奪大戦争になったら意味合いが変わってくるしね。
途中でそもそも修学旅行って何だよ、って根源の問いにぶち当たりつつもやりきった。
答えはわからんかったけども。
「グリトニアはリミアと補給物資を待つ、ね。ふむ……」
あっちもひと息ってとこか。
ロナが戻っただけで魔族が劇的に方針を変えるって事もなし。
まるで長槍を目いっぱい突き込まれたような形の戦況だけども、まあ魔族もこれで押し込まれて終わりって事は無いでしょう。
あの魔王と魔族の雰囲気を肌で感じていてわかる。
このまま終わらない人たちって事はね。
外商部隊からの報告もOKと。
ツィーゲの大商会勢は……どこも貪欲だ。
バトマさんとこは娘のアイドル路線に乗っかって限定品とか妹分グループを従業員から発掘してどうのとかいう大人数接客してくれる型アイドルのチェーン店を新規オープンして大攻勢をかけてるとか。
この街でも相当新しい部類に入る歌って踊る美少年美少女による宣伝、それを忌憚なく取り入れていくのが凄い。
カプリさんとこはグレイトホースの育成を確立しつつあるとかで大量輸送に一つの革命が起きるかもしれないと聞かされてる。
グレイトホースは魔獣である。
ばん馬を更に大きく強くしたような超大型馬であり、速力も申し分ない。
気性の荒さから飼育は無理だと言われていたのを秘密裏に可能にしたのだと胸を張ったカプリさんから教えてもらった。
本当なら街の話題を独り占めする筈が最近のツィーゲだとそれも敵わず悔しそうにしてるカプリさんはまだまだ若い。
ブロンズマン商会は生産系の鍛冶職にアイテムボックススキルがある事を突きとめて、これまたお祭り騒ぎになっている。
物としても不具合とかで問題が起きやすいアイテムボックスだけに個人のスキルとして存在する場合、権利関係や冒険に同行した場合の取り分をどうするかで冒険者ギルドを巻き込んで毎夜の会議が続いてるとか。
戦争?
うるせえ、他所でやってろ!
てな空気の我が町ツィーゲでございますよ。
「ベースの数は変動なし、うちの売れ行きも問題なしと。うん、今んとこ平和だ」
魔族の街ベルゴートは僕より前からあの街を見てくれてたリリトの予想通り夜を待たずにグリトニアの手に陥落した。
今頃はアイオンとローレルにも支援要請は届いているだろうし、大国はまた動かざるを得ない。
都市国家として独立したツィーゲも当然戦争への態度は示さないといけないだろう。
亜空でのクズノハ商会会議によると、人並みに金と物を出して終わりだろうとの事。
レンブラントさんも特別戦争に関心を持っていなかったから、僕もそんなとこだろうと思う。
「そうでもなさそうですぞ、若」
「巴、珍しいね。お前が事務所に顔出すなんて」
最近は亜空の方で何やら篭ってる事が多い巴。
ツィーゲの店にわざわざ顔を出すなんて、ルトかグロントさんに用事でそのついでか?
「あちらも冒険者の受け入れに慣れてきて問題もそう起こらぬようになってきましたからな。儂も澪に倣って相応に外に出ようかと思いまして」
「もう飽きる程外は見て回ったのかと思ってたよ。で、何か良くない動きがあった?」
「良くないという程では。ローレルが近くツィーゲとの間に陸路を拓こうと提案してくるくらいですか」
「前に言ってたトンネルか。北の戦争に比べたら大人しいもんじゃない?」
「ローレルの物がこちらに手軽に入ってくるようになるのは、儂にとっては一大事です」
刀を撫でる巴。
……ああ。
結局環が持ってきた元ご神体の脇差は巴の腰に落ち着いた。
僕としては白藤の方が落ち着いてて好きではあるんだけど、巴が気に入ってるからねえ。
急かされながら付けた銘は「微睡琥珀」。まどろみこはく、だ。
神社から出てるし月読様に因んだ名前も考えたんだけど、何か、この刀は妙な胸騒ぎがした。
んで、大人しくしててねーって名前にした。
僕の周囲に限ってそんな願いは通じないのでわ、とも達観するとこではある。
琥珀ってのは刀の柄にオレンジの石が珠みたく磨かれてはまってたから。
魅了の力を感じたから環に確認してみたところ、森鬼のシイと魔将のロナから抜いた魅了の力を取り込ませてあるらしい。
いざという時、万が一の時にその石を割れば周囲何キロかの魅了を一掃できる緊急避難みたいな効果が期待できるとかなんとか。
環なりに外に出る回数が多い巴を気遣ってくれた結果なんだろう。
「その話はまだレンブラントさんからも具体的なのは聞いてないけど、どこ情報?」
「ドラゴンネットワークですな。あそこは無駄に竜を抱えとりますから情報は筒抜けです」
「ルトやらグロントさんとの茶飲み話で出てきたと」
「そんなところです。今回のローレルは竜騎士も北に向かわせるようで、いよいよヒューマンは戦を決める気でおるかと」
……そっちが本命の情報か。
ローレルが虎の子の竜騎士を出す。
参加した名分をきっちり見せる訳か……。
「アイオンは?」
「変わらずごたごたしております。奴らはまあ、近々四大国ですら無くなるのを受け入れたのかもしれませんなあ」
「……ツィーゲも独立しちゃって悪い方にしか目立ってないもんね」
「騎馬はそこそこのが揃っておりますし産出もあるようですが、ほれ、最近ツィーゲででかい馬の魔獣を騎獣として使い出すなどと話が出てきておりますしな。ジリ貧ですな、はっはっは」
巴、容赦ない。
そして僕もほぼ同じ意見だからフォローもできない。
「しかし、今回は女神が大人しい」
「ですな。さぞヒューマンが優勢なのでしょう」
ふん、と挑みかかるが如き好戦的な笑みで答える巴。
「何事もなければ良いんだけどね。いや、本当に」
今のツィーゲの様に。
ちょっとした話題で済んでくれればどれほど助かるか。
「フリ、ですな若。わかりますぞ。女神なにするものぞ、いざ、いざという訳ですか」
「あいつがこけるとこはまあ見ものではある」
「お、その書類は澪がらみですぞ。あれも最近はコランの海運で海王と一緒に目利きなど一生懸命になって健気にまあ。いずれはかのツキジにも勝るとも劣らぬ一大市場があの街に出来るかもしれません。それはそれで楽しみですな」
「確かに。ツィーゲの市場はどうしても食肉中心だもんな。野菜もそこそこあるけど……どうしても荒野の希少品の市場が一強過ぎて……」
「……素人が見て回れる観光市場というのも、ふむ、屋台に続く客用の目玉になるやも」
「今度レンブラントさんが来たら話してみるよ。元々あるのを使う系統のアイデアなら出来るのもあっという間かもな。こないだの大型乗り合い馬車とか、早速グレイトホースが大活躍してるらしいぞ」
「街中の移動が徒歩から乗り物中心に変わる街なぞ、世界広しといえツィーゲくらいの物でしょう。いよいよツィーゲお江戸化計画も佳境……」
「するな、江戸に。巴、そこは亜空で我慢してくれ」
おっと、と肩を竦める巴。
ただでさえ亜空での街造りは無茶してるでしょうに。
区画分けとか江戸とは似ても似つかぬとこも多々あるとはいえ、かなり好き勝手してもいる。
巴の別荘代わりの庵なんてのもあるし。
「……多少の自重は致しましょう。さて、次もヒューマン側で参戦ですかな。それとも一度くらい魔族の側で暴れてやるのも一興。女神の思惑を若が如何様に叩き壊すのか、儂らも楽しみにしております」
「……僕も、そこは自重するつもりだよ。楽しみにされても期待にはあんま応えられないからな」
「さてさて」
巴は不吉に笑った。
女神の思惑か。
あいつ近頃ろくに動けてないだろうから、今回も成り行き任せの行き当たりばったりさんやる気でいるんじゃない?
策士なんて言葉、女神以上に似合わない奴はそんなにいないだろ。
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