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31、初デートには向かないお食事処

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  ステージが終わると、客は散り散りに去っていった。
  ある者は帰路に、ある者はショッピングエリアに。その場に残り談笑する者達もいた。大型スクリーンには先ほどまでのPVと宣伝VTRが、繰り返し延々と流れている。
  響季達はそれをぼうっと見ていたが、ふと広場の大時計を見れば結構な時間だった。

  「ご飯でも食べにいく?」

  そう訊ねる響季に、零児が少し考えこくりと頷く。
  食事となれば少しは話ができるか。
  響季はそう考えていた。


  ぬるぬるかみしばい お針子カガリちゃん情報局
パーソナリティ 真加部 理佐 ゲスト 村谷航兵 第2回更新分

ふつおたのコーナー『いい大人なのにいまだに苦手なこと、緊張することはありますか?』というメールについて


真加部「アタシあれ。お肉屋さんの量り売りのやつ」
 村谷 「最近見なくない?商店街のお肉屋さんのやつ?」
 真加部「いやあ、デパ地下とか、駅ビルとかでも。量り売りじゃなくても、なんかメンチカツ3枚みたいな(笑)対面式?のやつが苦手。あれ緊張しますね。あっ、アタシあれもだめですわ。あの回転寿司で頼むやつで、新しいのをタッチパネルじゃなくてなんか板さんに直接頼むやつが言えない。鰹のなんちゃらのやつ、食べたいのに言えない!でも回ってない!板さん流して!みたいな(笑)」
 作家 「なんで?(笑)」
 真加部「えっ?人見知りだから(笑)」
 村谷 「俺、回転寿司とかあんまり行かないからわかんないな」
 真加部「あっ!回らないお寿司だ(笑)」
 村谷 「いや(笑)回転寿司って長居出来なくない?酒飲める?」
 真加部「飲めるぅ、でしょ?飲めないの?」
 村谷 「ちょっと忙しない感じがするんだよなあ。前になんかで見たんだけど、だらだら注文もしないじゃん。流れてるのどんどん食うから。さっきの、お取り寄せ注文?ならあるけど。だから入っても30分とかでみんな出てくるんだって」
 真加部「へえーっ」
 村谷 「でもそれって居座れないってことでしょ?回転率高いから儲かってるのもあるけど。なんかファストフードみたいで落ち着かない。大体行くといくらくらいなの?」
 真加部「えー?でも…、千円いかないぐらい?」
 村谷 「ほんとに?」
 真加部「一皿百円とかだから、一貫で一皿とかもあるけど。大体7皿くらいであと甘いの食べたりとか。パンナコッタとか、杏仁プリンとか」
 村谷 「あー好きー。杏仁」
 作家 「(笑)」
 真加部「可愛いなあ。可愛いなあ、オッサン」
 村谷 「なんだよ(笑)秋の味覚じゃん」
 真加部「そうなの?杏仁豆腐って」
 村谷 「知らないけど」
 真加部「なんだよっ(笑)」
 村谷 「なんか夏の終わりから出始めるイメージ、杏仁系。杏仁ソフトとか」
 真加部「へえー!食べるの?杏仁ソフト」
 村谷 「食べる食べる」
 真加部「ペロッて一人で?キャハーっ☆ってペローって」
 村谷 「うるせいな(笑)」
 真加部「うるせい(笑)」
 村谷 「あー、でも経済的だね。デザートも食べて千円とかなら」
 真加部「あとアタシ回転寿司のお皿回収システムのやつもダメだわ。ガシャーって入ってって割れないかなー、みたいな。あとレンタルDVDの返却ボックスとかも。でも店員さんに渡すぐらいならボックスでってなるし」
 村谷 「なんで?エッチなやつ借りるから?」
 真加部「なんでだよっ!(笑)人見知りだから出来る限り人と接したくないの!」
 村谷 「もう大人関係ない(笑)」
 真加部「そう(笑)大人になる前に心配性と小心者と人見知り直しとけって話で」


  ここがいいと零児に連れられ入ったのは、モール内のレストラン街にある回転寿司屋だった。
  カウンター席に通され、二人はレーンから流れてくる寿司を眺める。
  会話が、しづらい。
  例えば料理が来るのを待っている間。
  食べ終わって、やっぱりデザートも頼もうかなとメニューを見ている間。
  お腹がいっぱいで、店を出るのがめんどくさくなっている間。
  そんな時間に会話が出来る、するはずだった。
  しかし先に通された零児はレーンの進行方向を見つめ、響季の方を見ない。
  なんとなく話しかけづらい中、響季は、

  「結構混んでるね」
  「ケーキ食べよっかなー」
  「…混んできたね」

  などなんとか頑張って話しかけるが、二人は追い立てられるようにさっさと食べてしまい、待っている客が多いのもあって30分もしないうちに出てきてしまった。
  リーズナブルでヘルシーな食事だが、会話には適さなかった。
  支払いを済ませると、零児が入口横に置かれた寿司ネタカプセルフィギアの販売機を見ていた。
  それを見て、響季はケータイに付けていたラジカセのフィギアを手の中で握る。
  そして決意する。
  きちんと話そう、これからのこと。どう思ってるのか、何を考えてるのか。


  フードコートのソファに、響季と零児は何も頼まずに座る。
  本来の目的の人達はレストラン街にいるのか、響季達以外は小学生ぐらいの男の子達が携帯ゲームで通信プレイをしていたり、行き場のないギャルや中学生男子達がたむろっていた。

  「話って?」
  「うん…」

  零児に訊かれた響季は、返事をするもののそのまま俯く。何から話せばいいのか。
  訊きたいことも言いたいこともたくさんあるのに、言葉が出てこない。
  なかなか話を切り出さないデート相手に、零児がケータイをいじり出す。
  それを響季はじっと見つめ、

  「メールはさ」
  「何?」
  「ケータイから送るの?」
  「何が」
  「ラジオに」

  出てきた単語に、ほんの一瞬だけ零児の顔が険しくなる。
  が、すぐにケータイに視線を戻す。

  「パソコンから?それとも番組サイトのメールフォームとかから?」

  話をやめず、響季が喋り続ける。

  「あれって使いづらいよね、入力するとこいっぱいあってさ。全部入力したと思ったら、なんか記入漏れがあってエラー出て、本文とかも全部飛んだり。メルアド出してなくてメールフォームからしか送れない番組だとメールしたくないよね、めんどくさっ!メールフォームかよっ!って。あと歳とか住所とかやたら細かく入力させるとこだと個人情報やばいって、って思うし」

  零児の視線はケータイの画面に向けられたままだ。

  「ノベルティ作ってる番組ならそれ送るためってのはあるんだろうけど、何もノベルティ作ってないのにやたら細かく電話番号とかメルアド書き込ませるとこだとちょっとさ」

  精一杯のラジオネタ職人あるあるを言うが、零児は一向に反応を示さない。
  響季はテーブルの上で両手を組み、下唇を噛む。そして、

  「ほんとはさ」

  小さな小さな声で喋り出す。

  「どんな番組聴いてんの?とかさ。どんな番組にメール送ってんの?とかさ。訊きたいこといっぱいあったんだ。でもさ」

  ケータイを手にしてはいるが、零児の指は先程から動いていなかった。

  「答えてくれそうもないね」

  テーブルに視線を落としたまま、響季が自嘲気味に笑う。

  もう何時だろう。
  このまま帰ろうか。
  さよならを告げて、負け犬のようにここから去ろうか。
  何に負けたのか。それはわからないけれど。
  どうせなら家に帰らず、街をぶらついて補導でもされてしまえばいい。
  そうしたらラジオに送るネタがまた出来る。
  女の子と遊んで、ふられて、街を歩いていたら補導されましたとさ。
  ついでにケンカでもしたことにして、嘘武勇伝ネタでも送ろうか。

  響季の胸が高鳴る。
  それは危険な遊びをする前の、親や先生にやってはいけないと言われた遊びをする前のワクワク感。
  この歳でタバコも酒も興味が無い響季の、精一杯の悪いことだ。
  ラジオにメールを送って、深夜にこっそり電波を使って、あるいはネットの片隅で起こすテロ行為。
  高校一年生の夏休み、それもいいと響季が考えていた時。

  「どんな番組聴いてんの?」
  「えっ?」

  掛けられた声に響季が顔をあげる。
  零児がまっすぐ自分のことを見据えていた。
  ひんやりとした大きなアーモンドアイ。
  可愛い、と純粋に響季は思う。
  クールで、クレバーで。
  きっととても頭のいい子なのだ、と思っていた。
  難しい言葉をたくさん知っていて、ユーモアがあって、少しブラックで、読書家で、ギャルっぽい後輩に尊敬されていて、自分を惹き付けるものを持っていて。
  なのに自分の周りにはいない子。
  自分が知らない世界を知っていて、自分と同じ世界を共有している子。
  友達になりたい、仲良くなりたいと響季は強く思った。

  「どんな」

  響季はじっと目の前にいる女の子の唇を見ていた。

  「どんな番組にメール送ってんの?」

  そこから、言葉が紡がれる。

  「何てラジオネームなの?」

  そこから紡がれるのは、さっき自分が訊きたいこととして言ったこと。
  それをそのまま質問として返してきた。

  -まず、そっちから教えてくれないかな。

  と、大きなアーモンドアイは語っていた。
  相手の気持ちを晒させるには、まず自分から。それはコミュニケーションの初歩だ。

  「うん、あのね」

  まず自分を知ってもらおう。まずはそれからだ、それからでいい。
  響季は話し始めた。
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