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アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(下り線)

8、にどめましてこんばんわ

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「う…」

  それからしばらくして。
  はあ、っと吐き出した息と共に響季は目を覚ました。
  何か大きな声のような音のようなものを聴いた気がしたがよくわからない。

 「あれ?」

  おまけに自分がどこにいるのかもわからない。
  病院に運ばれた記憶はある。だがドラマなどで見る病室ではなく、やけにビニール類が多い空間だった。
  救急とかそのような場所か、と考えていると、

 「…響季」
 「響季っ!!」

  突然名前を呼ばれ、億劫そうにそちらに目を向けた。
  すぐ近くに、心配そうな顔をした姉と、涙を滲ませている父親と、顔を涙でぐしゃぐしゃにした母親がいた。
  急に現実味を帯びてきた。怪我をしたから、家族みんなで病院に来てくれたのだ。
  家族なのだから当たり前だ。だがそんな当たり前さが申し訳なくて、

 「……ごめんなさい」

  懺悔の言葉とともに響季の目から涙が溢れてきた。

ごめんなさい。
大事(おおごと)にしてしまってごめんなさい。
すぐ逃げなくてごめんなさい。
 大事な人を守りきれなくてごめんなさい。
せっかくもらった身体に傷を付けられてごめんなさい。
 誰かの血液を使ってしまってごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。



  浅い眠りから覚めたような、ぼんやりとした意識の中で、零児は目を覚ました。
  何だかすごく悲しい子供の声を聴いたような気がするがよくわからない。
  離れた所に広がる白い天井を見上げていると、

 「れーじちゃん?」

  赤峰さんの声が聞こえた。
  視線を動かし、すぐ近くの椅子に座った赤峰さんの顔を見る。零児が状況を把握しようとし、

 「……病院?」
 「そうよ。救急の人用の病室」

  どうやらそこのベッドに寝かされていたらしい。あれから何がどうなったかを考えていると、

 「わかる?犯人の話聞かされたあと」
 「ああ…、はい」

  なんだか気まずくて、零児はまた天井に目を向ける。相変わらず医療に関わる部屋の天井は白い。
  やはりライブ後のことはすべて現実だったのだ。悪い夢であってくれと一瞬は願ったのだが。

 「看護師さんに怒られちゃって、びっくりしちゃって」

  言われて零児が思い出していく。ギチギチに強ばっていた身体が自分でも驚くほどびくうっとなってしまい、その後頭が真っ白になった。

 「たぶん、疲れが一気に出たんだと思う」
 「…すいませんでした」

  労るように言う赤峰さんに、零児は天井を見上げたまま謝罪する。そこは今の自分の意識と同じ色だった。

 「八つ当たり、してしまって」

  続けて謝罪する零児に、赤峰さんは頭を振り、

 「こっちの責任だから」

  そう詫びる。
  当たり散らしてくれても構わないと言っていた。怒りを受け止めると。
  そんなことしたって何にもならないと零児もわかっていたのに。
  なんだか寝ていることが情けなくてゆっくり起き上がると、

 「まだ、寝てた方が」
 「大丈夫です」

  赤峰さんが制止するが、起きていた方が楽だった。そこへ、

 「廊下は走らないで!」
 「れーじ君っ!」

  看護師さんの注意する声とともに、バタバタと一人の少年が病室に飛び込んできた。

 「………え、誰?」

  細く引き締まった身体と、眉と目の距離が短い、精悍そうな顔立ち。
  赤峰さんが見知らぬ少年を見上げる。
  いや、どこかで見たことがあった。しかしそれがどこだったか思い出せない。
  対して、零児も同じような情報しかないはずなのに彼が誰だかわかった。
  今日はメイクをしていないし、顔も響季がケータイで撮った写真ぐらいでしか見たことがない。
  しかしダンスで魅せられた長い手足は覚えていた。

 「かっきー」

  彼は、響季の親友だった。
  ここには居ない親友が呼ぶのと同じ愛称で呼ばれ、柿内君は病室に入ってきた。
  そしてまっすぐベッドに近づき、座したままの零児を抱きしめた。

 「かっきー、だよね」

  零児の言葉に柿内君が頷く。
  そういえば赤峰さんと家族に連絡した後、柿内君にも連絡したのだった。万が一のことを考えて。

 「ああっ!そうだ、れーじちゃんとヴォーグ対決したっ……、えっ!?そういう、関係?」

  対決後に互いを認め、特別な感情でも芽生えたのかと珍しくあわあわしている赤峰さんを他所に。柿内君は身体を離し、改めて零児を真正面から見ると、

 「初めまして」
 「はじめまして」

  お互いぺこりと頭を下げて挨拶する。

 「えっ!?初対面?」

  二人の行動と態度に、赤峰さんは理解が追いつかない。
  確かに二人は初めましてだった。だがそんな気は全然しなかった。
  親友を介して伝えられるクレイジーでエキセントリックな女の子。
  大事な人を介して伝えられるファンキーでファニーな男の子。
  互いに笑わせてもらい、ポスターを貰ってきて、あげて、代わりにフィギュアをあげて、貰って、二人でダンス対決をした。

  そして共通の友人が大怪我を追った。
  だが悲しみやショックの比重は零児の方が大きいだろう。
  だから、柿内君は抱きしめずにはいられなかった。
  はじめましてをすませると、もう一度身体を引き寄せ、大丈夫だと背中を優しくとんとんする。
  妹を心配する兄のように。娘を思う父のように。
  対して、零児は初めて接する男の人の胸と腕だった。
  匂いも柔らかさも響季とは全く違うが、それは慈愛に満ちていてとても安心した。
  紳士と淑女の触れ合いに、赤峰さんが呆気にとられる。

 「えっと」

  その視線に柿内君が気づき、そちらに顔を向けると、

 「あ、私は、ひびきちゃんとれいじちゃんがよく来てくれる献結ルームの、献結っていうのはあの、普通のあれじゃなくて」

  赤峰さんが慌ててそう自己紹介するが、

 「知ってます。献結ルームの、頭領さん?」
 「ええっ!?そんな呼び方してるの!?ひびきちゃん」

  柿内君が親友が会話の中で言う通称で呼び、赤峰頭領が驚く。
  そのリアクションに零児達が思わず笑う。つられて赤峰さんも。
  不謹慎かと思ったが、こんな時だからこそ笑いたかった。

 「あの、それで響季は」

  そしてひとしきり笑った後。柿内君が今現在、響季がどういった状態なのか訊く。
  零児も気になった。少し怖かったが訊かなくてはならない。

 「うん、怪我自体は大事には至らなかったみたい。少し前に目を覚まして、ご家族と話もちょっとだけしたらしいんだけど、今はまた寝てて。ただ出血が結構あったから輸血を受けてね。それで」


  その言葉を聴いて、零児は目の前が急に真っ暗になった。
  口元にはまだ笑った感触すら残っているのに。
  赤峰さんはまだ説明をしてくれていた。
  全治はどれぐらいか。
  傷は残るのか。
  後遺症などは。
  だがそれら言葉が耳から抜けていく。いや、入ってこない。

  響季が、輸血を受けた。
  それだけが頭の中を回っていた。
  聡明な光を放つアーモンドアイが、何も映さなくなる。
  さっきまでは望んでいたことなのに、輸血をするとどうなるかを今更思い出したのだ。
  何故忘れていたのだろう。
  輸血を受けた者は、献結が出来なくなるのだ。
  現在の検査法では検出出来ない未知のウイルス感染の可能性があるため、誰かの血液を体内に入れ、それを更に誰かの体内に入れるという行為は現代ではまだ危険とみなされていた。
  昔貰った献結の手引書の、だいぶ後ろに書かれていたことだが、零児ははっきりと覚えていた。


  生まれながらにして貰いの少ない世の中で。
  自分の体内に流れるものを上の世代へと貢ぎ、その代償に幾ばくかの謝礼を受け取る。
  そんな小さな社会貢献を、響季はむしろ楽しんでいたのに。
  でも自分を守るために怪我をして、血を流し、誰かからの善意の血を分け与えられた。
  だが、他者からの血を受け入れた人間は、その血をまた他者へと分け与えることは出来ない。

  まただ、という声が零児の内から聴こえた。

  また自分は、彼女の小さな楽しみを奪ってしまった。
  意図せず、その資格を。
  望まないうちに、大人にさせてしまったと。
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