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「お腹空いてない?」
「はらなどへらんっ」
「丁度今から朝食だったんだ、ひとりで食べるのもなんだし、一緒にどう?」
「おまえらのたべものなんか……っ!」

 くう、とかわいらしい音がして、怒った顔をしている彼の前では駄目だとわかっているのにコントのようでつい笑ってしまった。躰は正直、ってやつだ。

「食材はまだあるんだ、何かあったかいものでも作るよ」
「いっ、いらないっ……」
「歩ける?」
「近付くなってばっ」
「やっぱりどこか怪我してたりする?抱っこしたげようか」
「いらないっ」

 すっくと立ち上がり、自分で行ける!とよろける足で俺の居た小屋の方へ向かう。
 ……驚いた、真っ裸どころか裸足じゃないか。いやそうか、靴だけ履いてる方が逆に不思議だもんな。

「待って待って待って、それ、痛いでしょ」
「いたくないっ」
「ここら辺整備されてないんだから裸足じゃ痛いよ、ほら」

 慌てて追い掛けて抱え上げた。ふわっとした感覚にまた驚いてしまう。軽い。女の子のような、こどものような、そんな軽さ。
 じたばた暴れる小さな躰も、俺の鍛えられた躰からは逃げられず、暫くすると抵抗もなくなり、またお腹が鳴く。
 ……これは急いで食事の準備をしなくては。

「何か食べられないものある?」
「しらない!」
「そっか、じゃあ適当に作るからね」

 空き家へ入り、火のついた小さな暖炉のようなものの前に小さな躰を置いた。日中はそうでもないが、夜や朝方はまだ寒い。
 一瞬、びくりと躰が震えたが、俺が離れたのを見て大人しく座り直したのが視界の端に映った。
 ……俺が火の中にいれるとでも思ったのだろうか、そんなまさか、お前を食べちゃうぞ~!って、御伽噺の魔女じゃあるまいし。

 昨夜見つけたこの空き家を、隙間風が入らないようにちゃちゃっと魔法で直したのは正解だったようだ。
 このチート能力、本当に有難い。この魔法だけで俺は勇者を首になっても生きていけるだろう。それどころか悠々自適に暮らせそうだ。ふふふ、流石最後の勇者、選んで正解だったと今更ながら思う。思ってたのとは全然違うけれど。

 持ってきた食材を切って、鍋に入れて、火をつける。これくらいなら簡単な魔法だ。
 軽くパンでも焼くか何か挟むか程度に考えていたけど、小さな来客があたたまるよう、スープも作ることにした。ミルク系の、口当たりがよくて野菜と肉をたっぷりいれて、優しい味の……妹がすきだったやつ。
 くたくたに煮込んでやると野菜もよく食べるんだ。
 今回はそんなに時間を掛ける訳にもいかないから、根菜は避けて葉物にしよう、急な来客の好みもわからないから、癖の少ないやつ。

「……」

 気が付いたら彼がすぐ近くに立っていた。猫のようにすんすんと鼻を鳴らして、これはなんだ、と訊く。
 さっきまでの警戒はどこにいった?

「スープだよ、パンも食べる?」
「……?」
「?」

 首を傾げるかわいらしい仕草に、何をそんなに不思議そうな表情になるところが?と思ったのだけれど、まあにおいに釣られるくらいならやっぱりお腹が空いてるのだろう、とパンも焼いておく。食べないのなら俺が食べればいい話だし。
 チーズを乗っけたものと、ジャムを乗っけたもの。
 それにも一々、それはなんだ、その白いのは?ちーず?じゃむ?と理解出来ないように首を傾げる。
 ……頭打ったのかな?そう見えないけど、記憶喪失?怪我はなさそうだけど、頭の中まではわからない。

「運ぶから座ってて」
「どこに」
「そこのテーブルに持っていくから」
「ん」

 大人しくなった彼の前に、真っ白のスープとパンを置き、どうぞ、と声を掛ける。が、動かない。
 どうしたんだろう、まさか食べ方がわからないとも言わないだろうし……
 食べていいよ、ともう一声掛けて、自分もスプーンを握る。
 味もいつも通り、特に問題はないかと思う。
 そんな俺をちらりと見て、ぐっとスプーンを握る。持ち方がおかしい、けど、他所様に指導する程でもないと思い、そのまま口元まで運ぶのをじっと見る。
 小さい口だなあ、ちらりと覗く歯も小さい。十代半ば……後半くらいだろうか、なんであんなところに……全裸で倒れていたんだろう。
 昨夜は居なかったし、外で何か暴れてる気配もなかった。
 どこかから逃げてきて、あそこで力尽きた?
 でも逃げるような焦るような素振りはないんだよなあ。

「ッう!」
「えっ」

 放たれたスプーンがからんとテーブルに転がる。
 口元を押さえた彼に、変なものは入れてない筈だと焦ってしまう。幾ら俺に毒物耐性があれど、自分で用意した食材が怪しいものなどないと断言出来る。
 そうなるとアレルギー?まさかそんな、いや顔色は悪くなってない、異物混入?でもそんな反応をするようなものが間違って入るような工程も……
 治癒魔法くらいは使える、でも原因がわからなきゃ正しい治療も出来やしない。慌てて彼の抑える手を剥がして、口の中を確認した。

「……」
「はひをふふんは!」
「……火傷?」

 少し赤くなった舌先に触れる。びく、と華奢な肩が揺れて、すぐにその手を叩き落とされた。

「何だ急に!」
「え、いや、なにかあったのかと」
「これ熱いぞ!」
「そりゃ出来たて熱々のスープなので……」

 きっと睨みつけて、拷問かと思ったぞ、ととんでもないことを言う。
 呆れて、冷まさなかったのはそっちでしょ、と言ってしまった。
 何だよただの火傷かよ、ちゃんとふーふーして冷ましなさいよ、自分で。流石に幼児じゃないんだから。
 治癒魔法を使うのも馬鹿らしくて、少年を放ってそのまままた席に着いた。
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