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 ◇◇◇

 あのぽんこつ女神は転生、と言っていたが、これは正しくは憑依、ではないだろうか。
 転生というと普通赤ん坊からだと思うんだけど、俺の躰は死ぬ前から少し若返り、十八歳になっていて、シャルルという名のついた少年になっていた。
 ただ不思議なことに、俺には生前の、日本での記憶は勿論、シャルルのこの世界で生きてきた十八年分の記憶もあった。
 優しい両親、素直な妹、穏やかな近所の人々、気のおけない友人、美味しい食べ物、身につけた剣術、得意な魔法。
 そしてあの日、呪いを受けてしまい、死んでしまったこと。
 そしてその躰に俺が入って、第二のシャルルとして生きることになったこと。
 ……最後の勇者なんて謳いながら、死因は中々のぽんこつである。ぽんこつの多い世界だな、よくある話なのか?

 そんな訳で、俺がシャルルとして生きることになんら不都合はなかった。亡くなったシャルルには悪いが、俺が殺した訳ではないのでどうしようも出来ない。君の名を汚さないことくらいしか。成仏してくれ。
 ただ予想外だったのは、最後の勇者、が言葉通り、そのままの意味だったこと。

 俺は、最高に強い勇者が魔王を、ドラゴンを、強敵を倒す!という意味での最後の勇者だと思っていた。
 けど、シャルルは本当に最後の勇者だったのだ。
 シャルルの祖先が魔王を倒し、それから百五十年以上も経ち、もう既に魔王もいなければモンスター的なものもいない、弱体化した魔獣と、どうにかドラゴンが生息してるくらいの世界で、攻撃魔法のようなものを使える者も少なくなり、職業としての勇者が俺だけになってしまった世界。
 その最後の勇者としての仕事が、ドラゴン退治だったのだ。
 つまりドラゴンを倒したらただの無職である。
 ……騙された。いや、あのぽんこつ女神が騙したつもりがあるのかもわからないが、最後の勇者というワードに騙された。
 くそ、確かにこの力はチート級だと思う、思うけど使うとこがないんじゃ宝の持ち腐れじゃないか。

 把握をした最初はそうやさぐれた。
 正直、最初はそれどころではなく、この世界で生き抜くことで必死だったけれど、落ち着いてくると遺してきたものを思い出す。
 両親、かわいい弟妹、実家にいる俺が拾ってきた猫。数年連絡を取ってない友人。数年積読状態の本にゲーム。仕事……はどうでもいいや。あ、やべ、パソコン、弟が処分してくんねえかな、中身を親や妹に見られると死ねる。もう死んでるけど。

 それでも二年も経つと、俺は結構この生活を楽しんでしまっていた。だってもう死んでしまったもんは仕方ない、女神にも生き返ることは出来ないと言われちゃったし。
 そうなるとここで楽しく生きていかなきゃ損というもの。
 最後の勇者という二つ名に恥じない程魔力も体力もあり、魔法も剣術もトップクラス、右に出る者はいない。容姿だって生前より大分恵まれている。
 いや、前だって悪くはなかったと思うよ、でも流石、異世界ともなるとそりゃ異次元クラスだよ、自分でもなかなかの美丈夫だなって思うもん。
 想像していた勇者らしく、金に近い明るい髪色に、エメラルドグリーンの瞳、すっと通った鼻筋に薄い唇、肌は白いが健康的な体躯に病弱さは感じない。
 誰がどう見てもイケメンである。
 因みに両親も美男美女、妹だって超美少女だ……いや、向こうの世界の妹も美人とは言わないがかわいい方だった、ごめん、でもこんなん異世界でしか有り得ない、勿論他の住民も綺麗なひとが多い。
 別に自分が面食いだとは思ってなかったけど、これだけ美男美女に囲まれて生活をしているとそりゃあ楽しくもなってくる。

 ただ、思ってたよりドラゴンは大人しく、討伐する程ではない。
 何か起きるのだろうか、と思って二年、漸くちらほらとドラゴン被害の話を聞きだした。
 そこでやっと俺の出番、最後の勇者、ドラゴンを倒しに行くお話の始まり、って訳だ。
 ドラゴンを退治したら無職になってしまうけれど。


 ◇◇◇

 そんな訳で家族や皆に見送られ街を出て、二日目。
 丸一日歩き通し、前の住人が去ってどれくらいになるかわからない空き家に、何かを感じて一応補修をかけ、夜を明かす。
 そして早朝、気配が騒がしいなと外に出てみると、真っ黒なものが倒れていた。
 遠目だったから、最初は何か動物が倒れていると思ったのだ。
 俺の能力として、動物の心が読める……なんて能力はないが、なんとなく、動物たちがざわついてるのはわかる。
 昨夜はいなかった筈だ、何だろう、大きな犬でも魔獣でも怪我をしているのだろうか。
 治癒能力はある、動物を治したことはないけれど、ちょっとした怪我くらいなら大丈夫だと思う、そう焦りながら近付いて、それが動物ではないことに気付く。

 真っ黒な長い髪の、ひとだ、人間。

「……まさか死んで、」

 流石に死人は生き返らせることなんて出来ない。ゲームのような世界といえど、蘇生は禁忌だと知っている。
 旅の始まりからなんという不運。死体なんて見たくなかった。二年でこの世界に慣れたとはいえ、まだ平和な日本での青年の気分も抜けてはいないのだ。
 どうしようかな、この場合は街まで戻って報告した方がいいだろうか、でも死体を放置していると動物に食い漁られるかもしれない、でも死体を運ぶのも……いやでもそんなこと言ってる場合じゃ、あっ、結界を張っていけば、いやでもまた誰かを連れてここに戻ってくるのとを考えたら……と脳内を動かしていると、うう、と唸り声が聞こえた。

 振り返ると、少し躰を起こした『黒いもの』がこちらを見上げ、睨みつけている。あっ死んでなかった、良かった助かった~、なんて、こんな時に呑気に考えてしまった。
 真っ黒の、長いぼさぼさした髪、不自然なくらい紅い瞳、小さな口からはまだ唸り声が聞こえる。
 おお、これまた美少女、と思ってから、真っ裸の胸が見事に真っ平らなことに気付いて、いやこれは美少年だ、と思い直した。
 うん、美少年、というか、かわいい。真っ裸にも関わらず色気よりもかわいらしい顔立ちの方に目がいってしまうような。

「君、どうしたの、寒くない?」
「近付くな!」
「怪我してない?何でそこに?」
「ちっ、近付くなっ、て!」
「何で服着てないの?これ着て」
「えっ、あれ、えっなんで、えっ」

 威嚇されても全くこわくなんかなかった。
 こんなにかわいいんだもん、仔猫の威嚇は寧ろご褒美ってやつだ。
 肩に掛けたままだったブランケットを彼に掛けてあげると、不思議そうに戸惑うように、自分と俺を交互に見る。
 綺麗な瞳だな、宝石みたい。こんな紅い瞳は初めて見た。この世界でも珍しいんじゃないかな。少なくとも俺はまだこっちの世界では見た事のない、ルビーのような、血のような、そう形容されそうな、綺麗な色。
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