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アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(下り線)

23、職人のエンジンが温まってきた

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 柿内君は零児を見据えてそう言った。
  きちんと真っ直ぐ言えた。これ以上無いくらいにしっかりと。
  その真っ直ぐさに、不機嫌な色をしたままのアーモンドアイが左右に動きだす。
  ようやく事態が飲み込めてきたらしい。告白というものをされているということを。
  冗談でしょ?なんて表情もしない。本気だとわかったからだ。
  対して、柿内君は零児の周りの空気がざわついているのがわかった。困っているのもわかった。
  とても受け入れてもらえる空気ではない。
  クールなアーモンドアイが目を合わせないように下を向き、更に左右に動く。
  右手は先程まで感じていた怒りになのかぎゅっと拳が握られ、なのに左手は動揺したように開いたり閉じたりしていた。

  そして、彼はとんでもない罪を犯したことを知る。

  彼は、好きな女の子を困らせていた。
  なんということだ。
  自分勝手な振る舞いで、好きな女の子の顔を曇らせてしまった。

 「あ…」

  先程の男らしさなど引っ込み、どうしようと柿内君がオロオロしだす。
  荒療治のつもりだったが困らせてしまった。
  クラスの女の子には、告白して相手が返答に困った時の対処法は教えてもらわなかった。小学生の子に告白するなんて予定にないからだ。
  それ以上に、女の子を困らせるなんてことは当然してはいけないことリストに入っている。
  そんなの夜の街にいた頃から知っていたはずなのに。
  隣からはJ―POPの皮を被ったアニソンが聞こえてくる。ダジャレ風味のジャパニーズラップが鬱陶しい。
  三人組も、オロオロする神を見て間違い役に徹したまま静かに動揺する。
  そんな状況の中で、

 「れい、」

  柿内君が声をかけると、零児は遂に両手で顔を覆ってしまった。
  声をかけても届かない。
  泣いてはいないだろう。ただ、現実に戸惑っているのがわかった。
  大事な人の、その男友達から告白された。
  現実を受け止めきれずに、瞳を閉ざしてしまったのだ。

 「あのっ」

  後悔で少年の胸が張り裂けそうになった瞬間。
  閉じていた両手をちょっとだけ開けて、零児はゴメンネっと早口で言った。
  そしてすぐに両手を閉じ、顔を覆う。
  柿内君が呆気にとられていると、零児はまたゴメンネ、カッキーゴメンネッと高速で謝罪を述べ、またすぐにぱたっと両手のひらを閉じる。
  一瞬だけ見えるアーモンドアイに戸惑っている様子は見えなかった。
  それはまるで、出たり入ったりが早過ぎるシャイな鳩時計みたいで、

 「……へっ、なんだよその断り方。はははっ」

と、柿内君は思わず笑ってしまった。
  笑い声を上げる少年に、零児はまたゴメンネっと早口で謝り、また少年が空気の抜けたような声で笑う。
  完全にパターンに入ってしまった。意図せず、ツボに入ってしまった。
  そこから抜け出すように、

 「やっぱ、響季のが好きか」

  空気の抜けた笑い声と一緒に、柿内君はそう言った。
  最後の後押しを、一番大きいやつを食らわした。
  あくまで軽めに、しかし逃げ場がないくらいにでかいやつを。
  零児が両手のひらで作った小窓は開けたままになっていた。固まっていた、と言うべきか。
  地雷を踏んだかと柿内君は思ったが、最初からそれが狙いだった。
  今の鳩時計で彼ははっきりと理解した。零児は、これくらいで動揺するような子じゃないと。
  困ってなんかいない。いや困ったとしても、すぐに両手で顔を閉ざしながらどうボケて返そうか考えていたのだ。そういう子なのだと。
  ならばどう出るかと見守っていると、零児は両手を下ろし、ゆらりとした動きで一瞬しゃがむような姿勢を取る。
  そこからすっと立ち上がると、

 「好きとか(すきとか)、もうそういう次元の話じゃない気がする(ないきがする)」

  手には小指を立てた状態でマイクが握られ、アンニュイな表情で斜め下を見ながらそんなことを言った。
  頬に手を当て、ヨヨとしなを作り、わざわざセルフでエコーを利かせながら。
  これから湿っぽい演歌でも歌い出すような雰囲気で。
  零児のその態度に、柿内君は目を見開き、ギィッと歯を食いしばる。
  それは怒りにではなく、笑い出さないようにだ。
  零児は全力でふざけていた。こんな時なのに。告白されているのに。
  そして、それが彼女本来の姿だった。

 「生まれ故郷は捨ててはおらぬ。けれど飽きたのミミガー丼は。シップの匂いのドリンク飲んでも、私の心は潤わない。それでは聴いてください、喜屋武宇(きゃんう) 壬生道(みぶどう)で、奄美大島冬景色」

  演歌の前奏部分で流れる口上のようなものを言うと、零児は拳を回しながらあぁまみぃぃぃ~とオリジナルソング的なものを歌い出した。
  沖縄の冬だと悲壮感がなさそう、というわかりやすい曲名ボケ。
  更に演歌歌手風の名前は沖縄苗字と海ぶどうを合わせたもの。
  徐々にではあるが、教科書通りの笑いではあるが、柿内君は彼女本来のエンジンがかかってきたのだとわかった。
  告白タイムだということも忘れ、それらを分析していると、

 「仲谷君仲谷君、でゅわ~」
 「でゅ、でゅわ~?」
 「昔のコーラスみたいの。♪わわわわ~、みたいの。高良田君はいーやさーさー」
 「い、い?」
 「いぃー!やぁー!さぁー!さぁー!みたいの。隈井君は指笛」
 「ゆ、ゆび?」
 「♪ぴゅーいぴゅーい、みたいの」
 「す、すひゅー、すひゅー」
 「さん、はい。♪おばぁが作るぅぅ~、黒糖あんだーぎーはぁ~、あああ~」

  零児は更に三人組にも賑やかしを任せるが、それぞれ知識がないのでガチャガチャした合いの手になる。
  せっかく奄美大島冬景色をアカペラで歌っても、三人組はそれに華を添えることが出来ない。
  お手本を見せてやっても、でゅわ~はわからない、いーやさーさーはわからない、指笛の吹き方もわからない、
  それを見て柿内君は、ああそうだよ、そうなるんだよ!せっかく面白いことをしようとしてもパフォーマーに知識がないとそうなるんだよ!と苛立つ。
  俺に振ってくれれば上手く乗ってあげられるのに!と、そんな傲慢さすら伴って。
  彼女が頭の中で描く面白いこと。それが実現させてやれないことに苛立ち、

 「じゃあ、好きとかじゃないならなんなんだよ!!」

  気づけばそう叫んでいた。
  だが叫んだ直後に後悔する。
  訊くより先に、答えがわかってしまったからだ。
  聞きたくなかった。それはおそらく、自分にとって大事な言葉だったからだ。
  おふざけが遮られた空間の中で、三人組は先生に怒られた生徒のように固まっていた。
  そんな中、唯一動ける零児が言葉を放つ。
  たぶんだけど、と前置きして。そして、

 「好きとか、もうそういう次元の話じゃなくて」

  さっきと同じことを言い出した。
  マイクは握っているが、今度はエコーを効かせずそのままの声で。
  続きが聞きたくなくて、柿内君は耳を手で塞ぎたくなる。けれど手は動かず、むしろ彼女の言葉を待っていた。
  零児は言った。

 
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