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12巻
12-2
「物凄い挨拶地獄が来るかな?」
今から胃が痛くなる。
ロッツガルドの学園祭ですら、結構いっぱいいっぱいだったというのに。
「いえ、逆にないかもしれません。この席ですと、魔王との歓談が優先されるかと。仮に会話に入ってくるとしても、側近の魔将か、先の会談に同席した者らでしょうか」
識の言葉に違和感を覚える。
魔将はともかく、同席したのって魔王のお子さんだろ?
だったら、もう少し別の言い方があるような気がするんだけど。
「同席した者って、識……魔王のお子さんなんだから、王子様王女様でしょ?」
……うーん、魔将とあの王子様方か。
十分、気疲れするな。
どんなに爽やかに、優しそうに笑っても、それをする人によっては笑顔だってプレッシャーになると理解してくれ。
彼らがそれを分かってやってるんだったら、耐えるしかないんだろうけどね。
僕から笑わないでくださいとは言えないし。
「おや、ああ、そうでした。若様はご存知ありませんでしたね」
「ん、何?」
席次の事も含めて識が色々知っていてくれて、本当に助かる。
「魔族は次の王を能力で選びます。選出の過程には多少権力なども影響するかもしれませんが、結果として実力に長けていないと魔王にはなれません」
「うん」
「その次期魔王の卵を、魔族は魔王の子、と称するのですよ」
「……? それって、王子様や王女様って事と何が違うの?」
兄弟に派閥ができるけど、実力重視ですよって言っているだけな気がする。
「申し訳ありません、言葉が足りませんでした。血筋などとは無関係に集められた数百人の有望な子が、魔王となるべく王の教育を施されます。その集められた子が皆、〝魔王の子〟なのです。次代の魔王はその中から選ばれます」
……え? それって、つまり。
「あそこにいたのは魔王の実の子じゃない?」
「おそらくは。四人まで絞られているので、次の選考で魔王が決まるのかもしれません。もちろん、王にならなかった三人にも相応のポストを与えられ、次代の魔族を王とともに導く役割を担います」
凄いな。血筋はまったく関係ないんだ。
有望なら幼少から家族のもとを離れて、魔王の子として磨かれるのか……。
そりゃあ、優秀な人材が育つね。
育つだろうけど……そこまでするのかって気もする。
力さえあれば、才能さえあれば、家庭も本人の事情も無視――とでも言われているような、嫌な感じもした。
「とことん、能力主義だね。魔族って」
「ええ、そうせねば生き延びられなかったのかもしれませんが、確かに極端ですな」
「いくら結果が出ていたとしても……亜空には持ち込みたくない考え方、かな」
「……他所は他所。亜空は亜空です、若様」
「だね」
識の言葉にしみじみと頷く。
「若様! 案内の者が来ましたわ!」
突然響く女性の声。
「澪、お帰り。迎えが来たって、ぎりぎりじゃないか。戻ってくるの遅いよ」
「堪能して参りました。全て計算通りですわ」
門限まではまだ一分ある!
なんて言い出しそうだな。
……僕も結構そういうタイプだったから、懐かしい。
「……はいはい。それじゃ、行こっか」
『はい』
駆け込み乗車よろしく、直前に戻ってきた澪の言葉通り。
その後すぐに案内の人が来た。
間違いなく、今のところ澪が一番この旅を楽しんでるな。
◇◆◇◆◇
催された宴が立食形式じゃないおかげで、結構助かってる。
雰囲気としては結婚式の披露宴みたいな?
ちょっと形式張ってるものの、明るい感じの宴会だった。
もちろん、新郎新婦はいなかったけどね。
時折出し物の踊りやら一芸披露の余興があったり、宴会用の物凄い大きさの料理が取り分けられたりして、澪も識も楽しんでいる。
思ったよりも気を遣わずにいられて、僕も十分に楽しい。
魔族の配慮に感謝だ。
ただ、魔王やそのお子さんの視線は結構頻繁に感じる。
ホストとして客の様子が気になるのは当たり前だし、仕方ない事だと思いながらも、そのせいで小さな緊張は持続していた。
魔王からもことあるごとに話を振られる。
ただ、会場にいる他の人――多分魔族の貴族とか軍の偉い人――からは、見られはしても話しかけられていない。好奇や好意、戸惑いに……ほんの少しの敵意。視線の種類は様々だった。
概ね識の読みが当たったみたいだ。
結構距離があるからだとしても、こちらは素直に嬉しい。
ただ、ちょっとしたトラブルもあった。
僕らが宴席についた時の事だ。
四魔将の集まったテーブルで、一人の魔将がいきなり立ち上がり、澪を凝視してぶるぶる震えたかと思うと、彼は何も物言う事なく、すぐに泡を吹いて後方にぶっ倒れた。
ケリュネオンの砦を守っていた魔将レフトだ。
まあ、彼の下半身は蛇だから、立ち上がったという表現が適切かどうかは……ってそれはどうでもいい。びよーんと全身が伸びて……うん。やっぱりどうでもいいな。
彼は澪に散々遊ばれて、幼児退行してしまったんだけど、以前、神様ご一行が亜空を訪れた時に、アテナ様が治療して記憶を消してくれた……はずだった。
「なんていうか……記憶は消えても、こびり付いたトラウマは残ってたって事かな」
彼の心は恐怖を拭えずに底に残していて、それは苦手意識程度のトラウマではなく、重度のPTSDだったと。
「……そのようで。少々驚きました」
「失礼ですわ。人の姿を見て泡を吹くなど」
笑いを噛み殺す識を見て、澪が唇を尖らせる。
「……神様も万能じゃあないって事だよね、うん」
当然、一時、場は騒然となった。
真相を知るのは僕らのみ。
レフト自身もその理由は分からないだろう。
記憶がないなら別に気にする事もないかと甘く見積もった事を、心の中でレフトさんに詫びておいた。
なので、魔将のテーブルには三人しかいない。
四つ腕の巨人イオに、角がない女魔将のロナ。一心不乱にご飯食べてる人は見た事ないけど、四人いるうちの最後の一人なんだろう。
見た目はヒューマンっぽい。
亜人だと思うが、強さ自体はそれほどでもなさそう。
て事は、ロナみたいな策を巡らせるタイプが他にもいるって事か。
それも嫌だな。
「まあまあ、澪殿。手の込んだ料理も数多く出ておりますし、こうして歓待を受けているのですから」
「……そこは嬉しいですよ? でも、それとこれとは話が別でしょう? 私のどこが卒倒するような化物だというのですか」
レフトの反応がご不満の澪を、識が宥める。
さっきの場面だけ切り取れば澪のお怒りはもっともだけど、その前に彼女がした事を考えると、スリッパで頭をはたいて突っ込みたいところだ。
もっとも、レフトを魔族側に戻したのはお前だろと、次に僕が後ろから突っ込まれそうな気がするのでこれ以上はノーコメント。
「ライドウ殿、どうかな今夜の宴席は? 見たところ楽しんでもらえていると、勝手に喜んでいるが」
少しへそを曲げた澪を気にしたのか、魔王が僕に話しかけてきた。
「ええ、素晴らしい席をありがとうございます。我々も十分に楽しんでおります」
「従者の方は、何か思うところがあるようだが……」
「いえ、レフト殿の様子が気がかりだと話していただけです。あの、彼の容態を伺っても?」
「む、レフトの件で気を揉ませていたか……。いや、申し訳ない。悪夢でも見ているのか、まだうなされていると報告が入っているが、命に別状はなさそうだ。ご心配いただくほどではないよ」
あー、どうしよう。
何かの話のついでにケリュネオンの事をさらっと言ってしまおうかと思ってたんだけど、レフトの一件があるからどうも切り出しにくい。
なんであの日、あの時に限ってケリュネオンにいたかね、レフトってのは。
「……」
う、魔王が何やらこちらを見ている。
仲間になりたそうに――じゃなくて、何かを企んでいそうな柔和な笑みで。
勘違いだと思いたいけど、経験上これは何かある笑みだ。
「あ、あはは。重病などではなくて、その、安心いたしました。はい」
つい、笑いが引きつってしまう。
「そうだ、この後メインの料理まではまだしばし間がある。ライドウ殿さえ良かったら、少し……付き合ってもらえんか」
「付き合う、とはどちらまで?」
「すぐそこだよ。バルコニーになっておる。ちと速いペースで飲みすぎてしまってな、一度夜風に当ろうと思うのだ」
そう言って、魔王はちらりと窓の外を見やった。
バルコニーね。
まあ、そのくらいなら。
識を見ると、小さく頷いて同意してくれた。
大丈夫そうだ。
「分かりました。喜んでお付き合いします。私も少し顔が火照ってますし」
「うむ。城から見る夜景もまた美しいぞ。と言っても、一年の大半が夜だがな、この都は。はっはっは!!」
魔王に促されて席を立つ。
――っと。少しふらつくな。
甘いのも辛いのも、魔族の酒はどれも結構度数が高くてキツイのが多い。寒い土地だからなのかな。
こっちの酒に慣れると、ロッツガルドで水割りなんか頼んでも、酒として飲めないかもしれない。ジュースみたいに感じそう。
あっちの流行りは、蒸留酒に果汁や果実のシロップの類を加えたカクテルだから。
お酒としてはともかく、あれはあれで美味しい。
魔術で酔いを醒ましてしまおうとすれば一瞬の事だけど、折角楽しく酔ったのにそれは勿体無い。
大した酔いでもなかったから、魔王の後についてバルコニーに出る。
そこには誰もおらず、僕と魔王の二人だけ。
後ろで戸が閉まる音がして、宴の喧騒も一段遠く聞こえるようになった。
吹き抜ける風は強すぎず弱すぎず、若干火照ってきた頬に気持ちが良い。
「どうかな、都の夜景は?」
「綺麗ですね。ぼんやりとですが、色とりどりの灯りが、何故か優しく感じます」
「優しく、か。ふふふ、魔族からは絶対に聞けぬ感想。新鮮だ」
魔王はおかしそうに笑う。
色々な感情の滲む笑いだった。
見たところ、彼はそれほど酔っている様子ではない。酔い覚ましってのは、僕を連れ出す口実だったのかも。
「私などの意見で笑ってもらえれば」
「……もう一度、帰る日にでも同じ景色を見て感想を聞きたい」
「……はぁ」
「明日、明後日と、ライドウ殿には魔族を見て、そして我らを理解してもらいたい。願わくば良きところも悪しきところも」
自分達の社会の長所も短所も見せるって意味かな。
それで、最後にどう感じたのかを聞きたい。多分、そんなところ。
「魔族の皆さんの生きる力と知恵に満ちた、素晴らしい都だと思います」
「そうか……実はな、騙していたわけではないが、ここは首都としての機能を持つ都では、ない」
「え?」
「正確には、そうでなくなった」
「遷都をなさったのでしょうか?」
「その通り。考えてもみよ。多くの領土を得た魔族が、これほど過酷な場所に都を構え続ける必要はないであろう?」
……確かに。
魔族が現在得ている領土についての情報は、エリュシオン以北は結構曖昧だし、ヒューマンには地図もないから、僕には分からないけど。
少なくとも、ここよりはまともな環境の土地があるよね。
「はい。仰るとおりです」
「うむ。実際、今は海沿いに港を有する大都市を築き、これに首都としての機能を持たせて国の中心としている。余も普段はそこにおる」
港がある? だったら、なんで僕らは吹雪の中を何日も歩かされたんだ。もっと移動が楽な場所があるなら、そっちの方が良いじゃないか。
……無茶苦茶遠いとか?
「ならばどうしてここに呼んだのか、と思っておるだろう?」
こちらの心の内を見透かしたかのような、魔王からの質問。
「うっ、はい……。少し」
なんで考えている事が分かるのか。
表情に出てたかな。
できるだけ感情を出さないように心がけているんだけど。
「ライドウ殿は、わざわざ難しく感情を消そうとしているのだよ。読まれたくないのなら、感情は消すのではなく、隠す事だ。無理に押し殺そうとすれば、不自然にもなる」
「そ、そうですか」
「先ほど余が楽しいかと聞いた時もそう。上辺に笑みを浮かべておけば済むのだ。無表情のままでいようとする必要はない。何より自然に、上手く笑えるようになる事だ。それである程度の事は隠し、取り繕える。そしてそれは学べるものだ」
「ありがとう、ございます」
なんで魔王にこんな事を指南されてるんだろうな。
でも、上手く笑う、か。
簡単に言ってくれるけど、難しいんだよなあ。
状況によっては、どうしても引きつる時がある。精進しないとな。学べる、つまり素養じゃなく努力で身につけられるって言われてるんだし。
「なに、ほんの手ほどきにもならぬ事。貸しにする気もない。ああ、都の話の途中であったか。この都はな、我らの歴史の詰まった場所なのだ。そして長らく魔族の全てだった場所でもある。だからこそ、ライドウ殿に魔族という種をお見せするのなら、この都でなければならぬと思ったのだよ。わざわざ厳しい路を来てもらったのはそのためだ」
「歴史……」
「そう、歴史だ。今も、ここで生まれた多くの慣習が我々の中で生きている」
「……たとえば、お子様の件でしょうか」
識から聞いた事を思い出して、質問してみる。
血が繋がってなくても優秀なら、王の候補として扱うんだっけ。
「……誰ぞから聞いたか。そう、王を決める方法もここで生まれた、と記されている。口の軽い部下がいたようだな。困ったものだ」
「いえ、従者が偶然存じておりました」
本当に口が軽い人がいたのかもしれないが、識からも澪からもそんな話はまだ聞いてない。
一応、犯人(?)ではないその他大勢に括られる口が堅い部下の人をフォローしておく。
「ほう……博識な。そうか、ライドウ殿には魔族の慣習を知る部下がいるか。いや、驚いた」
全然驚いた感じはしない。
識の事も知られているのかな。彼がラルヴァって名前のリッチだった頃、ロナとは少なからず関係があったようだし、何かしら報告されている可能性は高い。
「偶然に、でございます」
「そうだとしても、だ。明日から見てもらうであろういくつかの慣習も、ひょっとしたらご存知かもしれぬな。未だ魔族にはヒューマンの社会の事を知っている者が少ない。知識があるのは主に軍の者ばかりだ。そう考えると、商人の身でそこまで知識を深めているのは賞賛に値する事、真に良き部下を持たれている」
「恐縮です」
「……この変わらぬ闇の中、魔族は永きにわたって辛苦に耐えてきた。だが、それには永遠に終わりがない。このままではいずれ魔族は滅びる。そう悟った時、我らは力を蓄え、機を待った。そして余が戦争を始めた。王として……その決断を悔いてはおらん」
僕の言葉から少しの沈黙を経て、魔王は遠くを見つめたまま、でも確実に僕に向けてその言葉を放った。
そう感じた。
「たとえそれが他者の持ち物だったとしても、魔族には豊かな土地が必要だ。そうせねば、いつまでも我らは苦しみ、飢え、いずれ死ぬ。ライドウ殿、もしも君がそんな種族の王になったのなら、どうしていたかな? こんな質問など戯れにすぎないが、聞かせてほしい」
とてもただの興とは思えない顔で、魔王は僕を見た。
おそらく、何かを回顧して僕にそう尋ねたんだろう。
この都は……魔族にとって本当に大きな意味のある都市なんだと思う。
日本人にとっての京都みたいなものなのか。
いや、首都を移して何年かしか経っていないんだ、そんな風には比べられないか。
僕には正しく想像できない気がするけど……。
「僕なら、ですか。僕なら……他人の持ち物に手をつける前に新天地を求めると思います」
「まだ見ぬ土地を探す、か。では、それが絶望的な場合は?」
ええー。せっかく答えたのに、その返しってあり?
「何故絶望的なのでしょう?」
「地理的に、そこよりも劣悪な場所しか残っていない。技術的に越えられない場所があって、それ以上進めない、といったところかな」
「なら技術を研究させます」
「なるほどな。ライドウ殿は、とにかく戦争は避けるべきと考えるか」
「戦争というのは、確実に禍根を残します。将来的に見ればプラスとは思えません」
「もちろん、その通りだな。だが、魔族はあまりにも追い詰められすぎていた。もはや北への開拓も不可能だと判断した時、我らは先住者である亜人を滅ぼして、この地を得た」
……。
奪うって決めて、ここ!?
どれだけ悲惨な所で生活してたんだ、魔族。
女神も女神だ。
相変わらず酷いな。
いつか横っ面に一発入れないと。つくづくそう思う。
「そ、そうですか」
「ああ。そして禍根は残さず、な」
「え、でも……」
戦争で禍根を残さないなんて奇跡、できるはずがない。
「皆殺しだ。全員始末すれば恨みは残らない。愚策だとは思うが、当時はそれで種族を救ったわけだ」
徹底してる。恨みすら殺す。
敵を一人残らず殺すなら、確かに恨む者も残らない。けど……。
「……」
今から胃が痛くなる。
ロッツガルドの学園祭ですら、結構いっぱいいっぱいだったというのに。
「いえ、逆にないかもしれません。この席ですと、魔王との歓談が優先されるかと。仮に会話に入ってくるとしても、側近の魔将か、先の会談に同席した者らでしょうか」
識の言葉に違和感を覚える。
魔将はともかく、同席したのって魔王のお子さんだろ?
だったら、もう少し別の言い方があるような気がするんだけど。
「同席した者って、識……魔王のお子さんなんだから、王子様王女様でしょ?」
……うーん、魔将とあの王子様方か。
十分、気疲れするな。
どんなに爽やかに、優しそうに笑っても、それをする人によっては笑顔だってプレッシャーになると理解してくれ。
彼らがそれを分かってやってるんだったら、耐えるしかないんだろうけどね。
僕から笑わないでくださいとは言えないし。
「おや、ああ、そうでした。若様はご存知ありませんでしたね」
「ん、何?」
席次の事も含めて識が色々知っていてくれて、本当に助かる。
「魔族は次の王を能力で選びます。選出の過程には多少権力なども影響するかもしれませんが、結果として実力に長けていないと魔王にはなれません」
「うん」
「その次期魔王の卵を、魔族は魔王の子、と称するのですよ」
「……? それって、王子様や王女様って事と何が違うの?」
兄弟に派閥ができるけど、実力重視ですよって言っているだけな気がする。
「申し訳ありません、言葉が足りませんでした。血筋などとは無関係に集められた数百人の有望な子が、魔王となるべく王の教育を施されます。その集められた子が皆、〝魔王の子〟なのです。次代の魔王はその中から選ばれます」
……え? それって、つまり。
「あそこにいたのは魔王の実の子じゃない?」
「おそらくは。四人まで絞られているので、次の選考で魔王が決まるのかもしれません。もちろん、王にならなかった三人にも相応のポストを与えられ、次代の魔族を王とともに導く役割を担います」
凄いな。血筋はまったく関係ないんだ。
有望なら幼少から家族のもとを離れて、魔王の子として磨かれるのか……。
そりゃあ、優秀な人材が育つね。
育つだろうけど……そこまでするのかって気もする。
力さえあれば、才能さえあれば、家庭も本人の事情も無視――とでも言われているような、嫌な感じもした。
「とことん、能力主義だね。魔族って」
「ええ、そうせねば生き延びられなかったのかもしれませんが、確かに極端ですな」
「いくら結果が出ていたとしても……亜空には持ち込みたくない考え方、かな」
「……他所は他所。亜空は亜空です、若様」
「だね」
識の言葉にしみじみと頷く。
「若様! 案内の者が来ましたわ!」
突然響く女性の声。
「澪、お帰り。迎えが来たって、ぎりぎりじゃないか。戻ってくるの遅いよ」
「堪能して参りました。全て計算通りですわ」
門限まではまだ一分ある!
なんて言い出しそうだな。
……僕も結構そういうタイプだったから、懐かしい。
「……はいはい。それじゃ、行こっか」
『はい』
駆け込み乗車よろしく、直前に戻ってきた澪の言葉通り。
その後すぐに案内の人が来た。
間違いなく、今のところ澪が一番この旅を楽しんでるな。
◇◆◇◆◇
催された宴が立食形式じゃないおかげで、結構助かってる。
雰囲気としては結婚式の披露宴みたいな?
ちょっと形式張ってるものの、明るい感じの宴会だった。
もちろん、新郎新婦はいなかったけどね。
時折出し物の踊りやら一芸披露の余興があったり、宴会用の物凄い大きさの料理が取り分けられたりして、澪も識も楽しんでいる。
思ったよりも気を遣わずにいられて、僕も十分に楽しい。
魔族の配慮に感謝だ。
ただ、魔王やそのお子さんの視線は結構頻繁に感じる。
ホストとして客の様子が気になるのは当たり前だし、仕方ない事だと思いながらも、そのせいで小さな緊張は持続していた。
魔王からもことあるごとに話を振られる。
ただ、会場にいる他の人――多分魔族の貴族とか軍の偉い人――からは、見られはしても話しかけられていない。好奇や好意、戸惑いに……ほんの少しの敵意。視線の種類は様々だった。
概ね識の読みが当たったみたいだ。
結構距離があるからだとしても、こちらは素直に嬉しい。
ただ、ちょっとしたトラブルもあった。
僕らが宴席についた時の事だ。
四魔将の集まったテーブルで、一人の魔将がいきなり立ち上がり、澪を凝視してぶるぶる震えたかと思うと、彼は何も物言う事なく、すぐに泡を吹いて後方にぶっ倒れた。
ケリュネオンの砦を守っていた魔将レフトだ。
まあ、彼の下半身は蛇だから、立ち上がったという表現が適切かどうかは……ってそれはどうでもいい。びよーんと全身が伸びて……うん。やっぱりどうでもいいな。
彼は澪に散々遊ばれて、幼児退行してしまったんだけど、以前、神様ご一行が亜空を訪れた時に、アテナ様が治療して記憶を消してくれた……はずだった。
「なんていうか……記憶は消えても、こびり付いたトラウマは残ってたって事かな」
彼の心は恐怖を拭えずに底に残していて、それは苦手意識程度のトラウマではなく、重度のPTSDだったと。
「……そのようで。少々驚きました」
「失礼ですわ。人の姿を見て泡を吹くなど」
笑いを噛み殺す識を見て、澪が唇を尖らせる。
「……神様も万能じゃあないって事だよね、うん」
当然、一時、場は騒然となった。
真相を知るのは僕らのみ。
レフト自身もその理由は分からないだろう。
記憶がないなら別に気にする事もないかと甘く見積もった事を、心の中でレフトさんに詫びておいた。
なので、魔将のテーブルには三人しかいない。
四つ腕の巨人イオに、角がない女魔将のロナ。一心不乱にご飯食べてる人は見た事ないけど、四人いるうちの最後の一人なんだろう。
見た目はヒューマンっぽい。
亜人だと思うが、強さ自体はそれほどでもなさそう。
て事は、ロナみたいな策を巡らせるタイプが他にもいるって事か。
それも嫌だな。
「まあまあ、澪殿。手の込んだ料理も数多く出ておりますし、こうして歓待を受けているのですから」
「……そこは嬉しいですよ? でも、それとこれとは話が別でしょう? 私のどこが卒倒するような化物だというのですか」
レフトの反応がご不満の澪を、識が宥める。
さっきの場面だけ切り取れば澪のお怒りはもっともだけど、その前に彼女がした事を考えると、スリッパで頭をはたいて突っ込みたいところだ。
もっとも、レフトを魔族側に戻したのはお前だろと、次に僕が後ろから突っ込まれそうな気がするのでこれ以上はノーコメント。
「ライドウ殿、どうかな今夜の宴席は? 見たところ楽しんでもらえていると、勝手に喜んでいるが」
少しへそを曲げた澪を気にしたのか、魔王が僕に話しかけてきた。
「ええ、素晴らしい席をありがとうございます。我々も十分に楽しんでおります」
「従者の方は、何か思うところがあるようだが……」
「いえ、レフト殿の様子が気がかりだと話していただけです。あの、彼の容態を伺っても?」
「む、レフトの件で気を揉ませていたか……。いや、申し訳ない。悪夢でも見ているのか、まだうなされていると報告が入っているが、命に別状はなさそうだ。ご心配いただくほどではないよ」
あー、どうしよう。
何かの話のついでにケリュネオンの事をさらっと言ってしまおうかと思ってたんだけど、レフトの一件があるからどうも切り出しにくい。
なんであの日、あの時に限ってケリュネオンにいたかね、レフトってのは。
「……」
う、魔王が何やらこちらを見ている。
仲間になりたそうに――じゃなくて、何かを企んでいそうな柔和な笑みで。
勘違いだと思いたいけど、経験上これは何かある笑みだ。
「あ、あはは。重病などではなくて、その、安心いたしました。はい」
つい、笑いが引きつってしまう。
「そうだ、この後メインの料理まではまだしばし間がある。ライドウ殿さえ良かったら、少し……付き合ってもらえんか」
「付き合う、とはどちらまで?」
「すぐそこだよ。バルコニーになっておる。ちと速いペースで飲みすぎてしまってな、一度夜風に当ろうと思うのだ」
そう言って、魔王はちらりと窓の外を見やった。
バルコニーね。
まあ、そのくらいなら。
識を見ると、小さく頷いて同意してくれた。
大丈夫そうだ。
「分かりました。喜んでお付き合いします。私も少し顔が火照ってますし」
「うむ。城から見る夜景もまた美しいぞ。と言っても、一年の大半が夜だがな、この都は。はっはっは!!」
魔王に促されて席を立つ。
――っと。少しふらつくな。
甘いのも辛いのも、魔族の酒はどれも結構度数が高くてキツイのが多い。寒い土地だからなのかな。
こっちの酒に慣れると、ロッツガルドで水割りなんか頼んでも、酒として飲めないかもしれない。ジュースみたいに感じそう。
あっちの流行りは、蒸留酒に果汁や果実のシロップの類を加えたカクテルだから。
お酒としてはともかく、あれはあれで美味しい。
魔術で酔いを醒ましてしまおうとすれば一瞬の事だけど、折角楽しく酔ったのにそれは勿体無い。
大した酔いでもなかったから、魔王の後についてバルコニーに出る。
そこには誰もおらず、僕と魔王の二人だけ。
後ろで戸が閉まる音がして、宴の喧騒も一段遠く聞こえるようになった。
吹き抜ける風は強すぎず弱すぎず、若干火照ってきた頬に気持ちが良い。
「どうかな、都の夜景は?」
「綺麗ですね。ぼんやりとですが、色とりどりの灯りが、何故か優しく感じます」
「優しく、か。ふふふ、魔族からは絶対に聞けぬ感想。新鮮だ」
魔王はおかしそうに笑う。
色々な感情の滲む笑いだった。
見たところ、彼はそれほど酔っている様子ではない。酔い覚ましってのは、僕を連れ出す口実だったのかも。
「私などの意見で笑ってもらえれば」
「……もう一度、帰る日にでも同じ景色を見て感想を聞きたい」
「……はぁ」
「明日、明後日と、ライドウ殿には魔族を見て、そして我らを理解してもらいたい。願わくば良きところも悪しきところも」
自分達の社会の長所も短所も見せるって意味かな。
それで、最後にどう感じたのかを聞きたい。多分、そんなところ。
「魔族の皆さんの生きる力と知恵に満ちた、素晴らしい都だと思います」
「そうか……実はな、騙していたわけではないが、ここは首都としての機能を持つ都では、ない」
「え?」
「正確には、そうでなくなった」
「遷都をなさったのでしょうか?」
「その通り。考えてもみよ。多くの領土を得た魔族が、これほど過酷な場所に都を構え続ける必要はないであろう?」
……確かに。
魔族が現在得ている領土についての情報は、エリュシオン以北は結構曖昧だし、ヒューマンには地図もないから、僕には分からないけど。
少なくとも、ここよりはまともな環境の土地があるよね。
「はい。仰るとおりです」
「うむ。実際、今は海沿いに港を有する大都市を築き、これに首都としての機能を持たせて国の中心としている。余も普段はそこにおる」
港がある? だったら、なんで僕らは吹雪の中を何日も歩かされたんだ。もっと移動が楽な場所があるなら、そっちの方が良いじゃないか。
……無茶苦茶遠いとか?
「ならばどうしてここに呼んだのか、と思っておるだろう?」
こちらの心の内を見透かしたかのような、魔王からの質問。
「うっ、はい……。少し」
なんで考えている事が分かるのか。
表情に出てたかな。
できるだけ感情を出さないように心がけているんだけど。
「ライドウ殿は、わざわざ難しく感情を消そうとしているのだよ。読まれたくないのなら、感情は消すのではなく、隠す事だ。無理に押し殺そうとすれば、不自然にもなる」
「そ、そうですか」
「先ほど余が楽しいかと聞いた時もそう。上辺に笑みを浮かべておけば済むのだ。無表情のままでいようとする必要はない。何より自然に、上手く笑えるようになる事だ。それである程度の事は隠し、取り繕える。そしてそれは学べるものだ」
「ありがとう、ございます」
なんで魔王にこんな事を指南されてるんだろうな。
でも、上手く笑う、か。
簡単に言ってくれるけど、難しいんだよなあ。
状況によっては、どうしても引きつる時がある。精進しないとな。学べる、つまり素養じゃなく努力で身につけられるって言われてるんだし。
「なに、ほんの手ほどきにもならぬ事。貸しにする気もない。ああ、都の話の途中であったか。この都はな、我らの歴史の詰まった場所なのだ。そして長らく魔族の全てだった場所でもある。だからこそ、ライドウ殿に魔族という種をお見せするのなら、この都でなければならぬと思ったのだよ。わざわざ厳しい路を来てもらったのはそのためだ」
「歴史……」
「そう、歴史だ。今も、ここで生まれた多くの慣習が我々の中で生きている」
「……たとえば、お子様の件でしょうか」
識から聞いた事を思い出して、質問してみる。
血が繋がってなくても優秀なら、王の候補として扱うんだっけ。
「……誰ぞから聞いたか。そう、王を決める方法もここで生まれた、と記されている。口の軽い部下がいたようだな。困ったものだ」
「いえ、従者が偶然存じておりました」
本当に口が軽い人がいたのかもしれないが、識からも澪からもそんな話はまだ聞いてない。
一応、犯人(?)ではないその他大勢に括られる口が堅い部下の人をフォローしておく。
「ほう……博識な。そうか、ライドウ殿には魔族の慣習を知る部下がいるか。いや、驚いた」
全然驚いた感じはしない。
識の事も知られているのかな。彼がラルヴァって名前のリッチだった頃、ロナとは少なからず関係があったようだし、何かしら報告されている可能性は高い。
「偶然に、でございます」
「そうだとしても、だ。明日から見てもらうであろういくつかの慣習も、ひょっとしたらご存知かもしれぬな。未だ魔族にはヒューマンの社会の事を知っている者が少ない。知識があるのは主に軍の者ばかりだ。そう考えると、商人の身でそこまで知識を深めているのは賞賛に値する事、真に良き部下を持たれている」
「恐縮です」
「……この変わらぬ闇の中、魔族は永きにわたって辛苦に耐えてきた。だが、それには永遠に終わりがない。このままではいずれ魔族は滅びる。そう悟った時、我らは力を蓄え、機を待った。そして余が戦争を始めた。王として……その決断を悔いてはおらん」
僕の言葉から少しの沈黙を経て、魔王は遠くを見つめたまま、でも確実に僕に向けてその言葉を放った。
そう感じた。
「たとえそれが他者の持ち物だったとしても、魔族には豊かな土地が必要だ。そうせねば、いつまでも我らは苦しみ、飢え、いずれ死ぬ。ライドウ殿、もしも君がそんな種族の王になったのなら、どうしていたかな? こんな質問など戯れにすぎないが、聞かせてほしい」
とてもただの興とは思えない顔で、魔王は僕を見た。
おそらく、何かを回顧して僕にそう尋ねたんだろう。
この都は……魔族にとって本当に大きな意味のある都市なんだと思う。
日本人にとっての京都みたいなものなのか。
いや、首都を移して何年かしか経っていないんだ、そんな風には比べられないか。
僕には正しく想像できない気がするけど……。
「僕なら、ですか。僕なら……他人の持ち物に手をつける前に新天地を求めると思います」
「まだ見ぬ土地を探す、か。では、それが絶望的な場合は?」
ええー。せっかく答えたのに、その返しってあり?
「何故絶望的なのでしょう?」
「地理的に、そこよりも劣悪な場所しか残っていない。技術的に越えられない場所があって、それ以上進めない、といったところかな」
「なら技術を研究させます」
「なるほどな。ライドウ殿は、とにかく戦争は避けるべきと考えるか」
「戦争というのは、確実に禍根を残します。将来的に見ればプラスとは思えません」
「もちろん、その通りだな。だが、魔族はあまりにも追い詰められすぎていた。もはや北への開拓も不可能だと判断した時、我らは先住者である亜人を滅ぼして、この地を得た」
……。
奪うって決めて、ここ!?
どれだけ悲惨な所で生活してたんだ、魔族。
女神も女神だ。
相変わらず酷いな。
いつか横っ面に一発入れないと。つくづくそう思う。
「そ、そうですか」
「ああ。そして禍根は残さず、な」
「え、でも……」
戦争で禍根を残さないなんて奇跡、できるはずがない。
「皆殺しだ。全員始末すれば恨みは残らない。愚策だとは思うが、当時はそれで種族を救ったわけだ」
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敵を一人残らず殺すなら、確かに恨む者も残らない。けど……。
「……」
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