1 / 73
プロローグ
しおりを挟む私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
私は幼い頃から本ばかり相手にしている頭でっかちの子供だったけれど、お母様はそんな私を否定することのない優しい人だったので、特に不遇な子供ではなかった。二歳下の弟が産まれて、皆がそちらにかかりきりのことが増えても、お母様は優しかった。
だが、私が六歳の時に母が病気で儚くなった。
母が病気で亡くなると、父は仕事一辺倒になった。
そして立派な跡取りを育てることに注力した。
私には、
「早く一人前になって嫁に行け。いつまでも家にいたら恥晒しになるからな」
そう言って、私に色々な習い事を課し、まともな会話はなくなった。
夕食時に、
「調子はどうだ」
と進捗を聞いてくるだけの定型文に、
「問題ありません」
とだけ返す。
家庭教師の方がまだ交すワード数が多いだろう、私はこの家が嫌いになった。
早く出たくてたまらなかった。
けれど七歳から通い始めた学園は母親がおらずいつも本を抱えた子供に優しい場所ではなかった。
私は学園も嫌いだった。
けれど家にいるのはもっと嫌だった。
父は良くも悪くも貴族らしく、外聞の悪い子供を許さなかった。
学園では、人目につかない草むらに潜って良く泣いた。
八歳の頃、
「どうして泣いてるの?」
と声を掛けてきた男の子がいた。
綺麗な金髪に青い瞳の男の子だった。
私も瞳は青だけど、髪は赤い。
体の大きさからかなり上の学年なのだろう、学園には七歳~十八歳の子が通う。
この人はもう大人なのだから私を揶揄ったりしないだろう、私は泣きながら諸々ぶちまけた。
「そうか……それは辛いね、良かったら今後もここに泣きに来るといい。色々ぶちまける相手がいた方がストレス解消になるだろう?僕はエドワード、エディでいい。君の名前は?」
そう言って優しく微笑むその人に恋をした。
私、アルスリーア・エルドアの初恋だった。
学年があがって九歳になっても、十歳になってもこの逢瀬ともいえない逢瀬は続いた。
私はもう泣かなくなってたけど、彼と会うのが楽しかった。
優しい彼の声が大好きだった。
彼が微笑んで聞いてくれるのが嬉しくて、沢山話をしたし、わからない所はいつも教えてもらった。
「リーアは優秀だね、わからない所もすぐ克服するし。縁談とかも来てるんじゃないの?」
「まさか!__でも、そうねお父様なら、知らないうちに利益のある相手と纏めてしまうかもしれないわ」
私がそう呟くと、
「そうなの?__じゃあ、僕と婚約しとけば良いんじゃない?」
「え?」
エドワードの家は侯爵家だ。
それも、王都でも名の通った名家である。
私も最初家名を聞いた時は驚いた。
エドワード・フェンティ___代々騎士団長や宰相を輩出してきた名門フェンティ侯爵家。彼はそのフェンティ侯爵家の三男だったのだ。
「僕と婚約していれば、勝手に婚約を進められることもないだろう?リーアを守りたいんだ」
「ほ ほんとに?」
「うん、そうすれば僕が卒業してもリーアと会う口実が出来るし」
エドワード様は十六歳、二年後には卒業してしまうのだ。
私は嬉しいけれど、そういえばなんでエドワード様には婚約者がいないのだろう、こんなに素敵な人なのに。
「リーアが泣かなくて済むように、僕が守るよ」
そう言ってくれたのに。
正式に婚約して二年後、彼は卒業と同時に戦争に旅立っていった。
私にひと言も言わずに。
「ごめん、君のデビューには必ず迎えに行くから」
と走り書きのような手紙一通だけを残して、エドワードはいなくなった。
エドワードと私の婚姻届が受理されていると私が知ったのは、彼が戦地に立って一週間以上経ってからのことだった。
___十二歳の私は、書類上だけエドワード・フェンティの妻となった。
1,472
あなたにおすすめの小説
【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい
木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」
私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。
アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。
これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。
だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。
もういい加減、妹から離れたい。
そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。
だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。
最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
皇帝の命令で、側室となった私の運命
佐藤 美奈
恋愛
フリード皇太子との密会の後、去り行くアイラ令嬢をアーノルド皇帝陛下が一目見て見初められた。そして、その日のうちに側室として召し上げられた。フリード皇太子とアイラ公爵令嬢は幼馴染で婚約をしている。
自分の婚約者を取られたフリードは、アーノルドに抗議をした。
「父上には数多くの側室がいるのに、息子の婚約者にまで手を出すつもりですか!」
「美しいアイラが気に入った。息子でも渡したくない。我が皇帝である限り、何もかもは我のものだ!」
その言葉に、フリードは言葉を失った。立ち尽くし、その無慈悲さに心を打ちひしがれた。
魔法、ファンタジー、異世界要素もあるかもしれません。
幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~
佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢アイラは、婚約者であるオリバー王子との穏やかな日々を送っていた。
ある日、突然オリバーが泣き崩れ、彼の幼馴染である男爵令嬢ローズが余命一年であることを告げる。
オリバーは涙ながらに、ローズに最後まで寄り添いたいと懇願し、婚約破棄とアイラが公爵家当主の父に譲り受けた別荘を譲ってくれないかと頼まれた。公爵家の父の想いを引き継いだ大切なものなのに。
「アイラは幸せだからいいだろ? ローズが可哀想だから譲ってほしい」
別荘はローズが気に入ったのが理由で、二人で住むつもりらしい。
身勝手な要求にアイラは呆れる。
※物語が進むにつれて、少しだけ不思議な力や魔法ファンタジーが顔をのぞかせるかもしれません。
婚約破棄した王子は年下の幼馴染を溺愛「彼女を本気で愛してる結婚したい」国王「許さん!一緒に国外追放する」
佐藤 美奈
恋愛
「僕はアンジェラと婚約破棄する!本当は幼馴染のニーナを愛しているんだ」
アンジェラ・グラール公爵令嬢とロバート・エヴァンス王子との婚約発表および、お披露目イベントが行われていたが突然のロバートの主張で会場から大きなどよめきが起きた。
「お前は何を言っているんだ!頭がおかしくなったのか?」
アンドレア国王の怒鳴り声が響いて静まった会場。その舞台で親子喧嘩が始まって収拾のつかぬ混乱ぶりは目を覆わんばかりでした。
気まずい雰囲気が漂っている中、婚約披露パーティーは早々に切り上げられることになった。アンジェラの一生一度の晴れ舞台は、婚約者のロバートに台なしにされてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる