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泣いてるような声がした。
多分それは聞き間違い、だったんだと思うんだけど、でもノエが泣いてるような、さみしがってるような、そうであってほしいと俺の願望。
俺のことを考えていてほしい。そんな勝手な、でもそうしてくれなきゃ、俺だって強く言えない。依存じゃなかったねって。そう言わせてほしい。
ノエの体力と魔力ではそう大して進めてない。
きっともうすぐノエに追いつく。
影や頭のひとつも見える位置でもおかしくないんだけれど。
それは向こうからしても同じことで、俺に気付いて隠れてるとか?でも足跡でばれちゃうんだけど。
自分のものより、ひとまわりふたまわり小さい足跡を追う。
勝手なもので、すきだと意識すれば、そんな足跡さえ愛しい。
かわいい。リアムやソフィへのかわいいとは違うもの。
そんな単純なこと、前からちゃんと、わかっていた筈なのにな。
小さいものへのかわいいと、劣情が混じるようなかわいい。
違いなんて明白なのに、よくそれで隠そうと誤魔化そうとしたものだ。
足を早める。一秒でも早く、ノエに追い付きたかった。
少しでも早く、伝えたかった。
ノエにさみしい思いをさせたくなかった。
俺はもう十分ノエを傷付けた。
「ノエ?」
足跡に混じるように、手をつくような跡が増えてきた。
いよいよ魔力の限界だろう。ここまで来ればもう近くにノエがいる筈。
辺り一面雪と少しの木しか見えない。
足跡はよたよたと、でも真っ直ぐ進んでいて、隠れてるようには……
「!」
少し足が滑った。
先が斜面になってるようだった。真っ白でわかりにくい、危ないなあ、と下を見ると、まあ予想通りというか、少し先にノエが倒れていた。
滑るように駆け寄ると、どうやらただ滑っただけ、魔力が切れただけのようだ。
ぱっと見る限り怪我はないし、息も少し荒いくらいで体調を崩してるようでもない。
想定内、大丈夫大丈夫。
蒼を感じる真っ白の肌と林檎のように紅く染まった頬が痛々しくは見えるけれど。
「ノエ、大丈夫?ノエ」
「ん、ぅ、うう」
「ノエ、わかる?」
「ん……」
「寒いね、帰ろっか」
「……ん、かえ、かえる……」
絞り出すような声だった、それでも少し安心した。
ちょっとした風邪くらい治せる、でもそれとは別で、元気でいられるならそれに越したことはない。
背負おうとして躊躇って、抱えることにした。
かおが見える方が安心すると思って。俺が。
完全に気をやっていれば、魔力をあげようと思っていた。
でも少し意識がある。この状態で口移しの魔力をあげるのは少し卑怯な気がした。
掴まっててね、と一言添えるが、この調子じゃきっと力は入らない。俺が落とさないようにするしかない。それくらいは余裕だけど。
滑ってきた斜面を登っていると、そっちじゃない、とノエが零す。
近道とかでもないし、どういうこと、と思ってるとまた、帰る、と呟いた。
だから今から帰るんだけど、と言い掛けて気付く、ああもうまたこの子は、怜くんの家ではなく、あの小屋に帰るとでも言いたいんだろうか。
「ソフィも待ってるよ」
「やだ、かえるう……」
「今すぐは無理だよ、一旦ソフィを迎えに行って、それから考えよう?」
「いい、い、ひっ、ひとり、でっ、かえる、からあ……」
「……ソフィは?」
俺は?とは訊けなかった。
だってノエ、全然こっちを見ないし、俺の服もなにも、掴みもしないの。かおを隠すように覆うだけ。
これくらいで傷付くな、ノエを突き放しておいて、自分がされるのは許さないだなんてそんな身勝手なこと。
「しゃ、しゃるといっしょ、のが、いっ、でしょ……っ、う、お、おれ、じゃま、だしっ」
「邪魔なんて言ってないでしょ、ね、ほら、躰すごい冷えてる、風呂上がりだったんでしょ、もっかいちゃんとあったまろ」
「いや、や、やだあ……」
一度泣いてしまうとノエはこどものようになる。
元々幼いものだった喋り方はより幼くなり、ずっと鼻を啜りながら、上手く組み立てられない言葉を思いついたように口にする。
本人も考えてることはあって、それを上手く口に出来ないのがもどかしいのだろう、俺に言うような口調と、自分自身に言い聞かせるような口調が混じり、余計にこどもか癇癪をおこしたように、違う、やだ、を繰り返す。
こんな寒いところじゃ回る頭も回りゃしない。
いやいや駄々を捏ねるノエを宥めるように、少しずつ家へ戻っていく。
ノエもその体力がないとはいえ、本気で暴れはしない。
ちゃんと帰ってソフィを迎えにいかなきゃとか、捨てられないとか、話をしなきゃとかわかってるんだろう。
ただ上手く出来ないだけ。
圧倒的にノエには経験値が足りないんだと思う。
何百年生きたところで、経験値がなければ成長出来ない。
親や周りの魔族がどんな奴等だったのか、ノエとはどういう関係性だったのかとかわからないけれど、話し合いなんかを冷静にしたことがないんじゃないかな。
すきに生きてきたのか、甘やかされていたのか、放っておかれたのか。
だから上手く出来ないの。本人ももどかしいの。
どうすればいいかわからなくて、ただただ不安になるだけ。
俺はまず、そんなとこから向き合わなきゃいけなかったんじゃないかな。
駄目だよとか勘違いだとか依存だとか、そう言う前に、ノエのこと、もっと考えてあげられたら良かったのに。
多分それは聞き間違い、だったんだと思うんだけど、でもノエが泣いてるような、さみしがってるような、そうであってほしいと俺の願望。
俺のことを考えていてほしい。そんな勝手な、でもそうしてくれなきゃ、俺だって強く言えない。依存じゃなかったねって。そう言わせてほしい。
ノエの体力と魔力ではそう大して進めてない。
きっともうすぐノエに追いつく。
影や頭のひとつも見える位置でもおかしくないんだけれど。
それは向こうからしても同じことで、俺に気付いて隠れてるとか?でも足跡でばれちゃうんだけど。
自分のものより、ひとまわりふたまわり小さい足跡を追う。
勝手なもので、すきだと意識すれば、そんな足跡さえ愛しい。
かわいい。リアムやソフィへのかわいいとは違うもの。
そんな単純なこと、前からちゃんと、わかっていた筈なのにな。
小さいものへのかわいいと、劣情が混じるようなかわいい。
違いなんて明白なのに、よくそれで隠そうと誤魔化そうとしたものだ。
足を早める。一秒でも早く、ノエに追い付きたかった。
少しでも早く、伝えたかった。
ノエにさみしい思いをさせたくなかった。
俺はもう十分ノエを傷付けた。
「ノエ?」
足跡に混じるように、手をつくような跡が増えてきた。
いよいよ魔力の限界だろう。ここまで来ればもう近くにノエがいる筈。
辺り一面雪と少しの木しか見えない。
足跡はよたよたと、でも真っ直ぐ進んでいて、隠れてるようには……
「!」
少し足が滑った。
先が斜面になってるようだった。真っ白でわかりにくい、危ないなあ、と下を見ると、まあ予想通りというか、少し先にノエが倒れていた。
滑るように駆け寄ると、どうやらただ滑っただけ、魔力が切れただけのようだ。
ぱっと見る限り怪我はないし、息も少し荒いくらいで体調を崩してるようでもない。
想定内、大丈夫大丈夫。
蒼を感じる真っ白の肌と林檎のように紅く染まった頬が痛々しくは見えるけれど。
「ノエ、大丈夫?ノエ」
「ん、ぅ、うう」
「ノエ、わかる?」
「ん……」
「寒いね、帰ろっか」
「……ん、かえ、かえる……」
絞り出すような声だった、それでも少し安心した。
ちょっとした風邪くらい治せる、でもそれとは別で、元気でいられるならそれに越したことはない。
背負おうとして躊躇って、抱えることにした。
かおが見える方が安心すると思って。俺が。
完全に気をやっていれば、魔力をあげようと思っていた。
でも少し意識がある。この状態で口移しの魔力をあげるのは少し卑怯な気がした。
掴まっててね、と一言添えるが、この調子じゃきっと力は入らない。俺が落とさないようにするしかない。それくらいは余裕だけど。
滑ってきた斜面を登っていると、そっちじゃない、とノエが零す。
近道とかでもないし、どういうこと、と思ってるとまた、帰る、と呟いた。
だから今から帰るんだけど、と言い掛けて気付く、ああもうまたこの子は、怜くんの家ではなく、あの小屋に帰るとでも言いたいんだろうか。
「ソフィも待ってるよ」
「やだ、かえるう……」
「今すぐは無理だよ、一旦ソフィを迎えに行って、それから考えよう?」
「いい、い、ひっ、ひとり、でっ、かえる、からあ……」
「……ソフィは?」
俺は?とは訊けなかった。
だってノエ、全然こっちを見ないし、俺の服もなにも、掴みもしないの。かおを隠すように覆うだけ。
これくらいで傷付くな、ノエを突き放しておいて、自分がされるのは許さないだなんてそんな身勝手なこと。
「しゃ、しゃるといっしょ、のが、いっ、でしょ……っ、う、お、おれ、じゃま、だしっ」
「邪魔なんて言ってないでしょ、ね、ほら、躰すごい冷えてる、風呂上がりだったんでしょ、もっかいちゃんとあったまろ」
「いや、や、やだあ……」
一度泣いてしまうとノエはこどものようになる。
元々幼いものだった喋り方はより幼くなり、ずっと鼻を啜りながら、上手く組み立てられない言葉を思いついたように口にする。
本人も考えてることはあって、それを上手く口に出来ないのがもどかしいのだろう、俺に言うような口調と、自分自身に言い聞かせるような口調が混じり、余計にこどもか癇癪をおこしたように、違う、やだ、を繰り返す。
こんな寒いところじゃ回る頭も回りゃしない。
いやいや駄々を捏ねるノエを宥めるように、少しずつ家へ戻っていく。
ノエもその体力がないとはいえ、本気で暴れはしない。
ちゃんと帰ってソフィを迎えにいかなきゃとか、捨てられないとか、話をしなきゃとかわかってるんだろう。
ただ上手く出来ないだけ。
圧倒的にノエには経験値が足りないんだと思う。
何百年生きたところで、経験値がなければ成長出来ない。
親や周りの魔族がどんな奴等だったのか、ノエとはどういう関係性だったのかとかわからないけれど、話し合いなんかを冷静にしたことがないんじゃないかな。
すきに生きてきたのか、甘やかされていたのか、放っておかれたのか。
だから上手く出来ないの。本人ももどかしいの。
どうすればいいかわからなくて、ただただ不安になるだけ。
俺はまず、そんなとこから向き合わなきゃいけなかったんじゃないかな。
駄目だよとか勘違いだとか依存だとか、そう言う前に、ノエのこと、もっと考えてあげられたら良かったのに。
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