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そうだねえ、さむいねえ、やだねえ、こわいねえ、
そんな、言葉だけならただの相槌、誤魔化すようなもの、それでも俺としてはちゃんと心を込めたつもりだった。
ちゃんとわかってるよって。
腕の中ですんすん鼻を鳴らしながら、溢れる涙を自分で拭って、やだやだ駄々を捏ねるノエ。
その姿はまるきりこどもで、だからこの子にそんなことを出来ないと思い込ませるようにしていたのに、だめだなあ、箍が外れてしまうと、なんというか、欲望に忠実になってしまって。
両手が埋まってなければ、頬をあたためて、俺が涙を拭って、大丈夫だからってキスのひとつもしてみせるのにとか考えてしまって。
ごめんね、狡くて。
……俺、いつの間に好み変わっちゃったんだろう。
「ノエ」
名前を呼んでも、まだやだやだかえる、と首を振るノエに、戻ったらふたりで話をしようか、と言うと、いやだ、とまたかおを覆って泣く。
今話しても聞いてくれないな、と思って、抱き締めたノエの躰をぽんぽんと宥めるように撫でて、出来るだけ優しい声で大丈夫だよ、と繰り返すだけにしておいた。
ただ泣いてるだけならいいけど、こうなってしまっては落ち着くまでは何を言っても耳にも頭にも入らない。
……そういうとこも、やっぱり弟妹に似てるんだけれど。でもふたりに対するものと、違う、いつの間にか、変わってしまった。
あの時だ、と決定的な瞬間を思い出すことは出来ない。
でも思い返すと、ああ、認めたくなかっただけだったんだな、と気付くことは多い。
そう気付くと、ノエに謝りたくなる。
俺の勝手な意地で、思い込みで、変なプライドで、待たせて、傷付けて、ごめんね。ごめんなさい。
◇◇◇
大人しく家の中で待つことが出来なかったんだろうな、怜くんとリアムは家の前に出て、そわそわと待っていたようだった。
俺たちの姿が見えると、わっとリアムが走り寄り、二回転んで、鼻先に雪を乗せたまま足元にぎゅうとしがみつく。
どうやら少し自分のせいでもあると思ってる様子。こんなに小さな子にまで心配させてしまった。
ぐすんぐすんまだ鼻を啜るノエと、びええと盛大に泣くリアムを半ば引き摺るように歩く。
怜くんは安心したようなかおをして、それからあんまりなふたりの姿に少し笑った。
「あったかいの、用意するね」
そう言った怜くんは、俺の足元でまだぐずるリアムを回収して、ぽんとノエの頭を撫でて、僕シャルルさんのこと、そういう目で見てないので安心して下さい!と残して先に家に戻って行った。
……そういうことなんだけど、このタイミングか。間違ってないけど、そうあっさり言うか。
ノエもびっくりしたのか、しゃくり上げる声が一旦引っ込んでしまったようだ。
昨夜ノエが泊まった客間に通され、あたたかいココアを渡される。
取り敢えずふたりで話したいという俺に、怜くんは快く頷き、ぴいぴい鳴くソフィも掴まえてごゆっくり、と部屋を出て行った。
今度はその怜くんの足元にリアムがしがみついていた。コアラみたいだな、と思って、なんだか心が解れた。
「大丈夫?まださむい?」
「……おいしい」
ずれた答えに、それでも安心する。
カップを渡した時に触れた手はひんやりとしていて、少し冷ましたココアで躰があたたまるか心配だったんだ。
怜くんの魔法でこの家の中は雪山にあるとは思えない程あたたかい。それでもあの雪の中倒れていたんだから心配にはなるでしょう。
「魔力はどう?」
「ん……今、は」
だいじょぶ……と言いかけて、ちらりと俺を見た。
触れただけの極少ない魔力供給。すぐになくなるのはわかってる筈だ。
ノエもそれをわかっているけれど、足りないから魔力くれ、というあのお強請りを出来ないでいる。
暫くはふたりでココアを啜る音だけが部屋に響く。
甘ったるい。
俺はお茶で良かったんだけど、ノエの為に用意してくれたものだ、俺が我儘を言ってる場合ではない。
「隣座っていい?」
「……やだ」
確認をしておいて、ノエの答えは聞かない。
気にせず横に座ると、柔らかいベッドが軋んだ。……ベッドの上じゃなくてノエに俺の方に来るよう言った方が良かったかな。
ベッドの上はちょっとやらしいかなあ、そう考えながらも、表には出さないように、ノエをびっくりさせないように、笑ってみせる。
安心させたかったんだけど。
でもノエはかおを歪ませて、また泣きそうな表情になるものだから、結局慌ててしまう。
「か、帰るって、ゆった、のに」
「無理だって言ったでしょ、ソフィだって留守番してたし、色々、その、準備とか」
「ひとりで、いいって……」
「離れないって言ったでしょ」
「おれが、離れるって言うまで、でしょお」
「離れたいの?」
「……うん」
あれっ、と思った。
いつものノエなら甘えると思ったんだ。
いやだ、シャルと一緒にいる、だめなのって。いつもみたいに、かおをぐしゃぐしゃにして一緒がいいよと
甘えた声で言うかと思ったんだ。
それが、俺と離れたいなんて言うとか。
正直に言う、滅茶苦茶ショックだった。
嘘でしょ、拗ねたようにとか、我儘とかじゃなくて、そんな真顔で離れたいなんて言うの、え、本気で?
「な、なんで」
格好悪い、声が震えてしまった。動揺してる。
予想外。どうしよう、宥めるつもりだったのに、俺が冷水を浴びせられてしまったかのようだった。
そんな、言葉だけならただの相槌、誤魔化すようなもの、それでも俺としてはちゃんと心を込めたつもりだった。
ちゃんとわかってるよって。
腕の中ですんすん鼻を鳴らしながら、溢れる涙を自分で拭って、やだやだ駄々を捏ねるノエ。
その姿はまるきりこどもで、だからこの子にそんなことを出来ないと思い込ませるようにしていたのに、だめだなあ、箍が外れてしまうと、なんというか、欲望に忠実になってしまって。
両手が埋まってなければ、頬をあたためて、俺が涙を拭って、大丈夫だからってキスのひとつもしてみせるのにとか考えてしまって。
ごめんね、狡くて。
……俺、いつの間に好み変わっちゃったんだろう。
「ノエ」
名前を呼んでも、まだやだやだかえる、と首を振るノエに、戻ったらふたりで話をしようか、と言うと、いやだ、とまたかおを覆って泣く。
今話しても聞いてくれないな、と思って、抱き締めたノエの躰をぽんぽんと宥めるように撫でて、出来るだけ優しい声で大丈夫だよ、と繰り返すだけにしておいた。
ただ泣いてるだけならいいけど、こうなってしまっては落ち着くまでは何を言っても耳にも頭にも入らない。
……そういうとこも、やっぱり弟妹に似てるんだけれど。でもふたりに対するものと、違う、いつの間にか、変わってしまった。
あの時だ、と決定的な瞬間を思い出すことは出来ない。
でも思い返すと、ああ、認めたくなかっただけだったんだな、と気付くことは多い。
そう気付くと、ノエに謝りたくなる。
俺の勝手な意地で、思い込みで、変なプライドで、待たせて、傷付けて、ごめんね。ごめんなさい。
◇◇◇
大人しく家の中で待つことが出来なかったんだろうな、怜くんとリアムは家の前に出て、そわそわと待っていたようだった。
俺たちの姿が見えると、わっとリアムが走り寄り、二回転んで、鼻先に雪を乗せたまま足元にぎゅうとしがみつく。
どうやら少し自分のせいでもあると思ってる様子。こんなに小さな子にまで心配させてしまった。
ぐすんぐすんまだ鼻を啜るノエと、びええと盛大に泣くリアムを半ば引き摺るように歩く。
怜くんは安心したようなかおをして、それからあんまりなふたりの姿に少し笑った。
「あったかいの、用意するね」
そう言った怜くんは、俺の足元でまだぐずるリアムを回収して、ぽんとノエの頭を撫でて、僕シャルルさんのこと、そういう目で見てないので安心して下さい!と残して先に家に戻って行った。
……そういうことなんだけど、このタイミングか。間違ってないけど、そうあっさり言うか。
ノエもびっくりしたのか、しゃくり上げる声が一旦引っ込んでしまったようだ。
昨夜ノエが泊まった客間に通され、あたたかいココアを渡される。
取り敢えずふたりで話したいという俺に、怜くんは快く頷き、ぴいぴい鳴くソフィも掴まえてごゆっくり、と部屋を出て行った。
今度はその怜くんの足元にリアムがしがみついていた。コアラみたいだな、と思って、なんだか心が解れた。
「大丈夫?まださむい?」
「……おいしい」
ずれた答えに、それでも安心する。
カップを渡した時に触れた手はひんやりとしていて、少し冷ましたココアで躰があたたまるか心配だったんだ。
怜くんの魔法でこの家の中は雪山にあるとは思えない程あたたかい。それでもあの雪の中倒れていたんだから心配にはなるでしょう。
「魔力はどう?」
「ん……今、は」
だいじょぶ……と言いかけて、ちらりと俺を見た。
触れただけの極少ない魔力供給。すぐになくなるのはわかってる筈だ。
ノエもそれをわかっているけれど、足りないから魔力くれ、というあのお強請りを出来ないでいる。
暫くはふたりでココアを啜る音だけが部屋に響く。
甘ったるい。
俺はお茶で良かったんだけど、ノエの為に用意してくれたものだ、俺が我儘を言ってる場合ではない。
「隣座っていい?」
「……やだ」
確認をしておいて、ノエの答えは聞かない。
気にせず横に座ると、柔らかいベッドが軋んだ。……ベッドの上じゃなくてノエに俺の方に来るよう言った方が良かったかな。
ベッドの上はちょっとやらしいかなあ、そう考えながらも、表には出さないように、ノエをびっくりさせないように、笑ってみせる。
安心させたかったんだけど。
でもノエはかおを歪ませて、また泣きそうな表情になるものだから、結局慌ててしまう。
「か、帰るって、ゆった、のに」
「無理だって言ったでしょ、ソフィだって留守番してたし、色々、その、準備とか」
「ひとりで、いいって……」
「離れないって言ったでしょ」
「おれが、離れるって言うまで、でしょお」
「離れたいの?」
「……うん」
あれっ、と思った。
いつものノエなら甘えると思ったんだ。
いやだ、シャルと一緒にいる、だめなのって。いつもみたいに、かおをぐしゃぐしゃにして一緒がいいよと
甘えた声で言うかと思ったんだ。
それが、俺と離れたいなんて言うとか。
正直に言う、滅茶苦茶ショックだった。
嘘でしょ、拗ねたようにとか、我儘とかじゃなくて、そんな真顔で離れたいなんて言うの、え、本気で?
「な、なんで」
格好悪い、声が震えてしまった。動揺してる。
予想外。どうしよう、宥めるつもりだったのに、俺が冷水を浴びせられてしまったかのようだった。
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