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13巻
13-3
「若、儂としては海そのものを調べたいのですが。澪も使って構いませぬか?」
識の満足げな返事に続いて、巴も提案してきた。
「いいよ」
「……ただ、海は儂も澪も専門ではありませんからなあ。できれば海――それも、海中を良く知る者がいれば助かるところ」
「確かにね。そんな人いたかな」
「いませんな。……どうでしょう若、亜空も相当広がっておりますし、久々にまた住人の選定でも行なっては」
「新しい住人か。ゴルゴンと翼人の様子を見ていると、お前達が絞り込んでくれた人達なら問題ないかな……」
「無論、若に最終面談はしていただきますぞ」
う、バレた。
まだ何も提案してないのにバレた。
丸投げは無理か。
ん……何か忘れていた事も思い出し……? あ!
「それはやるけどさ。なあ巴、前の面談の時に、結局移住しなかった〝小さい人達〟がいたじゃん?」
「はて、小さい……。ああ、おりましたな。エマを怒らせて話が流れた妖精だか精霊だかが」
「うん、彼ら……あれ? なんて名前だったっけ? ア、ア……アー、アントニオだっけ?」
「確かそんな名前でしたな。アなんとかだと」
「彼らはどうなってるの? 今回は水関係が欲しいんだろうけど、一応それも調べてくれる?」
「……若様、巴殿。アルエフェメラです。精霊を一部支配する、妖精族の変わり種」
識が会話に割って入ってきた。
おお、そうだ。確かそんな名前だった!
賑やかだった事しか覚えてなかったよ。
「おお、アルエフェメラじゃったか。ちまっこい連中だったとしか記憶にないわ」
巴も似たようなものか。
あれは誰が担当してくれたんだっけ? 細かい部分はやっぱり思い出せないな。
「ありがとう、識。アルエフェメラね。じゃあ、巴は候補探しを始めてね」
「……いや、候補探しも何も、移住希望者は殺到しまくっておりますぞ? 既に行列ができていて、あとは門を開くだけというか――まあ、そんな感じですので、さほど時間はかかりません。種族の詳細調査をさせた後、儂らが何度か面談する程度ですから……遠からず若に最終面談をお願いする事になるかと」
「……殺到? そう。種族の数とか規模はまあ、任せるよ」
巴と識が早速念話を始めた。
そんな二人を横目に、僕は再び海を見る。
見れば見るほど服を脱いで飛び込みたくなるビーチだ。
夜の星空や月明かりもかなり期待できそう。
これだけ広ければ、少々プライベートビーチをもらっても、文句は出ないよな。
期待が膨らむ。
それにしても……新しい住人に、研究素材か。
やる事が満載になってきたな。
多分ロッツガルドに行ったらリミア訪問の話も出るだろうな。きっとリミアの人達はなんとしてでも言質を取ろうとするはずだ。僕がこのところあちこち外遊してて、帝国に行ったのもきっと知られているから、断るわけにはいかない。
でも、実際いつ行けるんだろうか。
澪と先輩が鉢合わせした時、あまりよくない雰囲気だった事を考えると、できれば澪はおいていくか、先輩がいない時にお邪魔して、ささっと帰ってきたいんだけど。
この辺りも予定を確認しないと。
今日は一日休んで明日から働こうなんて思っていたのは、少し温かったかも。
平和な海を眺めていても、波が寄せては返す度に、どんどん案件が浮かんでくるのに苦笑する。
うん、今日から動こう。
急ぎでロッツガルドに行く用事なんてないと思っていたけど、そうも言ってられない。
そういえば、巴から聞いたところによると、上位竜のルトが随分弱っているんだとか。
あの変態、魔族領では散々やってくれたからな。文字通り力の全てを叩き込んだブレスを吐いた反動で、寝込んでいるらしい。
本格的に馬鹿だ。
見舞い? にでも行って、顔を拝んでやろうかな。
僕はため息を一つこぼして、亜空の海を後にした。
2
活気がある。
というか、殺気がある?
翌日、僕は亜空の都市郊外の訓練場に呼び出されていた。
珍しくハイランドオークのエマが険しい表情をしている。
巴か識と一緒にいると思ったんだけど、状況といい表情といい、予想と違うな。
エマの他には、オークが数人、ミスティオリザード数人と、アルケーがいた。
それと小さい妖精がざっと数十匹から百匹くらい、エマと対峙するように群れて浮かんでいた。
ああ、あれ。
そうそう、確かアントキノ、じゃなくてアル……アルエフェメラ!
しかし、亜空の皆は行動が早いな。
もう彼らを連れて来たんだ。
……まさか、もう海の種族も面談待ちとか?
まさかね。
「エマ、彼らはアルエフェメラだよね? なんか妙な雰囲気だけど?」
一触即発と言おうか。
以前彼らと揉めた事があるエマだけに、何か嫌な予感がする。
「これは若様! 妙な雰囲気というほどでもありません。この者どもが〝相変わらず〟でしたので、少しお説教をするところだっただけで……」
声をかけると、エマは表情を取り繕って僕に一礼した。
「相変わらず? ……むしろ、随分と彼らの雰囲気が変わった気がするけど?」
確か彼らは、二つ首の犬の魔物――リズーの群れに追われて亜空への移住を希望していたが、面談でエマの怒りを買って保留になったんだっけ。
「リズーと、その後いくつかの脅威を退けたとかで、調子に乗っているだけです」
それでか?
王様の態度はともかく、背後にいる連中からは一種の殺気が漂っている。誰に向けてというでもなく、ただ周囲に撒き散らすだけのやつだ。
にわか軍隊っぽいというか、巴のブートキャンプを初めて受けた連中の一部が放つ雰囲気に似た感じだった。無駄に殺気立ってる。
「亜空の王! 僕らの名前はアルエレメラだ! 一度会談した種族の名を忘れるのか、亜空の王は!」
「え? アルエレメラ? あ、そうですか。それは失礼しました」
識でさえまともに覚えてなかったとは。賑やかな割に影の薄い種族だよな。
「若様、謝罪の必要などありません。このような者どもは羽虫で十分です。そんな大層な名前など勿体ない」
エマは彼らに辛辣だ。
奔放なところが気に障るのかな。
「勿体なくなどないぞ! 僕らこそ妖精の王! 王が無礼なら臣下も無礼だな、オークの女! 約束通り僕らはリズーを退けたというのに、何故連絡をくれなかった! お前が約束を守っていたなら、僕らはこんなにも仲間を失わずに済んだのに!」
結構飛んでいるように見えるけど、これでも大分減ったのか。
元々彼らは何人くらいいたんだっけ。
覚えてないなあ。
「あらあら、妖精の王などと名乗っているのに愉快なほど幼稚なこと。私が言った事をもう忘れたのかしらね。私は〝リズーを退けてもう一度ここに来い〟と、言ったのよ? リズーを退けたなら、どうしてまたここに来なかったのかしら? 私はてっきり、全員食われて滅びたんだと思っていました」
「ここに来る方法など知るもんか! ズルイぞ、オークの女!」
エマとアルエレメラの舌戦が続く。
「それならそれで、怒りに任せて飛び出す前に、リズーを追い払った暁にはまたご連絡ください、と私達に言っておくべきでしょう? お前達のような五月蝿いのが三百もいては亜空も迷惑です。ちょうどよく目減りしたじゃないですか、うふふふ……」
黒い。
黒いエマがいる。
亜空に自力で来いって、そんな無茶な。
神様じゃないんだからさ。
あの時彼らがどんな事を喚いていたのか覚えてないけど、これはなかなかひどい。
僕もあまりエマを怒らせないようにしよう。
見ると、他の種族も苦笑いしている。
一部オークは青い顔をしているけど、まさかエマには〝この先〟がまだあるというのだろうか。できれば残りの変身は見たくないな。
それにしても、エマは彼らに詳しいな。
名前が間違っていたのも分かっていたみたいだし、彼らの数まで把握していた。
三百いたなら、今は三分の一くらいに減った事になる。
結構な被害だ。
「なんで僕らにちゃんと伝えてくれなかったんだ、亜空の王!」
エマには敵わないと見たのか、今度は僕に食ってかかってきた。
「ええ? そう言われても」
「僕らを帰したのはお前だ! ええと、ええと……亜空の王!」
……?
あ。まさか、あっちも僕の名前を忘れてる?
エマの名前も呼んでないしな。
なんだ、お互い様じゃないか。
「よりによって、また若様に噛み付くとは……もう、ふ、うふふ……。前回同様、澪様に再面談をお願いしようと思っていたけれど、その必要もないわね。少しは同情して移住を再考してあげる気でいたというのに」
「僕らは試練を乗り越えた! もう住んでいた豊かな森も、忌まわしい紫の雲に呑まれて毒沼だ、住む場所もない! お前がなんと言おうと、僕らは絶対にここに住む!」
おお、尊大な態度はブレないな。
個人的にはこういう自由なタイプは、遠くから見ている存在としては好きな方だ。テレビの中にいる分には、みたいな?
亜空は広いんだし、適当に住処を見つけて暮らしてもらうくらいなら、別に構わないんじゃないかな。
海ができて、正直把握が面倒なレベルで広くなっているんだしさ。
……と思っていたら、エマがちょうど僕が考えていたような事を口にした。
「……そう。なら自由にしなさいな。森が好きだったわね。どこの森にでもお住みなさい」
これまでの態度からすると意外だし、いつもは逐一僕らの許可を求める彼女が勝手に決めるのは珍しい。
「!! その言葉、確かに聞いたぞ!!」
「ただし、私達は一切貴方達に関わりません。どうしても助けてほしいと言うなら、全員で土下座でもしたら、〝考えて〟あげますが」
エマの意味深な忠告には耳も貸さず、アルエレメラが騒ぎ出す。
「聞け、皆の者! 僕らは新たな住まいを得た! よし、あっちの森に行くぞ!! 急いで家を作るんだ! 食べ物を集めろー!」
『おーー!!』
「……」
あっという間に、アルエレメラが一斉に飛んでいく。
ミツバチの引越しみたいでもあるな。
彼らが飛び去る様子を見ながら、ちらりと横目でエマを見る。
凄く良い、満面の笑みだった。
何故か背筋がゾクゾクして、僕は思わず目を逸らした。
「さ、皆さんお仕事に戻りましょう。海などというものまで現れて、亜空もこれからますます忙しくなりますよ」
「そう、だね」
空気を変えようとばかりに手を叩いて促すエマに、僕と他の皆はただ頷いて応える。
「若様、海を住まいとする種族、またはそれが可能な種族についてリストが上がってきています。まだ増えると思いますが、一度目を通していただけますか?」
「うん。了解」
「識様があちらで、砂浜に面する場所を拓いて港を作ると仰っていました。とりあえず、エルダードワーフの職人を数人こちらから回しています。外の港町に出ている職人も亜空で船が必要ならと戻ってきていますね」
おお、皆一日も休まず即座に動き出している。
明日から明日からで先延ばししがちな僕には信じ難いスピードだ。
エマは一緒にいた各種族にテキパキ指示を出していく。
さっきまでの衝突をまるで感じさせない、鮮やかな切り替えだ。
「あのさ、エマ。さっきのアルエレメラだけど」
「はい、なんでしょうか」
それでも僕は気になっている事を聞いてみた。
「なんであっさり移住を許したの? 随分怒っていたのに」
とても許すような流れではなかったし、彼らから謝罪の言葉などなかった。
それなのにどうしてエマが認めたのか、不思議だった。
「若様の前で出過ぎた真似をしました。申し訳ございません」
エマが神妙な顔つきで頭を下げた。
「いや、それはいいんだけどさ。どうして?」
「……若様、前に巴様が亜空に放り込んだ荒野の魔物が、どうなったかご存知ですか?」
「リズーとか?」
「ええ」
「確か、狼と熊、それに牛や猪なんかに駆逐されたって聞いたけど」
「その通りです。ほぼ全滅です」
生態系は微塵も変わりませんでした、と報告されたっけ。
「……」
「……」
エマは当然、とばかりにこちらをじっと見ている。えーと……。
「あのさ。その通り、と言われても」
「若様が庇護していない、つまり私どもとは異なる勢力とみなされる〝彼ら〟は、魔物と大して変わりません」
魔物と変わらないって、つまり……。
「リズー程度を脅威とし、この短期間に数を半分以下に減らすような妖精モドキ、しかも知能はアレですから、狼殿の忠告も無視するでしょうね。私はつまらぬ嘘など吐きませんので、彼らが更に半分程度に減って土下座するなら……ふふ、考えるだけは考えます」
うっわあ……黒エマを通り越して深淵のエマだ。
「亜空は確かに楽園です。荒野のように種族間の闘争もなく、また取り合うまでもない広大な土地もあります。ただし、亜空にだってルールはあります。それを守らずに過ごす無法者は、自然と駆逐されていきます」
「亜空にルールねえ」
あまりピンとこない。
「力か庇護。どちらもないなら、ここは楽園とは限りません。特にここに元から住まう獣の縄張りを侵そうなどとすれば……」
エマは再び凄絶な笑みを浮かべる。
楽園じゃない亜空か。
日本でゲームだネットだと娯楽に囲まれていた僕にとっては多少退屈な面もあるけど、他の住民は楽園そのものだと心からの言葉を口にする。
だから僕も、ここは豊かで暮らしやすい場所なんだなと思っていた。
でもエマの口ぶりだと、見方や立場が変われば、ここも必ずしも楽園じゃなくなるらしい。
思いもしなかった。
苦手だな、そういう〝違う立場から見る〟ってやつ。
彼女の怖い笑顔から、手渡されたリストに視線を移す。
半魚人やら人魚やらイソギンチャクやら、冗談みたいに魚の体から直に人の手足が生えた種族やら。
いかにも水系な種族の資料が綴じられていた。
追い追い巴達からも推薦があるだろうから、それも含めて考えるか。
海は広い。
なんなら全員住んでもいい。
◇◆◇◆◇
魔族の少女、サリは星を見ていた。
思考が入り混じって考えがまとまらない不快な感覚を抱えながら。
どこか遠い目で、彼女は夜空を見上げていた。
「スケールが、一つか二つか三つか四つ……違った」
ぼそりと呟く。
誰にも聞かれず、言葉は掠れて消えた。
「やるべき事は変わっていないというのに、動けない」
この流れで、動き出すのに躊躇った事など、彼女は一度もなかった。
常に考え、結論を得た後はすぐに行動に移す。それが彼女のやり方だった。
自分のこれまでの立場を捨てて、一人隷属の身となる決意も、そのための行動も、サリはあっさりやってのけた。
その結果が今だ。
次の一手として、サリはライドウの懐に、より深く入り込むように動かなくてはいけない。
なのに、彼の手によって誘われたこの場所――亜空において、サリはライドウとまともに接触さえできていない。
星空を眺める時間ばかりが長くなっているのが、今の彼女の状況だ。
「まさか、ライドウが異界の王だなんて」
サリは、星空を見上げたまま呟いた。
ライドウ本人の認識とは大きく違っているが、彼女の認識の方が実情に近い。
ライドウは亜空と呼ばれる空間を所有しているのだ。
その場所は拡大を続け、今や広大な大地と空と海が存在する、一つの〝世界〟と呼んでいい状態になっている。
亜空は彼らを介してしか入る事はできない。そして、彼らなら自在に行き来できる。
事情を詳しく知るはずもないサリから見れば、ライドウは異世界の王であり、彼女が住んでいた世界に最近やってきた客人。彼女の心情に沿って、言葉を選ばずに言うなら〝侵略者〟かもしれない存在だ。
そう考えれば、彼らが女神と対立している様子なのも、十分に納得できる。
だがそうなると、ライドウがヒューマンであるという事実が矛盾するのではないかとサリには思えた。
それとも、異世界にもヒューマンは存在していて、女神のような存在に庇護されているのだろうか。
だとするなら、亜空というこの世界には何故ライドウ以外のヒューマンがいないのか?
女神に代わる存在は?
こんな結論の出ない思考に囚われて、サリはここしばらくまともに行動できずにいた。
「とにかくライドウの身内になるのが先決。私が彼にとって親しい存在になれば……ライドウならば〝そんな程度の事〟でも魔族に刃を向けない理由になるはず……」
ライドウはどこまでも情で動く。
それがサリの見立てだった。
だから彼の傍にいて情を移させる事ができれば、一気に魔族は安全を得られる。
外部からライドウを冷静に見た彼女だからこその結論であり、彼をよく把握していると言えた。
……完全な分析とまでは言えないが。
だがそれは、サリにとっては恐ろしい内容でもある。
ライドウは、下手をすれば大局などまるで見ずに、親しい誰かに頼まれたというだけの理由で国や種族を滅ぼしかねないのだ。
もしも魔族に深い憎悪を抱く誰かが、彼と親友、あるいは恋人などになれば。
たったそれだけの理由でライドウは魔族を敵と看做す可能性もある。
時期とか外交とか経済とか、そんなものは全く関係なくだ。
勇者と女神に加えてライドウまで敵にすれば、魔族は絶滅する。
亜空を見て、サリはその確信を強めた。
「完全な自給自足。強大な種族が混成しているのに見事に機能している軍。私達よりも明らかに何段か上の技術。行軍の必要なく、いつでも、どこへでも戦闘を仕掛けられる上に撤退も自在な転移能力。それに、異様なまでに高いライドウと側近の個体戦闘能力……」
あえて弱点があるとするならば、数だろう。
彼女が見た限り、亜空はそれほど人口が多くない。
肥沃な土地には不自然なほどに住人が少なかった。
その理由はサリにはまだ分からなかった。
だが、世界最大の勢力であるヒューマンでさえ、いくら数で勝っているからといって、これだけ戦うのに悪い条件が揃った相手を敵に回すとは、サリには思えなかった。
もしもサリの父である現魔王ゼフが、ライドウと亜空の情報を正確に知っていたならどうするか、彼女は想像してみる。
「多少不利な条件でも同盟を築く、かな。……商会相手じゃなくて、国同士みたいな内容になりそう」
識の満足げな返事に続いて、巴も提案してきた。
「いいよ」
「……ただ、海は儂も澪も専門ではありませんからなあ。できれば海――それも、海中を良く知る者がいれば助かるところ」
「確かにね。そんな人いたかな」
「いませんな。……どうでしょう若、亜空も相当広がっておりますし、久々にまた住人の選定でも行なっては」
「新しい住人か。ゴルゴンと翼人の様子を見ていると、お前達が絞り込んでくれた人達なら問題ないかな……」
「無論、若に最終面談はしていただきますぞ」
う、バレた。
まだ何も提案してないのにバレた。
丸投げは無理か。
ん……何か忘れていた事も思い出し……? あ!
「それはやるけどさ。なあ巴、前の面談の時に、結局移住しなかった〝小さい人達〟がいたじゃん?」
「はて、小さい……。ああ、おりましたな。エマを怒らせて話が流れた妖精だか精霊だかが」
「うん、彼ら……あれ? なんて名前だったっけ? ア、ア……アー、アントニオだっけ?」
「確かそんな名前でしたな。アなんとかだと」
「彼らはどうなってるの? 今回は水関係が欲しいんだろうけど、一応それも調べてくれる?」
「……若様、巴殿。アルエフェメラです。精霊を一部支配する、妖精族の変わり種」
識が会話に割って入ってきた。
おお、そうだ。確かそんな名前だった!
賑やかだった事しか覚えてなかったよ。
「おお、アルエフェメラじゃったか。ちまっこい連中だったとしか記憶にないわ」
巴も似たようなものか。
あれは誰が担当してくれたんだっけ? 細かい部分はやっぱり思い出せないな。
「ありがとう、識。アルエフェメラね。じゃあ、巴は候補探しを始めてね」
「……いや、候補探しも何も、移住希望者は殺到しまくっておりますぞ? 既に行列ができていて、あとは門を開くだけというか――まあ、そんな感じですので、さほど時間はかかりません。種族の詳細調査をさせた後、儂らが何度か面談する程度ですから……遠からず若に最終面談をお願いする事になるかと」
「……殺到? そう。種族の数とか規模はまあ、任せるよ」
巴と識が早速念話を始めた。
そんな二人を横目に、僕は再び海を見る。
見れば見るほど服を脱いで飛び込みたくなるビーチだ。
夜の星空や月明かりもかなり期待できそう。
これだけ広ければ、少々プライベートビーチをもらっても、文句は出ないよな。
期待が膨らむ。
それにしても……新しい住人に、研究素材か。
やる事が満載になってきたな。
多分ロッツガルドに行ったらリミア訪問の話も出るだろうな。きっとリミアの人達はなんとしてでも言質を取ろうとするはずだ。僕がこのところあちこち外遊してて、帝国に行ったのもきっと知られているから、断るわけにはいかない。
でも、実際いつ行けるんだろうか。
澪と先輩が鉢合わせした時、あまりよくない雰囲気だった事を考えると、できれば澪はおいていくか、先輩がいない時にお邪魔して、ささっと帰ってきたいんだけど。
この辺りも予定を確認しないと。
今日は一日休んで明日から働こうなんて思っていたのは、少し温かったかも。
平和な海を眺めていても、波が寄せては返す度に、どんどん案件が浮かんでくるのに苦笑する。
うん、今日から動こう。
急ぎでロッツガルドに行く用事なんてないと思っていたけど、そうも言ってられない。
そういえば、巴から聞いたところによると、上位竜のルトが随分弱っているんだとか。
あの変態、魔族領では散々やってくれたからな。文字通り力の全てを叩き込んだブレスを吐いた反動で、寝込んでいるらしい。
本格的に馬鹿だ。
見舞い? にでも行って、顔を拝んでやろうかな。
僕はため息を一つこぼして、亜空の海を後にした。
2
活気がある。
というか、殺気がある?
翌日、僕は亜空の都市郊外の訓練場に呼び出されていた。
珍しくハイランドオークのエマが険しい表情をしている。
巴か識と一緒にいると思ったんだけど、状況といい表情といい、予想と違うな。
エマの他には、オークが数人、ミスティオリザード数人と、アルケーがいた。
それと小さい妖精がざっと数十匹から百匹くらい、エマと対峙するように群れて浮かんでいた。
ああ、あれ。
そうそう、確かアントキノ、じゃなくてアル……アルエフェメラ!
しかし、亜空の皆は行動が早いな。
もう彼らを連れて来たんだ。
……まさか、もう海の種族も面談待ちとか?
まさかね。
「エマ、彼らはアルエフェメラだよね? なんか妙な雰囲気だけど?」
一触即発と言おうか。
以前彼らと揉めた事があるエマだけに、何か嫌な予感がする。
「これは若様! 妙な雰囲気というほどでもありません。この者どもが〝相変わらず〟でしたので、少しお説教をするところだっただけで……」
声をかけると、エマは表情を取り繕って僕に一礼した。
「相変わらず? ……むしろ、随分と彼らの雰囲気が変わった気がするけど?」
確か彼らは、二つ首の犬の魔物――リズーの群れに追われて亜空への移住を希望していたが、面談でエマの怒りを買って保留になったんだっけ。
「リズーと、その後いくつかの脅威を退けたとかで、調子に乗っているだけです」
それでか?
王様の態度はともかく、背後にいる連中からは一種の殺気が漂っている。誰に向けてというでもなく、ただ周囲に撒き散らすだけのやつだ。
にわか軍隊っぽいというか、巴のブートキャンプを初めて受けた連中の一部が放つ雰囲気に似た感じだった。無駄に殺気立ってる。
「亜空の王! 僕らの名前はアルエレメラだ! 一度会談した種族の名を忘れるのか、亜空の王は!」
「え? アルエレメラ? あ、そうですか。それは失礼しました」
識でさえまともに覚えてなかったとは。賑やかな割に影の薄い種族だよな。
「若様、謝罪の必要などありません。このような者どもは羽虫で十分です。そんな大層な名前など勿体ない」
エマは彼らに辛辣だ。
奔放なところが気に障るのかな。
「勿体なくなどないぞ! 僕らこそ妖精の王! 王が無礼なら臣下も無礼だな、オークの女! 約束通り僕らはリズーを退けたというのに、何故連絡をくれなかった! お前が約束を守っていたなら、僕らはこんなにも仲間を失わずに済んだのに!」
結構飛んでいるように見えるけど、これでも大分減ったのか。
元々彼らは何人くらいいたんだっけ。
覚えてないなあ。
「あらあら、妖精の王などと名乗っているのに愉快なほど幼稚なこと。私が言った事をもう忘れたのかしらね。私は〝リズーを退けてもう一度ここに来い〟と、言ったのよ? リズーを退けたなら、どうしてまたここに来なかったのかしら? 私はてっきり、全員食われて滅びたんだと思っていました」
「ここに来る方法など知るもんか! ズルイぞ、オークの女!」
エマとアルエレメラの舌戦が続く。
「それならそれで、怒りに任せて飛び出す前に、リズーを追い払った暁にはまたご連絡ください、と私達に言っておくべきでしょう? お前達のような五月蝿いのが三百もいては亜空も迷惑です。ちょうどよく目減りしたじゃないですか、うふふふ……」
黒い。
黒いエマがいる。
亜空に自力で来いって、そんな無茶な。
神様じゃないんだからさ。
あの時彼らがどんな事を喚いていたのか覚えてないけど、これはなかなかひどい。
僕もあまりエマを怒らせないようにしよう。
見ると、他の種族も苦笑いしている。
一部オークは青い顔をしているけど、まさかエマには〝この先〟がまだあるというのだろうか。できれば残りの変身は見たくないな。
それにしても、エマは彼らに詳しいな。
名前が間違っていたのも分かっていたみたいだし、彼らの数まで把握していた。
三百いたなら、今は三分の一くらいに減った事になる。
結構な被害だ。
「なんで僕らにちゃんと伝えてくれなかったんだ、亜空の王!」
エマには敵わないと見たのか、今度は僕に食ってかかってきた。
「ええ? そう言われても」
「僕らを帰したのはお前だ! ええと、ええと……亜空の王!」
……?
あ。まさか、あっちも僕の名前を忘れてる?
エマの名前も呼んでないしな。
なんだ、お互い様じゃないか。
「よりによって、また若様に噛み付くとは……もう、ふ、うふふ……。前回同様、澪様に再面談をお願いしようと思っていたけれど、その必要もないわね。少しは同情して移住を再考してあげる気でいたというのに」
「僕らは試練を乗り越えた! もう住んでいた豊かな森も、忌まわしい紫の雲に呑まれて毒沼だ、住む場所もない! お前がなんと言おうと、僕らは絶対にここに住む!」
おお、尊大な態度はブレないな。
個人的にはこういう自由なタイプは、遠くから見ている存在としては好きな方だ。テレビの中にいる分には、みたいな?
亜空は広いんだし、適当に住処を見つけて暮らしてもらうくらいなら、別に構わないんじゃないかな。
海ができて、正直把握が面倒なレベルで広くなっているんだしさ。
……と思っていたら、エマがちょうど僕が考えていたような事を口にした。
「……そう。なら自由にしなさいな。森が好きだったわね。どこの森にでもお住みなさい」
これまでの態度からすると意外だし、いつもは逐一僕らの許可を求める彼女が勝手に決めるのは珍しい。
「!! その言葉、確かに聞いたぞ!!」
「ただし、私達は一切貴方達に関わりません。どうしても助けてほしいと言うなら、全員で土下座でもしたら、〝考えて〟あげますが」
エマの意味深な忠告には耳も貸さず、アルエレメラが騒ぎ出す。
「聞け、皆の者! 僕らは新たな住まいを得た! よし、あっちの森に行くぞ!! 急いで家を作るんだ! 食べ物を集めろー!」
『おーー!!』
「……」
あっという間に、アルエレメラが一斉に飛んでいく。
ミツバチの引越しみたいでもあるな。
彼らが飛び去る様子を見ながら、ちらりと横目でエマを見る。
凄く良い、満面の笑みだった。
何故か背筋がゾクゾクして、僕は思わず目を逸らした。
「さ、皆さんお仕事に戻りましょう。海などというものまで現れて、亜空もこれからますます忙しくなりますよ」
「そう、だね」
空気を変えようとばかりに手を叩いて促すエマに、僕と他の皆はただ頷いて応える。
「若様、海を住まいとする種族、またはそれが可能な種族についてリストが上がってきています。まだ増えると思いますが、一度目を通していただけますか?」
「うん。了解」
「識様があちらで、砂浜に面する場所を拓いて港を作ると仰っていました。とりあえず、エルダードワーフの職人を数人こちらから回しています。外の港町に出ている職人も亜空で船が必要ならと戻ってきていますね」
おお、皆一日も休まず即座に動き出している。
明日から明日からで先延ばししがちな僕には信じ難いスピードだ。
エマは一緒にいた各種族にテキパキ指示を出していく。
さっきまでの衝突をまるで感じさせない、鮮やかな切り替えだ。
「あのさ、エマ。さっきのアルエレメラだけど」
「はい、なんでしょうか」
それでも僕は気になっている事を聞いてみた。
「なんであっさり移住を許したの? 随分怒っていたのに」
とても許すような流れではなかったし、彼らから謝罪の言葉などなかった。
それなのにどうしてエマが認めたのか、不思議だった。
「若様の前で出過ぎた真似をしました。申し訳ございません」
エマが神妙な顔つきで頭を下げた。
「いや、それはいいんだけどさ。どうして?」
「……若様、前に巴様が亜空に放り込んだ荒野の魔物が、どうなったかご存知ですか?」
「リズーとか?」
「ええ」
「確か、狼と熊、それに牛や猪なんかに駆逐されたって聞いたけど」
「その通りです。ほぼ全滅です」
生態系は微塵も変わりませんでした、と報告されたっけ。
「……」
「……」
エマは当然、とばかりにこちらをじっと見ている。えーと……。
「あのさ。その通り、と言われても」
「若様が庇護していない、つまり私どもとは異なる勢力とみなされる〝彼ら〟は、魔物と大して変わりません」
魔物と変わらないって、つまり……。
「リズー程度を脅威とし、この短期間に数を半分以下に減らすような妖精モドキ、しかも知能はアレですから、狼殿の忠告も無視するでしょうね。私はつまらぬ嘘など吐きませんので、彼らが更に半分程度に減って土下座するなら……ふふ、考えるだけは考えます」
うっわあ……黒エマを通り越して深淵のエマだ。
「亜空は確かに楽園です。荒野のように種族間の闘争もなく、また取り合うまでもない広大な土地もあります。ただし、亜空にだってルールはあります。それを守らずに過ごす無法者は、自然と駆逐されていきます」
「亜空にルールねえ」
あまりピンとこない。
「力か庇護。どちらもないなら、ここは楽園とは限りません。特にここに元から住まう獣の縄張りを侵そうなどとすれば……」
エマは再び凄絶な笑みを浮かべる。
楽園じゃない亜空か。
日本でゲームだネットだと娯楽に囲まれていた僕にとっては多少退屈な面もあるけど、他の住民は楽園そのものだと心からの言葉を口にする。
だから僕も、ここは豊かで暮らしやすい場所なんだなと思っていた。
でもエマの口ぶりだと、見方や立場が変われば、ここも必ずしも楽園じゃなくなるらしい。
思いもしなかった。
苦手だな、そういう〝違う立場から見る〟ってやつ。
彼女の怖い笑顔から、手渡されたリストに視線を移す。
半魚人やら人魚やらイソギンチャクやら、冗談みたいに魚の体から直に人の手足が生えた種族やら。
いかにも水系な種族の資料が綴じられていた。
追い追い巴達からも推薦があるだろうから、それも含めて考えるか。
海は広い。
なんなら全員住んでもいい。
◇◆◇◆◇
魔族の少女、サリは星を見ていた。
思考が入り混じって考えがまとまらない不快な感覚を抱えながら。
どこか遠い目で、彼女は夜空を見上げていた。
「スケールが、一つか二つか三つか四つ……違った」
ぼそりと呟く。
誰にも聞かれず、言葉は掠れて消えた。
「やるべき事は変わっていないというのに、動けない」
この流れで、動き出すのに躊躇った事など、彼女は一度もなかった。
常に考え、結論を得た後はすぐに行動に移す。それが彼女のやり方だった。
自分のこれまでの立場を捨てて、一人隷属の身となる決意も、そのための行動も、サリはあっさりやってのけた。
その結果が今だ。
次の一手として、サリはライドウの懐に、より深く入り込むように動かなくてはいけない。
なのに、彼の手によって誘われたこの場所――亜空において、サリはライドウとまともに接触さえできていない。
星空を眺める時間ばかりが長くなっているのが、今の彼女の状況だ。
「まさか、ライドウが異界の王だなんて」
サリは、星空を見上げたまま呟いた。
ライドウ本人の認識とは大きく違っているが、彼女の認識の方が実情に近い。
ライドウは亜空と呼ばれる空間を所有しているのだ。
その場所は拡大を続け、今や広大な大地と空と海が存在する、一つの〝世界〟と呼んでいい状態になっている。
亜空は彼らを介してしか入る事はできない。そして、彼らなら自在に行き来できる。
事情を詳しく知るはずもないサリから見れば、ライドウは異世界の王であり、彼女が住んでいた世界に最近やってきた客人。彼女の心情に沿って、言葉を選ばずに言うなら〝侵略者〟かもしれない存在だ。
そう考えれば、彼らが女神と対立している様子なのも、十分に納得できる。
だがそうなると、ライドウがヒューマンであるという事実が矛盾するのではないかとサリには思えた。
それとも、異世界にもヒューマンは存在していて、女神のような存在に庇護されているのだろうか。
だとするなら、亜空というこの世界には何故ライドウ以外のヒューマンがいないのか?
女神に代わる存在は?
こんな結論の出ない思考に囚われて、サリはここしばらくまともに行動できずにいた。
「とにかくライドウの身内になるのが先決。私が彼にとって親しい存在になれば……ライドウならば〝そんな程度の事〟でも魔族に刃を向けない理由になるはず……」
ライドウはどこまでも情で動く。
それがサリの見立てだった。
だから彼の傍にいて情を移させる事ができれば、一気に魔族は安全を得られる。
外部からライドウを冷静に見た彼女だからこその結論であり、彼をよく把握していると言えた。
……完全な分析とまでは言えないが。
だがそれは、サリにとっては恐ろしい内容でもある。
ライドウは、下手をすれば大局などまるで見ずに、親しい誰かに頼まれたというだけの理由で国や種族を滅ぼしかねないのだ。
もしも魔族に深い憎悪を抱く誰かが、彼と親友、あるいは恋人などになれば。
たったそれだけの理由でライドウは魔族を敵と看做す可能性もある。
時期とか外交とか経済とか、そんなものは全く関係なくだ。
勇者と女神に加えてライドウまで敵にすれば、魔族は絶滅する。
亜空を見て、サリはその確信を強めた。
「完全な自給自足。強大な種族が混成しているのに見事に機能している軍。私達よりも明らかに何段か上の技術。行軍の必要なく、いつでも、どこへでも戦闘を仕掛けられる上に撤退も自在な転移能力。それに、異様なまでに高いライドウと側近の個体戦闘能力……」
あえて弱点があるとするならば、数だろう。
彼女が見た限り、亜空はそれほど人口が多くない。
肥沃な土地には不自然なほどに住人が少なかった。
その理由はサリにはまだ分からなかった。
だが、世界最大の勢力であるヒューマンでさえ、いくら数で勝っているからといって、これだけ戦うのに悪い条件が揃った相手を敵に回すとは、サリには思えなかった。
もしもサリの父である現魔王ゼフが、ライドウと亜空の情報を正確に知っていたならどうするか、彼女は想像してみる。
「多少不利な条件でも同盟を築く、かな。……商会相手じゃなくて、国同士みたいな内容になりそう」
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