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アニラジを聴いて笑ってる僕らは略(乗り換え連絡通路)

19、告白百人組手はアドリブが利かない人には向きません

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「…あの二人なにやってんだろ」
 「なに?」

  モールの憩いの場にて。
  暇そうにベンチに座っていたギャル二人のうち、前髪をゴムでちょんまげに結った方が呟き、ケータイをいじっていた方が反応する。

 「なんかずっと漫才みたいな、ネタ合わせみたいのやってたんだけど急にメールしだした」
 「あー。ずっとうるせーのあれ?」

  ケータイギャルが頭をわさわさかきあげながら、うざったそうに言う。
  たまに公園などで若手芸人風の男性二人がよくやっているやつだろう。
  ケータイをいじってたので視界には入らなかったが、がちゃがちゃしたやりとりは聞こえていた。
  正確にはがちゃがちゃしていたのは茶髪で眼鏡を掛けた女の子だけだが、

 「別にメールくらいするべ。今、休憩中とかじゃね?」

  がちゃがちゃしたやりとりから急に静かになった。

 「いや、あの距離で、二人でしてるみたいなんだけど」

  だが前髪ちょんまげにはどうも納得がいかなかった。自分にとってはどうでもいいことなのに。

 「あれじゃね?よくないとこ言い合うやつ。反省会みたいな」
 「ダメ出し?」
 「そうそう。お互い面と向かって言うと言いづらいからメールでー、みたいな。ふあーあ」

  答えが出たところで興味なさそうにあくびをすると、ケータイギャルがベンチに寝転がる。
  家に帰りたくない、行き場もない、することもない。だからギャルちゃん達はこんなとこにいた。
  そのため自分とは違い、何かを一生懸命にやっている二人を見守るように前髪ちょんまげちゃんは目を向けていたのだが。



 『シャイな子にはうってつけだと思うけどな。メールで告白っテルミン』
 『面と向かって言う方が成功率高いと思うヨークシャテリア』

  響季達のメールのやり取りは、いつしかオシャレっぽいものを語尾につけるというボケ合戦に切り替わっていた。
  でもこんな楽しい合戦もそろそろ切り上げ無くてはならない。
  時間稼ぎのお陰で響季にもストックが出来た。
  ただ、右脳と左脳で適当な面白センテンスを量産してそれをメールとして打ち込み、その間に脳の別の場所では面白告白ネタを生産するということを同時にやったことで、脳全体がグラグラと熱を放っていた。

  暑さ以外の汗が額から垂れてくる。
  気づかない内に呼吸が浅くなり、酸欠状態になっていた。
  常に脳を使って面白いと思うことを考え続け、更に出来上がったそれを大声でテンション高く、動き付きで喋る。
  そんな単純作業はこんなにも身体を疲労させた。
  元々響季はアドリブが効かない。
  泉のごとく面白いことが湧いてくるタイプではない。
  ラジオに送るネタだってせいぜい1つか2つだ。
  おまけに生放送でもなければ考える時間はいくらでもある。
  生ぬるい職人からすれば、今やっていることは苦行にも等しかった。

 「今、何個目?」

  ケータイを持ったまま、時間稼ぎのために響季が両膝に手をつき、深く息を繰り返しながらそう訊くと、

 「99個目」

  零児は小さな声で言った。

 「……え?」

  地面を見ていた響季が顔を上げる。零児は冷ややかとも言えるアーモンドアイで見下ろしていた。
  99個目というのが本当かわからない。いや、明らかに嘘だった。
  折り返したかどうかも怪しいぐらいだ。
  しかしその答えは次で決めろと言ってる気がした。
  もしくは外せばまだまだ続くと。
  響季自身、いい加減決めてしまいたかった。

  零児は百人組手だと言っていた。だから百個出せば満足してくれると思っていたが、このままではそれすら達成出来る気がしない。
  右脳と左脳、両方がもう限界だった。
  99個目なら、あと一個で提示された目標は一応達成される、ということになる。
  ここはバシッと決めなくてはならない。
  押し寄せるプレッシャーに響季が唾を飲み込む。
  だがそれだけでは足らず、近くに置いた自分のバッグから水のペットボトルを取り出すと、それを一気飲みした。

 「っしゃあ!!」

  そして本日何度目かの気合を入れると、

 「オーケー!!おめーらの気持ちはよーくわかった!!」

  張りのあるお腹から出した声でそんなことを言い出し、

 「おめーらを待ってるお嬢さん方はあちらにいるっ!!」

と、あちらと言いつつすぐ近くにいる、お嬢さん方と言いつつ、たった一人のお嬢さんを手で指し示した。
  ギャル達は何が始まったかわからなかった。
  カップルの男の方だけが、うわ、懐かしと言っていた。

 「しかぁーし! おめーらが見る前に、恒例のおおぉー、ひびきさああーんチェーック!!」

  見えないカメラに向かって、響季がMCの動きをびしいっと真似する。
  響季はかつて一世を風靡した、素人参加型告白番組コントを始めた。
  あの有名お姉さん系声優の声が聞こえてきそうな。
  この方向性で合っているのか、響季には全くわからなかった。
  冷や汗が恐ろしいほどに止まらない。
  以前献結ルームで零児を引き止めた時のように、相変わらず正解がわからないまま突き進んでいた。
  だが、やるしかなかった。


「名前は?」「漬けマグロ 丼太郎です」

  立ち位置を軽いフットワークで移動し、見えないマイクを手に響季は一人二役でMC男性と告白に挑む青年役を演じる。
  さっさと片付けてしまいたい一心から、ツーショットタイムなど諸々の段取りをドンドン無視して進めていく。
  おまけにリアルタイム世代ではないので流れもうろ覚えだった。
  自分で貴さんチェックと宣言しておきながら、今回出場してくれる零児に名前を訊くことすらしない。
  零児からどんなオモシロ名前が飛び出してくるかわからず、怖かったからだ。
  対して自分が言った一ミリも面白く無い名前ボケに背筋が凍る。
  告白コントを進めるのに精一杯で、面白いことなんて思いつかなかった。
  MCが丼太郎のターゲットのお相手を聞き出し、丼太郎は帆波零児さんだと答える。
  そして、丼太郎はさして距離があるわけでもない想い人の元に駆け寄ると、

 「帆波さんの前だあ!」

  瞬時に響季が役をMC男性に切り替え、盛りたてる。

 「第一印象から決めてました。お願いしますっ!」

  90度腰を折って頭を下げ、丼太郎が手を差し出すが、

 「ちょっと待ったあ!」
 「おおっと!?ちょっと待ったぁだー!」

  響季が顔を背けて声を発し、MC役の男性がそれに反応する。
  踵を返して走りだした響季が、零児から一旦距離を取ると、ちょっと待ったをかけた新キャラとして現れる。
  一人三役で全てをこなすことに、脳のヒリつきと疲労感はピークに達していた。

 「帆波さんっ。いやっ、れいちゃんっ」

  演技ではない荒い息をつきながら、響季が零児の前に立つと、

 「あのっ、今日はっ、緊張しちゃってあんまり喋れなかったけどっ、きっと、あのっ、僕といるとずっと楽しいと思いますんでっ、絶対楽しませるんでお願いしますっ!」

  手を差し出し、頭を下げた。
  予想以上にまとまらなかった。
  最後の最後で、グダグダにもほどがある。
  これで合っているのか、正解なのか、こんな告白で零児は満足するのか。まったくわからない。
  それでもやるしかなかった。
  どうオチが付くかなんてわからない。
  ダメだったら公式に則り、走り去ればいい。
  だがその先は?
  考えていなかった。
  あまりの自分の無鉄砲さに響季はゾッとする。
  台本が、筋書きが無さ過ぎる。
  それでもやるしかなかった。
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