月が導く異世界道中

あずみ 圭

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終章 月と亜空落着編

三者三様

(岩橋智樹はまるで変わっておらなんだな。表面を取り繕う事は前より上手になっとったが……)

 こっそりと真と智樹の様子を窺っていた巴は静かにその場を離れ呆れたような、憐れむような半眼の表情で嘆息した。
 紅水晶を手にした時の智樹の反応は確かに見ておくに値する出来事ではあったが、何より巴にとっては真と智樹が相も変わらず共鳴や同調をしなかった事をその目で確認できたのが収穫だった。

(勇者には甘い若じゃが、此度はしっかりと一線を引いて接してくださった。そこも、まあ儂には嬉しい)

 概ね、智樹との再会は上手く終わったと言える。
 しかし問題がなくなった訳ではない。
 同じく連絡をつけてきたもう一人の勇者、リミアの音無響。
 再会という意味ではこちらの方が実のところ巴らにとっては面倒な相手であった。
 真は勇者には甘い。
 当の響や智樹が聞けばどこがだと即座に反論が返ってくるだろう。
 だが巴から見ても、澪から見ても、そして識から見ても。
 真は同郷の出身である勇者二人には甘かった。
 智樹はまだそれを自覚していないからマシだが、響は理解した上で真を利用する。
 
(ふん、だからあの響という女は良くないのだ。若は智樹の様子にも特に追及はせなんだし、勇者が関わるのであれば儂らが目を光らせて……)

 響からの連絡の内容は智樹と同じ、石の探索を手伝ってほしいというものだった。
 夕方まで真への連絡を遅らせるよう指示をして、その間に他の仕事を手分けして終わらせた巴は響への警戒を高めたままでいる。
 夕方という時間は響の言伝を不自然にならずに遅らせて真に伝えられるギリギリの時間。
 他の仕事を圧縮して他の従者と協力して済ませるのも楽な事ではない。
 が、それ自体は巴にとって真の為にする苦労、苦労であって苦ではなかった。

「巴様! 響に用立てる石でしたら、紅水晶も足しましたから問題ありませんが?」

 工房の一角に顔を出した巴を驚きとともにエルドワが迎えた。
 明日の午後に響がロッツガルドに来る。
 その為の用意は既に済んでいて、特にここに巴が来る必要は無かった。
 だからこそのエルドワの驚きだ。
 ちなみに、巴が連絡なしに工房にを訪れる時は大抵何かしらの無茶ぶりを伴う。
 エルドワは経験則でそれを学び、若干緊張していたのも事実ではある。

「……うむ。よくやってくれた。若への連絡は?」

「既に。帝国の勇者と同様の品揃えで構わないとOKも頂いています」

「例の品々について、若に報告は?」

「……ご指示の通り、しておりません」

「わかった。では出してもらえるか」

「あれらを、ですか?」

 怪訝な表情をするエルドワ。
 
「少し改めたい。儂の記憶が確かなら、あの中にもただの飾り石があった筈じゃ」

「!?」

 目を見開いたエルドワが慌てて頭を下げると、視線を横に送る。
 すぐに控えていた少し若めの職人が回れ右をして工房の奥へと駆け出していく。

「よい機会じゃの。扱いをどうするかも含めて一度若にお見せする時期じゃろ。既に調査は」

「隅々まで住んでおります。必要であればお二方の分もすぐに仕立てられますが」

「今は、まだよい。では屋敷に一式届けさせてくれ。頼むぞ」

「お食事までに必ずお届けいたします!」

「うむ」

 エルドワに言い含めた巴は一服するでもなくすぐに霧の中に消える。
 行先は屋敷だ。
 中々に忙しく動いている。
 もっとも、真から見てのんびりとしているように見えるというだけで、巴は動く時は合理的に効率よく見事に動き回る。
 巴独自の能力も含めて極めて優秀ではあるが一日二倍の時間を動ける訳でも超人でもない。

(巴、少し良いかな)

(おや、若。帝国のとは上手く事を運べましたか)

(? いや、離れてお前も見てたろ。良くもなく悪くもなく、かな。あ、でも。ちょっと、気付かされた事はあったかな)

(……上手く隠れたつもりだったというのに、脱帽ですなあ)

(でさ。智樹は済んだけど、響先輩も同じ依頼をしてきたみたいで。ま、巴はもう知ってるよな)

(ええ、今しがた。エルドワはもう準備万端の様でしたな)

(うん。ただ、ちょっとあのラインナップにないもので出来たら加えて欲しいのがあって)

(……ほう?)

(ご飯の後にでも時間空けられる?)

(もちろん)

 主からの念話が終わる。
 内に残る真の声が何とも心地よく巴の中に残り、響いていた。
 
「思ったよりも早いご連絡じゃったな。しかし加えて欲しいもの……まさかな」

 巴は口元に笑みを浮かべ、暮れていく陽を楽し気に見つめていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 智樹が選んだのはローズクォーツだった。
 こういっては何だけど勇者の守護石なんて大仰な石にしては、普通だ。
 綺麗ではあるけれど宝石という訳でもなし、庶民の手も無理せず届く。
 ……ん、宝石と鉱石の線引きってそういえばなんだろ。
 ローズクォーツは水晶……宝石? 鉱石?
 ……。
 よし、難しく考えないようにしよう。
 何か高そうなら宝石ってことで納得しとく。
 で、先輩からも石を探してくれって頼まれた時、思った。
 響先輩の守護石って何だろうって。
 智樹のが紅水晶だったってのもあったのかもしれない。
 それで、一つ、今回揃えてなかったもので心当たりが浮かんだ。
 その僕の浅い知識で奇跡的に浮かんだモノが妙に気になって巴にお願いしたら、流石はトモエモン、夕食後にはばっちり揃えてくれていた。
 偶然とはいえ、巴、恐ろしいやつ。

「しかし、まさか若が思い描かれていたモノと同じモノだったとは。若も直感を磨かれていると喜ぶべきなのか、小癪な響め、と何かしら意趣返しを考えるべきなのか」

 直感なんて磨いたり鍛えたりできるものなんだろうか。
 と、それ以前にだ。 

「小癪とか意趣返しとか不穏な事言わない」

「若は勇者にはちと甘いですからなー。儂らがその分厳しく見ませんと」

「……約束だから」

「……」

「でも巴が先輩の処分した私物を持ってたとは驚いたよ」

「儂は今こうして余裕ある若と寝物語を交わしているのに驚いていますよ」

「からかうな」

 識と環も交えて恒例の報告会を済ませ、程よく汗もかいてお風呂にも浸かり。
 今はこうしてベッドで巴と澪と一緒にいる。
 ……確かに、正直自分の将来像にこんな風に女性と話している画は無かったな。
 日本にいた頃の僕なら絶対に信じないだろう。
 話の腰を折られからかわれた御礼に巴の横髪を梳いて耳に触れる。

「っ、まったく、敵いませんな」

「毎日の様に一緒にいれば、いくら僕でもわかる」

「戦闘だけでなくこちらも達者とは恐れ入ります」

「先輩の私物、どうやって手に入れた?」

 ちょっとしたスキンシップを挟みつつ、話を気になっていた話題に戻す。
 巴が夕食後に僕に見せたい物があると持ってきたのは、響先輩の私物だった。
 衣服や装飾品、文房具や鞄もあった。
 その中に、僕が探して欲しいと思っていた鉱石を使ったイヤリングだかピアスだかがあったんだ。

「なに、難しくも物騒でもないつまらぬ話ですよ。響はツィーゲで色々と吹っ切れたようでしてな。ここで日本を思わせるような物の多くを手放していきました」

「……」

「勇者ゆかりの品ですし珍品も多かったので値も付きましたが、その後はモノがモノだけにおいそれと表にも出しにくい。で、何人かの手を経て資金繰りに困ったのから儂が買い上げた。それだけです」

「そっか。先輩は僕が最初にロッツガルドに行ってた頃にツィーゲに来てたんだったか」

「澪に日本食のレシピを教えたりもしてました。奴も一気に知識を得られてお互いに利のある関係だったようで」

 と巴が僕を挟んで反対側で寝ている澪を見る。
 澪は何事もやると決めたら全力型だ。
 巴は色々と高い視点に立ってセーブする事も出来る。
 故に澪は今ぐっすりとお休みになっている訳だ。
 ……何がとは言わないけども。

「先輩なら僕よりも料理に詳しいし上手いだろうから、澪は良い先生を見つけたね」

「あれで若の口に入れても無事な物を作れるようになるまではそれなりの苦労もあったんですぞ……」

「? なんでお前がしたように疲れた顔するんだ?」

「なに、若が言うほどに儂は響を評価しませんが。ええ、澪への料理指南に関してだけは評価致しますとも。奴には人にものを教える才が多分あるのでしょう」

「も、だよ。先輩は本当に超人の部類なんだから」

「……しかし若。であれば勇者を気にかけよ、などという神の言葉。さほどに縛られる事もないのではありませんかな?」

 諫めるというより僕を案じての言葉だと顔でわかる。
 月読様の言葉。
 確かに僕の中でそれは大きい。
 でも最初に聞かされて僕が思っていたのと、言葉の意味合いや真意については少し受け止め方が変わってきてる。

「ん、流石にもう見境なくあの二人に忖度して無条件で味方になるなんて思ってないよ」

「……本当ですか?」

「うん。最初はあの二人が僕に巻き込まれたんだと思ってたから余計に気になってたのは本当だけど。実際に会って関わってから大分印象も変わったから」

「の割には響には、あまり面白くない距離間で接しておられるように儂らには見えるのですが。そこは?」

「僕もそこまで親しくしていた訳じゃないから断言はできないけど、先輩なりの距離感ってやつじゃないの? 巴や澪から見てそんなに気になる感じ?」

「ら、とつけて儂と澪だとわかって下さるのにそこには気付いてもらえませぬか。先の智樹とのやり取りで儂の存在に気付いていた件といい、我が主様は要らぬところばかりが鋭い」

 何かディスられた!?
 色仕掛けというほどでもなく、絶妙に親しみを深めてくる凄い話術とコミュ力だと僕はただただ先輩には衝撃を受けてたんだけど。

「何といってもあんま普通の女性と付き合いを持ってないからなぁ。その辺りは確かに疎いと思う」

 今後もどのくらいあるのかと言われると……だし。
 人じゃなかったり、超人だったり、冒険者とかだったり。
 僕が出会う女性は普通かと言われるとそうでない人のが圧倒的に多い、と思う。

「……ふぅ」

「地味に効くから溜め息はやめてくれ……」

「良いでしょう。今日のところは追及の手を緩めましょう」

「ありがと、巴」

 今日のところは、に引っかかりはある。
 しかしそこに今突っ込んではいけない。
 僕とて日々学ぶのだ。

「智樹のもそうでしたが、水晶とは若の世界で特別な意味を持つ石なのですかな」

「唐突に話を変えるね」

「助かるでしょう?」

「う。助かります」

「若が気になった響の石も、やはり水晶系でした。今後皆に命じて若に合う石も全力で捜索しますが、その参考になればと思いましてな」

 僕がこれだと思う石は智樹の為に集めた中には無かった。
 あいつの石を選んだ時の雰囲気と変化はしっかりと覚えている。
 らしい兆しさえ、どの石に触れても無かった。
 智樹と先輩は人間で、僕は厳密にはヒューマンだろうから果たして僕にそんな石が存在しているのかもわからないし。
 魔力を一切含まないただの石でその人に合うものがあって、身に着けると明らかに力が増すなんて亜空の皆も初耳だったようでかなり驚いていた。
 つまり人間だからこその反応である可能性も十分あるって事だ。

「クリソプレーズって水晶系だったのか」

「? ええ、石の成分としては似たようなものだとドワーフどもは言っておりました」

 クリームがかった緑色の石、クリソプレーズ。
 一応それなりに珍しいようだけど、ローズクォーツ同様街のパワーストーンショップで手に入る石だ。
 僕が先輩の石だと聞いてすぐに思い至ったのは姉妹が妙な雑誌知識で仕入れたであろうロマン溢れる話を僕に滔々と語ってくれたからだ。
 ……その後すぐに飽きたようで、何種類かの話しか僕は知らない。
 そのクリソプレーズを先輩が持ってて、僕が知ってて、そして今見せられる状況にあるというのは、まさに奇跡のような確率だ。
 これが、響先輩である。

「やはり、あまり珍しい物でもありませんか?」

「そうだね、良い物ならそれなりにするだろうけど、殆どは手が出ない程に高価じゃないかな」

 精々数万から数十万くらい?
 下を見れば数百円数千円からあるリーズナブルな石である。

「あの響が、そのようなありふれた石に智樹と紅水晶の様な反応をする、と若は思われるので?」

 いや、智樹なら安い石が似合うとかも思ってないわ。

「クリソプレーズは凡人が持ってもただのお守り、らしい」

「ふむ」

「でも王者、英傑が身に着けると強大な力で持ち主を守る持ち手を選ぶ石、なんだってさ」

「魔力もない石ころ風情が、意思を持って力を貸す相手を選ぶと」

 口にはしないけど図々しい、と巴の目が言っていた。

「或いは優れた人物じゃなければ真価を引き出せない石、なのかもね。ちなみに僕が触れてもうんともすんとも言わなかった」

「しかとこの目で見ております」

「だったね」

「響は明日、いえ今日の昼にはロッツガルドに来られるそうで。もしこれが響の石なら、儂は密かに奴をまた嫌いになるかもしれませぬな。小賢しい、と」

「密かになってない」

「くく、ですかな」

 響先輩、か。
 僕は月読様に言われて勇者二人をそこそこ気にかけてきた。
 でも。
 あの方が本当に気にかけて欲しかったのは、智樹、なんじゃないかな。
 先輩は巻き込まれたのかどうかは別にして、自分の意思でこの世界にいる。
 確かに生きようとしてる。
 でも智樹は……。
 あいつはどこか、違う。
 智樹の態度から、昔いじめられていたのか、なんて僕はあいつに言った事がある。
 もしかして本当なのかもな。
 それで最悪のタイミングで女神に声を掛けられてこちらの世界に「逃げて」きてしまったのかもしれない。
 
「若?」

「智樹、あいつはさ」

「……はい」

「人間を辞めてまで、どんな人生を求めてるんだろうな」

「……! 気付いて、おいででしたか」

「わかるよ。一々問い質す事でも無かったから聞かなかっただけ。色々混ぜてキメラみたいになってたな」

「ですが、その点に迷いはありませんでした。奴は、相も変わらず完璧な人生をやり直すのだと決心して頑なに貫いておる、つもりのようです」

「僕が気にかけてやるべきは、先輩じゃなく智樹の方だとも思うんだよ。ただ、元々先輩とは知り合いだったのと、あいつとの出会いも良くなかったから、情報を集めるくらいでやばくなったら多少手を貸すか、程度に思ってた」

「……」

「大分、寿命も削ってるようだった。あの分だと、あいつ、じきに死ぬだろ」

「……ええ。戦争の決着を急ぐ理由の一つでしょうな」

 巴がそっと、僕の腕に身を絡めてくる。
 はは。
 心配してもらうほど、感情的にもなってないよ巴。

「馬鹿な人体改造に、馬鹿な能力の獲得。どこが完璧なんだろうな」

 そもそも、人生に完璧なんてあり得ない。
 死に際に後悔が少ない程、充実した良い人生を送ったとは言えるかもしれない。
 が、それだけだと思う。
 
「若。ただ、一つだけ言わせて欲しい事があるのですが」

「智樹の復讐心?」

「……っ。はい、あれはまだ若に仕返しをする気満々ですぞ」

「具体的には読めなかった?」

「小癪にもそれなりの対応をしておる様子で、申し訳ありません」

「気にしなくていいよ。何となく、わかった。お互い、上っ面で話してるなーって。大人になるってか、今見せたらまずいものは隠しとく、みたいな。僕もそこを上手に利用できれば、優秀な商人なんだろうなって」

 レンブラントさんみたくね。
 あの人ならきっと、智樹みたいな相手の復讐心や憎悪も上手に手綱を握って破滅させていくんだろう。
 破滅については、智樹は自らその道を爆走してるようにしか見えないからほっといても自滅しそうな気はする。

「いずれ、今の戦争に関わるにせよ。商売同様に儂らを頼って欲しいですな」

「? いつも頼って申し訳ないくらいじゃない、僕?」

「いえいえ、危ない事ほどうちの若も暴走するタチですからな。釘を刺しておきませんと」

 そういう巴の表情は、冗談の気配はなく、とてもとても真面目で。
 僕は智樹みたく駄目な方にばかり突っ走ってると思われてるのだろうかと、ふと悲しくなったのだった。

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