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傭兵団の聖女マロン

騒ぐ

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心の臓が、深く鼓動をする。

弾むように、歌うように。

自然と早くなる足に比例して、酸素が回っていない頭がぼんやりし始めた。
それが『幸福』と言うのだと、幼い頃の自分が教えてくれる。

後ろを追いかけてきているであろう女のことなんて、もう気にもならなかった。

そのままの足で外に出て、待たせていた馬車から自身の愛剣を持つ。

「アレを乗せて先に帰ってくれ、やることがある」
「畏まりました」

嗚呼、胸が騒ぐ。

俺は踵を返し、傭兵団の基地に程近い魔物が闊歩する大地に向かった。

「ハイネ······ようやくみつけた」

遠くで叫ぶ女の声など、もう聞こえもしなかった。



莉緒は『圭吾』の幼馴染だった。
美しく際に恵まれ、家柄も良かった圭吾とは比べ物にならない平凡な幼馴染。
それが周囲の評価だった。

けれども莉緒は一等優しい少女だった。
誰も見ていないところで人に優しくして、ささやかな幸せを享受し、それを宝物のように扱う、そんな少女だった。

圭吾は初め、そんな幼馴染が嫌いだった。

優しい少女は圭吾にすら、その優しさをそっと分け与えた。
その、自分では到底真似できない清らかさが、妙に圭吾の癪に触った。
莉緒が圭吾のことを好いているのは何となく分かっていたから、他の女達と一緒にしたかったのもあったのかもしれない。

それがほかとは比べ物にならないような純粋な好意だと分かってはいたが、それでも圭吾は莉緒を拒んだ。

全てを拒んで、何もかもを同一視して、全部を敵だと思いながら仮面を被ってやり過ごして。
下手に出来がいいものだから誰にもバレなくて。
そうしてそれを思わず取り落として、弱りきったその時に、莉緒は。
圭吾の光は、やっぱり優しく、その手を差し伸べた。

『大丈夫』と尋ねる一言が、どれだけ圭吾を救ったのか、きっと莉緒は知らないだろう。

初めて、全ての色眼鏡を取り払って見上げた幼馴染は、圭吾よりずっとずっと輝いて、美しかった。
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