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自分の人生、順風満帆とはいかなくても、神を恨む程不満があった訳じゃあない。
ただ少し、漫画やゲームのような、突拍子もないことがおきたら面白いのに、と思ったことくらいはある。多分それは大体の人類が妄想したことはある、と思う。
次の人生のこととか、誰かの人生と交換したいだとか。
でもそんなのはただの妄想だ、有り得ないことだから、有り得ないことを想像して癒される、それだけの筈だった。
実際に自分が死ぬなんて経験をするまでは。
◇◇◇
二年前。
俺は所謂社畜、夢も希望もない連勤真っ只中の社会人だった。
押し付けられた仕事に後輩のやらかし、不機嫌な上司に自分の仕事が重なってもう今月何度目かの朝帰り。俺だってまだ働き出して数年の新米の部類だというのに。
一回家に帰って、シャワーを浴びて着替えて、二時間くらい仮眠出来るかなあ、仕事行きたくねえなあ、ああもう葉桜だ、花見なんて当然のように行けなかったなあって、ぼんやり上を見て歩いていた。
酒が飲みたい。仕事帰り、こんな朝っぱらから飲めたら気持ちいいだろうなあ。無理だけどさあ。
今朝、いやもう昨日なんだけど。丸一日過ぎてんだけど。とにかく朝見たテレビの占いは最下位だった。ラッキーアイテムはチョコレート。そういえば女子社員からお土産に貰ったチョコクッキー、まだ鞄の中で眠ってたっけ。粉々になってないかな。
気にする程ではない占い、でも一位や最下位だと少し気にしてしまう。面倒なことが起きそうな、逆に願ってしまいそうな、そんな気配。そう眠い頭で考えていた俺に、トラックが落ちてきた。
……トラックが、落ちて、きた。
え、何で?と思う間もなく、俺の意識はそこで消えて、次に目を開けた時には真っ白なよくわからない空間の中、コスプレかというような白く長い髪の多分女性、が土下座して泣いていた。
「……どこだ、ここ」
『ごめんなさいい』
「……誰?」
『犯人ですうう』
「なんの?」
夢かな、何だろこれ、あまりの眠気に倒れてしまったのかな、欲に負けてつい酒でも飲んでしまったかなと戸惑いつつも、目の前で泣いてる女性に冷たくすることも出来ず、わああと号泣している彼女が落ち着くまで待った。
周りを見ても、何もない、ただ真っ白の……発光したような、不思議な場所。
……あれ、俺、もしかして死んだ?
そういや、トラックが落ちてきて……トラックがええと、トラックが、落ち……
「なんでトラックが落ちてくんだよ!」
『私のせいですぅごめんなさいいぃ』
「は?」
『落とすつもりはなかったんです、ただ横から出そうとしたらあ……』
上に出しちゃいましたあ、とやっと上げた綺麗な顔は歪められている。
お、美少女だ、とこんな時に思ってしまう。
天使かな?俺死んだんだな?いや、待て、トラック落としたのが彼女なら天使じゃなく死神か?その割には肌も髪も服も全部真っ白で、死神ってイメージではないんだけど。いやいやかわいーなおい。
混乱する俺に、美少女は言いにくそうに口を開いた。
『本当はですね、貴方の前を歩いてた女性を轢く筈だったんです、でもっ、でも、トラック、違うとこ出しちゃってえ……対象を飛び越えて、貴方に当たっちゃいました……』
「えっ俺とばっちりで死んだん!?」
『ごめんなさい~!』
「ごめんなさいじゃ済まないよね!?」
幾ら美少女でもやっていいことと悪いことがある。
天使だろうが死神だろうが、間違えて違う相手を殺すなんて駄目に決まっている。だから泣いて謝ってるんだろうけど。いや殺すこと自体がだめなんだけど。
「元に戻ることは」
『ごめんなさいごめんなさい生き返らせることは出来ないんですう!』
「……でしょうね……でしょうね!」
確かに俺の前を歩いていた女子高生がいた。妹と歳の近い、まだ若い彼女が無事で良かったといえばそうなんだけど、でも間違って殺されるなんて、おれの人生なんだったんだろうな……打ち切りか。いやあんな生活をリセット出来てよかったのか?一応転職だって考えてはいたけどそんな暇もなくて……
そんなことを考えて落ち込んでいると、真っ白な女性は焦ったような声で、だからお詫びです!と俺の肩を叩いた。あ、触れられるんだ……結構力加減強かったぞ。
「お詫び?」
『そうです、普段なら選べないんですけど、今回は特別です!』
「特別……」
『ええ、私、転生者の案内をする女神なんです!』
「女神……」
言われたら女神っぽい、神々しい見た目をしている。ただ中身が伴ってないだけで。
……中身が伴ってない女神って。案内人には向かないと思うが。いいのか。
「転生者……」
『貴方の世界ではよくあることでしょう?』
「そりゃあ……漫画とかの中ではね?あ、だからトラック?お決まりなの?」
『説明が楽で助かるんですよねえ』
「そんな理由で?」
『あっいえ、他にも理由はありますよお!ただ私の説明が楽ってだけです~』
成程これはぽんこつ女神。お前は女神になりたてか?ド新人か?やらかしまくりの後輩を思い出してげんなりした。
そんな俺の表情に気付かずか敢えてのスルーか、彼女はつらつらと説明をしていく。
『今回はですねえ、とある国にもう少しで災いが起きるので、それを止めるための聖女召喚だったんですね』
「トラックに轢かれて聖女召喚って」
『でもこれは女性限定だったのでえ……貴方には他によっつから選んで貰いますね』
「あっはい、転生……?は確定なんだ……」
『ひとつめはですね、とある国の第五王子なのですが、隣国の王女を助けて国を立て直す役なんですね』
「役って……まあわかりやすいけど」
『ふたつめは、最強の魔法使いなんですけど、その分敵も多くて、弟子を育てつつ不穏分子も取り除いていくお仕事です』
「お仕事」
『みっつめはー、悪役が美少女を侍らせて世界征服するんですけど、あの、その、あまり酷いようにはしないでほしいんですよねえ、所謂ハーレム状態を楽しみつつ、グロNGの方向でえ……私だめなんです、そういうの』
「悪役……ライトノベル……いや君の趣味関係ある?」
『よっつめは、最後の勇者がドラゴンを倒して世界を救うお話ですう』
「話って言っちゃった」
さあどれが良いですか、と訊かれても。
ひとつめは、王女を助ける王子様なんて格好良いけど、俺の知識で国を立て直せる気がしない。あと単純にもう面倒な仕事をしたくない。
ふたつめは、最強の魔法使いなんて格好良いし、弟子と楽しくやるのもいいけど、敵が多いというのは気になる。安心して生活出来ないじゃないか。俺は安眠したい。
みっつめも、男としては魅力的。魅力的なんだけど……美少女を侍らせて世界征服なんて面倒……いや、グロNGといえど他人にあまり酷いことはしたくない。痛めつけたりとか、そんな趣味はない、俺だって。
そうなると選択肢はひとつである。
「よっつめにするかな」
『勇者さまのお話ですねえ』
「最後の勇者ってのが最高に厨二心を擽るなって」
勇者、だけでもわくわくするのに、最後の、がついちゃったらもう、そんなんすっごい強そうじゃないか!世界を救うってのが国を立て直すより面倒くさそうだけど。でも現実寄りとゲーム寄りの差っていうか……
ドラゴンは正直恐ろしいけど、でもそんなのを楽に倒せるくらい強いんだろう。
他の選択肢もそれなりに魅力があるところはあるけど、最後の勇者なんて、強くて格好良いし、それなりにモテるし食いっぱぐれもないだろう、俺は少年の夢として、勇者を選びたい。
忘れていた少年の心が疼くようだ。そんな歳ではないというのは置いておいて。
『お話のわかる方で良かったあ、ではでは、新しい生活を楽しんで下さいね、いってらっしゃいませ!うふふ』
「えっ待ってちゃんと説明……」
……をされないまま、ぽんこつ女神が笑顔で手を振った瞬間、俺はこの世界で瞳を開けていた。
ただ少し、漫画やゲームのような、突拍子もないことがおきたら面白いのに、と思ったことくらいはある。多分それは大体の人類が妄想したことはある、と思う。
次の人生のこととか、誰かの人生と交換したいだとか。
でもそんなのはただの妄想だ、有り得ないことだから、有り得ないことを想像して癒される、それだけの筈だった。
実際に自分が死ぬなんて経験をするまでは。
◇◇◇
二年前。
俺は所謂社畜、夢も希望もない連勤真っ只中の社会人だった。
押し付けられた仕事に後輩のやらかし、不機嫌な上司に自分の仕事が重なってもう今月何度目かの朝帰り。俺だってまだ働き出して数年の新米の部類だというのに。
一回家に帰って、シャワーを浴びて着替えて、二時間くらい仮眠出来るかなあ、仕事行きたくねえなあ、ああもう葉桜だ、花見なんて当然のように行けなかったなあって、ぼんやり上を見て歩いていた。
酒が飲みたい。仕事帰り、こんな朝っぱらから飲めたら気持ちいいだろうなあ。無理だけどさあ。
今朝、いやもう昨日なんだけど。丸一日過ぎてんだけど。とにかく朝見たテレビの占いは最下位だった。ラッキーアイテムはチョコレート。そういえば女子社員からお土産に貰ったチョコクッキー、まだ鞄の中で眠ってたっけ。粉々になってないかな。
気にする程ではない占い、でも一位や最下位だと少し気にしてしまう。面倒なことが起きそうな、逆に願ってしまいそうな、そんな気配。そう眠い頭で考えていた俺に、トラックが落ちてきた。
……トラックが、落ちて、きた。
え、何で?と思う間もなく、俺の意識はそこで消えて、次に目を開けた時には真っ白なよくわからない空間の中、コスプレかというような白く長い髪の多分女性、が土下座して泣いていた。
「……どこだ、ここ」
『ごめんなさいい』
「……誰?」
『犯人ですうう』
「なんの?」
夢かな、何だろこれ、あまりの眠気に倒れてしまったのかな、欲に負けてつい酒でも飲んでしまったかなと戸惑いつつも、目の前で泣いてる女性に冷たくすることも出来ず、わああと号泣している彼女が落ち着くまで待った。
周りを見ても、何もない、ただ真っ白の……発光したような、不思議な場所。
……あれ、俺、もしかして死んだ?
そういや、トラックが落ちてきて……トラックがええと、トラックが、落ち……
「なんでトラックが落ちてくんだよ!」
『私のせいですぅごめんなさいいぃ』
「は?」
『落とすつもりはなかったんです、ただ横から出そうとしたらあ……』
上に出しちゃいましたあ、とやっと上げた綺麗な顔は歪められている。
お、美少女だ、とこんな時に思ってしまう。
天使かな?俺死んだんだな?いや、待て、トラック落としたのが彼女なら天使じゃなく死神か?その割には肌も髪も服も全部真っ白で、死神ってイメージではないんだけど。いやいやかわいーなおい。
混乱する俺に、美少女は言いにくそうに口を開いた。
『本当はですね、貴方の前を歩いてた女性を轢く筈だったんです、でもっ、でも、トラック、違うとこ出しちゃってえ……対象を飛び越えて、貴方に当たっちゃいました……』
「えっ俺とばっちりで死んだん!?」
『ごめんなさい~!』
「ごめんなさいじゃ済まないよね!?」
幾ら美少女でもやっていいことと悪いことがある。
天使だろうが死神だろうが、間違えて違う相手を殺すなんて駄目に決まっている。だから泣いて謝ってるんだろうけど。いや殺すこと自体がだめなんだけど。
「元に戻ることは」
『ごめんなさいごめんなさい生き返らせることは出来ないんですう!』
「……でしょうね……でしょうね!」
確かに俺の前を歩いていた女子高生がいた。妹と歳の近い、まだ若い彼女が無事で良かったといえばそうなんだけど、でも間違って殺されるなんて、おれの人生なんだったんだろうな……打ち切りか。いやあんな生活をリセット出来てよかったのか?一応転職だって考えてはいたけどそんな暇もなくて……
そんなことを考えて落ち込んでいると、真っ白な女性は焦ったような声で、だからお詫びです!と俺の肩を叩いた。あ、触れられるんだ……結構力加減強かったぞ。
「お詫び?」
『そうです、普段なら選べないんですけど、今回は特別です!』
「特別……」
『ええ、私、転生者の案内をする女神なんです!』
「女神……」
言われたら女神っぽい、神々しい見た目をしている。ただ中身が伴ってないだけで。
……中身が伴ってない女神って。案内人には向かないと思うが。いいのか。
「転生者……」
『貴方の世界ではよくあることでしょう?』
「そりゃあ……漫画とかの中ではね?あ、だからトラック?お決まりなの?」
『説明が楽で助かるんですよねえ』
「そんな理由で?」
『あっいえ、他にも理由はありますよお!ただ私の説明が楽ってだけです~』
成程これはぽんこつ女神。お前は女神になりたてか?ド新人か?やらかしまくりの後輩を思い出してげんなりした。
そんな俺の表情に気付かずか敢えてのスルーか、彼女はつらつらと説明をしていく。
『今回はですねえ、とある国にもう少しで災いが起きるので、それを止めるための聖女召喚だったんですね』
「トラックに轢かれて聖女召喚って」
『でもこれは女性限定だったのでえ……貴方には他によっつから選んで貰いますね』
「あっはい、転生……?は確定なんだ……」
『ひとつめはですね、とある国の第五王子なのですが、隣国の王女を助けて国を立て直す役なんですね』
「役って……まあわかりやすいけど」
『ふたつめは、最強の魔法使いなんですけど、その分敵も多くて、弟子を育てつつ不穏分子も取り除いていくお仕事です』
「お仕事」
『みっつめはー、悪役が美少女を侍らせて世界征服するんですけど、あの、その、あまり酷いようにはしないでほしいんですよねえ、所謂ハーレム状態を楽しみつつ、グロNGの方向でえ……私だめなんです、そういうの』
「悪役……ライトノベル……いや君の趣味関係ある?」
『よっつめは、最後の勇者がドラゴンを倒して世界を救うお話ですう』
「話って言っちゃった」
さあどれが良いですか、と訊かれても。
ひとつめは、王女を助ける王子様なんて格好良いけど、俺の知識で国を立て直せる気がしない。あと単純にもう面倒な仕事をしたくない。
ふたつめは、最強の魔法使いなんて格好良いし、弟子と楽しくやるのもいいけど、敵が多いというのは気になる。安心して生活出来ないじゃないか。俺は安眠したい。
みっつめも、男としては魅力的。魅力的なんだけど……美少女を侍らせて世界征服なんて面倒……いや、グロNGといえど他人にあまり酷いことはしたくない。痛めつけたりとか、そんな趣味はない、俺だって。
そうなると選択肢はひとつである。
「よっつめにするかな」
『勇者さまのお話ですねえ』
「最後の勇者ってのが最高に厨二心を擽るなって」
勇者、だけでもわくわくするのに、最後の、がついちゃったらもう、そんなんすっごい強そうじゃないか!世界を救うってのが国を立て直すより面倒くさそうだけど。でも現実寄りとゲーム寄りの差っていうか……
ドラゴンは正直恐ろしいけど、でもそんなのを楽に倒せるくらい強いんだろう。
他の選択肢もそれなりに魅力があるところはあるけど、最後の勇者なんて、強くて格好良いし、それなりにモテるし食いっぱぐれもないだろう、俺は少年の夢として、勇者を選びたい。
忘れていた少年の心が疼くようだ。そんな歳ではないというのは置いておいて。
『お話のわかる方で良かったあ、ではでは、新しい生活を楽しんで下さいね、いってらっしゃいませ!うふふ』
「えっ待ってちゃんと説明……」
……をされないまま、ぽんこつ女神が笑顔で手を振った瞬間、俺はこの世界で瞳を開けていた。
応援ありがとうございます!
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