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〈第二部〉プロローグ
しおりを挟む「__誰?」
幼い少女が庭先で話しかけた相手は白い布で半身を覆っていて顔がよく見えない。
「……お前は、ここの娘か?」
「そうだよ。おじさんは?」
「お……っ」
そう呼びかけられた青年はショックで固まった。
それを少女はじっと見つめる。
(警護の人かな?いつもいっぱいいるからわかんないや)
少女は青年をじっと見つめ、青年は居心地悪そうに顔を背ける。
「ただの、通りすがりだ。怪しい者じゃない」
「通りすがり?この建物は帝が許可した人しか入れないとこだよ?」
「そうなのか?」
(まずいな……)
「うん。だってお母様は帝の妃だもん」
「!そう、か……じゃあお前は」
「うん。帝はお父様だよ。あんまり会ったことないけど」
「__ないのか?親子なのに?」
「お父様の妃も子供も、他にいっぱいいるから仕方ないんだって」
「誰に言われたんだ?」
「周りの女房たち。あとお母様も」
「母親もか?」
「妃の中で一番偉いのは中宮様で、中宮様腹の御子たちがいっぱいいる中で私が気圧されてしまうのは仕方ないんだって」
「お前、まだ七、八歳だろう?」
「この前七歳になったとこだけど……」
「神のうちから人の子になったか。帝の姫ならさぞ盛大に祝われたろうな」
「うん、お祝いの品はいっぱい来たよ。貴族たちや帝のお父様から……祝いの言上を述べに来た人もいた」
「その割に嬉しくなさそうだな」
「私の所に来たのはお母様と親しい人たちか、中宮様にお目通り出来ない人たちばかりだもの。今年七つになった子は私だけなのにお父様は最後まで来なかった」
「__……」
「中宮様の所には新年の挨拶に伺う人が絶えなくて牛車の行列が出来ていたのですって。帝も紫宸殿でひと通り挨拶が済んだ後は中宮様の元で子供たちと過ごされたって、私の年なんか覚えていないのかもね」
「……その年で随分達観しているな」
「たっかん?て何?」
「いや、知らないならいい」
「ふうん?お父様が私に無関心なのはね別にいいの。けど、お母様には無関心でいて欲しくない」
「……良いのか?お前、子供だろう」
「私はね、大きくなったらいずれここから出て行く人間だから。けどお母様は死ぬまでここにいなきゃいけないから」
「……そうか。お前はもう自分の運命を受け入れているんだな」
「運命?」
「いずれ帝の姫としてどこかに嫁がされることをわかっているのだろう?」
「え?ううん、そんなの知らない。けど、ここを出たら行ってみたい__ううん、見てみたい景色があるの」
「?お前、ここから出たことがあるのか?」
「ないわ。ただ聞いたことがあるの、市中を見渡せる高台から日が沈むのを見ていると日が沈んだ分だけ家々に火が灯って、日が沈み切る頃には町じゅうに灯りがつく。その灯った場所には必ず誰かが生きているのが感じ取れてとても美しく感じるって」
「誰がお前にそんなことを?」
「……ひみつ」
「何?」
「私もあなたが不法侵入なのを黙っていてあげるんだから、おあいこ」
「お前っ……」
「警護の者呼んでもいいの?あなたが腰に差してるのって、剣だよね?」
「っ……」
「良かったらまた来て。その時は外のお話してね?それじゃまたね」
そう言い置いて少女は駆け去って行き、頭巾の青年だけが残された。
「何なんだ、あの娘は」
一方、駆け去った少女の「今度こそ、約束守ってね?__トウヤ」と言う呟きは本人以外、誰にも聞こえなかった。
*・゜゚・*:。. .。:*・゜゚・*
注釈 この時代は個人の誕生日はなく、皆新年になるとひとつずつ年をとったという定説と、昔の子供は七歳前に亡くなることが多く「七歳までは神のうち」と言われていた説の元で書いておりますが考証はしておりません。ご了承ください。
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