月が導く異世界道中

あずみ 圭

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終章 月と亜空落着編

袖すり合って…

「昼間っからバーか、お気楽なんだな」

「戦争やってんのは遥か北の果て。グリトニアやリミアの街は知らんけどアイオンやローレルは日常そのものだよ。そして僕は学園の非常勤講師。仕事が終われば自由になる時間は沢山ある」

「街を徘徊して酒飲む場所を確保するのもお手の物、か」

 店に入るなり僕と同行者を見て、マスターは密談も出来る個室に案内しようとしてくれた。
 ロッツガルドで僕が行くバーといえばこのラヴィドール。
 定期的に変わる店内の空気を満たす香り。
 今日燻らせている香煙は微かに煙の臭いを残しながらも不快じゃない。
 静かな指示に従おうとしたんだけど、智樹はカウンターで構わないとズバッと希望を口にした。
 ち、バーなんて流石に通い慣れてはいないだろうと思って店を選んだのにこいつ慣れていやがる。
 なんて思った僕でした。
 結局、まだ早い時間で他に客がいなかったのもあって僕らは希望通りカウンターに座った。
 ……辛うじて僕も希望を言いましたよ?
 隅っこが良いって。

「良い雰囲気だろ? たまに来てるんだ」

「ああ、渋い中年がたむろってそうなとこだ」

 ……褒められているのか?
 それとも年齢不相応だと暗に言われているのか?
 こっちの世界に来てからこういう言葉の裏を探る機会も増えた。
 こんな事ならもっと京言葉というやつを勉強しておくべきだった……!
 ぶぶ漬けでも……なんて有名なのは知ってるけども。
 実はあれ実際には使われてなくて創作らしいんだっけ?

「食事も十分美味しい」

「食事って、まこ、ああ、ライドウだっけか」

「どっちでもいいよ、ここで、お前と話す限りは」

「じゃ真で。ここバーだろ? 酒の揃えを期待するならともかく、飯がどうのってのはバーへの冒涜じゃねえ?」

「ダイニングバーってのもあるだろう? 問題ないって。にしても智樹、詳しいな」

「帝国でもバーには行ってる。城に作らせた」

「……随分な事をするもんだ。帝国はスケールが違うね」

 行けよ、バーくらい。

「勇者の俺がちょろちょろ街に出てたら却って迷惑になる。スケールとかの話じゃない」

「なる、ほど」

「……ふぅ。あのな、芸能人でも大御所とかになるとスキャンダルを避ける為に会員制の店で楽しんだりするもんだ。金はかかっても安全安心。俺の場合は立場ももう少し特殊だが、似たようなもんさ。金で解決するならそれが一番ってな」

「詳しんだな」

「そればっかかよ」

「や、芸能人とか全然興味無かったんでつい。向こうではそういう活動してたり?」

 元々容姿端麗ならモデルとか俳優とか目指してたりしても不思議じゃないか。

「……別に。ネットでググればいくらでもそんな情報は出てる」

「そんなもんか。で、さ。特に学園で魅了を使ったりもしなかったし、智樹。お前何しに学園に来た?」

 日本での話はまったくのおまけだ。
 別に答えも期待してない。
 気になってるのはこの一点。
 智樹が学園長に会ってした要望は学園の見学と宝物館と博物館の収蔵物全ての開示。
 今更この世界の歴史のお勉強でもないだろう。
 武具に困ってる様子も、智樹については無い。
 グリトニア帝国はかなり一品物の魔道具も多く所有してるみたいで、はっきりいって智樹達の方がリミアの響先輩たちよりもランクの高い装備を揃えてると思う。
 で、一番警戒してた魅了の蔓延も狙ってる気配が無い。
 謎である。

「やたらと魔力やスキルの発動に敏感になってたな。俺がここで魅了を使うと思ってるのか」

「……ああ、そりゃあな。お前の一番の武器だし、効果は折り紙付きだ。ここには世界中から学生が集まるんだ、警戒するのは当然だろ。僕は一応講師なんだから」

「……研究に協力したり、敵に使ったりはする。だが。制御できなかった最初の頃以外はこの力をそこら中にばらまいたりはしてねえよ」

「それは通らんよ。現に帝国でお前は僕に魅了で落とした女を宛がおうとした。同じ帝国内の人物にも遠慮なく魅了の力を振るっておいて」

 しかも、その後にローレルに暗殺者として放ってくれた。
 おかげでもう僕がどれだけドツボにはまった事か。
 
「? そりゃあ帝国内の治世を安定させる為なら勇者の力を使うさ。俺の国なんだから」

「俺の国って。勇者は大人気かもしれんけど、帝国なんだから皇帝と皇族が治めてるでしょうよ」

「そうか、まだ対外的な発表はしてなかったっけ。グリトニア帝国皇帝は、魔族との戦争終結をもって位を俺に譲るって正式に発表してる。次の皇帝は俺、ちなみに皇帝以外も賛成多数だ」

「マジ?」

 あ、マジって久々に言った気がする。

「タイミング良く女神の神託もあったから、今回の電撃進軍になったわけ」

「ちなみに進軍はどんな感じ? まあお前がここにいる時点で優勢だとは思いつつ聞いてみる」

「寒さも和らいでるし事前の情報収集も順調だったから、まあまあってとこだ」

 既に魔族領の深部、ベルゴートまで占領しておいてよく言う。
 
「だから?」

「ん?」

「はぐらかすな。学園都市にまた危険が近づいてるなら放置は出来ない。お前の目的だ」

 ?
 いや、待てよ。
 目的以外にも、智樹が気になる……スルーしちゃまずい事を言ったような……。

「誓って帝国人や魔族以外に魅了は乱用してねえし、ここで使う気もねえ。ったく。ちったあ歩み寄って案内を申し出たのかと思えば疑心の塊じゃねえか。響も真も、俺をやたらと警戒しやがる」

「発言も行動もぶち抜いて不穏だからな。多分先輩も同じ事言うぞ?」

 あの人なら他にも具体的な理由を添えるかもしれない。
 僕としては前に会った時の、人をモノ扱いするとこが危うい、ってのが大きい。
 やってないと爽やかに言い切りながら世界中に魅了をばら撒いてるとこもな!
 ……そこについては、帝国で僕も魅了は好きに使えよ的な捨て台詞も言った気がして多少の気後れみたいなのもあったりする。

「それに、巴を欲しがったから、か?」

「っ」

 自分からそのタブーを口にするか。
 良くも悪くも、懲りないってのが智樹の性格なのかね。

「ま、ありゃあ俺が若かった」

「あ?」

「まだモノにしてねえあれだけの女を傍に置いてる状態で、俺の申し出を聞いたら頭に来るのは当然だよな」

「……」

「自分の仲間に当てはめて、お前の立場で少し考えてみたら簡単な事だった。悪かった」

 謝った?
 今、智樹が謝ったよ。
 悪かった、ってごめんって意味だよな?
 なんてこった、こいつ、成長してやがる……!?

「まさか、智樹の口から謝罪が出るとは、思ってなかった」

「はは。あれから大分経つな」

「あ、ああ」

「もう、巴は抱いたのか?」

 ぶっ。
 直球にして下世話。
 いや、二十歳やそこらの男同士の酒を挟んでの会話なんてこんなもんかもしれない。
 大学か専門学校の学生、もしくは社会人何年目かだもんな。
 まだ馬鹿話をしてても許される頃なんだろうなーと思ってる。

「……」

「おい聞いてんのか?」

「まあ、おかげ様で。仲良くやってるよ」

「……へぇ、そりゃおめでとさん」

「さらっと何を聞いてくるんだ、酔ってる訳でもなかろうに」

「俺ばっかり質問されんのも不公平だ。大体、お前について興味あるのはその位だから遠慮なく聞いた」

「しかし、あの女も男に抱かれるか。女傑を絵に描いたような印象しかないから新鮮だ」

 カパカパ、カパカパと。
 濃い酒を飲みながらも勢いは衰えず。
 智樹、酒豪か。
 しかも何頼んでもストレート、酒によっては少し水を加えたり、しっかり水割りお湯割りにした方が美味しいと思うんだけどなあ。

「巴については前に伝えた通りだ。二度と触れようと思うなよ」

 とはいえ僕の方も酒に酔ったりはしてない。
 言うべき事は言わせてもらう。
 良からぬ事を考えられても迷惑だ。

「魔族の相手でそんな暇はねえ」

「答えに――」

「宝石を探してる」

「?」

「わざわざ俺が単身学園に来た理由が聞きたかったんだろ? 宝石探しだ」

「宝石?」

「勿論、ただの宝石じゃねえ。俺の為の石、ってのがあるらしい」

「智樹の為……ねえ。勇者の、って置き換えても良い感じか?」

 特殊な宝石探し?
 勇者の為の石?
 ああ、それでロッツガルド学園の宝物館と博物館か。
 普段展示してない物もあるだろうしな。
 しかし、そんな事を今更どうして?

「ああ。今回のより少し前の神託になるんだがな。そう言われてる。魔族の戦力は侮れない。万が一を見越して守護石と出会い身に着けておくように、ってな」

 守護石。
 響先輩からも聞いた事が無い単語だな。
 神託か。
 って事は女神からの直接メッセージ。
 怪しい占いの結果なんかじゃあ、ない。
 ……?
 神託。
 神託!?
 女神からの!?
 待て待て待て。
 先輩とリミアで会った時、女神からの連絡は殆どなくて何考えてるんだかわからない、みたいな話を聞いたぞ!?
 だから先輩は女神に不信感を抱いていたようだった。
 そこは僕も同感だ。
 じゃなくてだ。
 どういう事だ?
 先輩が僕に嘘をついてた?
 女神は勇者とそんなに頻繁に連絡を取ってたのか?
 
「智樹、その、神託って女神からの――」

「あいつ以外に誰がいるんだよ。真、お前は辺境のツィーゲにも確か顔が利くよな? ここでもかなり発言力がある商会だってのも聞いてる。宝石なら何でもいい、数日以内に集められるだけ種類と数を集めてくれ。当然、十分な報酬は払うし、俺が持ち帰る物については別途買い取る。お前に損はない筈だぜ?」

 当たり前の様に智樹は神託の存在を肯定した。
 まるで良くある事であるかのように。
 智樹だけが神託を受けているのか、それとも先輩が僕に嘘をついていたのか。
 今はまだ、わからない。
 ただ、表面上であれ僕は智樹の話に乗る必要がある。
 神託について、出来るだけ詳しく聞かないと。
 守護石、は正直どういうものかも判別基準もわからないから魔力を帯びた宝石とそれに準じた魔道具を集めてみるしかないか。

「石ねえ。わかった、出来るだけ集めてみよう。ここのギルドにも話はしておくよ。勇者の名前は出しても?」

「構わねえ」

「忘れてた。協力すればここにいる間は魅了を使わない事。良いな?」

「わかったわかった」

「ついでに」

「まだあるのかよ!?」

 もうゆっくり飲ませろと言わんばかりにグラスを見せる智樹。

「女神の神託なんてのはこちとら殆ど聞いた事がないんだ。普段はどんな感じで、どんな内容の話をあの女神としてるんだ?」

「そんな事かよ。てか、本当に内容薄いぞ?」

 と言いながら智樹は女神の神託について口を開いてくれた。
 存外に軽い。
 仮にも神託だというのに。
 これも智樹だからか、と僕は少しばかり智樹を侮った。
 だが。
 ここから思ってもいない驚きの夜になる事を僕は見通せなかった。
 彼の口から語られる神託の内容は驚愕の一言で……僕は智樹を少々尊敬する事になる。
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