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8 アイドルなんだが
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例の褒め倒し作戦から早数日。
なぜかマルセルが、前よりも頻繁に俺のもとを訪れるようになった。どうやら俺のことをお気に召したらしい。作戦大成功である。
今日も今日とて、美味しいお菓子を持参してきたマルセルは、柔らかい笑みを浮かべては俺を楽しそうに見つめている。だが肝心の外出許可は曖昧なままだ。
「マルセル殿下」
「なんですか、ミナト様」
「外出たい」
「そういえばイアンとは上手くやっていますか? 異世界の神様をもてなすなど初めての経験です。至らないところが多々あるかと思いますが」
すっげぇ露骨に話を逸らされた。とりあえずイアンに不満はない。彼は敏腕お世話係である。よくわからんが、快適生活を送れているのでお気になさらず。それよりも問題はマルセルの発言である。
「てか俺、マジで神ではありません。ただのアイドルだから」
「聖女に聞きました」
え!
もしかして誤解とけた? ありがとう! 雪音ちゃん。
「ミナト様は聖女と同じ世界でアイドルなるものをやっていたと」
「そうそう!」
「信心深い信者がたくさんいたそうで。さすがミナト様ですね」
信者? まぁ、ファンの子たちはある意味信者みたいなもんだけど。
「ミナト様にひとめお会いするだけで幸福が訪れるとか」
雪音ちゃん? 君なにを言ったん?
「そんな偉大な神であるミナト様に気にかけていただけるなど。恐悦至極です」
「神ではない」
ダメだ。まったく誤解がとけていない。むしろ悪化している。ちくしょう。どうやらこの世界にアイドルなる職業はないらしい。マルセルはアイドルの意味を曖昧に理解したようだ。いや間違ってはいないけどね。みんなに幸せを届けるのがアイドルだけれどもね。規模がちょっと違うかな。俺にそんな摩訶不思議な力はありません。
全力で神様ではないと主張するが、いつも通り「ご謙遜を」で流されてしまう。知ってたよ。
※※※
「俺は! マジで! 神ではない! 人間です!」
ソファーの上に上がって仁王立ちで宣言すれば、イアンが「お行儀悪いですよ」と俺をソファーから下ろそうとしてくる。心配せずとも靴は脱いでいる。だから安心してくれ。見るからにお高そうなソファーに土足で上がるような度胸はないから。
「ちゃんと聞いているのか! イアン!」
「はいはい。何度も聞きました。ミナト様は変なところで謙虚でございますね」
「君は! なにもわかっていない!」
謙虚で片付けるんじゃない。
どうやらこの世界の住民たちは俺のことを、自らのことを神だとは絶対に認めない謙虚な神様扱いしているらしい。どういうことだよ。
「俺にそんな謙虚さがあると思うか」
大股で詰め寄るが、イアンは緩く首を左右に振るだけで流してしまう。真面目に答えなさい。
「自分で言うのもなんだが、俺はすごく我儘だ」
「ご自覚があるようでなによりです」
なんだと! 誰が我儘だって?
キリッと眉を吊り上げれば、イアンはすっと黙ってしまう。
「とにかく。俺は我儘です。こんな我儘男が自分は神じゃないとわけわからん謙遜なんてすると思うか?」
「不思議ですね。しかし神様の世界にも捻じ曲げてはならないルールというものがあるのでしょう。ご自身の正体を隠さねばならないとは。そこは私たちも理解しておりますのでご安心ください」
「ご安心できねぇ」
今なんて言った?
神様世界のルールだって? んなの初耳である。俺の知らないルールを捏造すんな。
自分が人間であることを証明するのって案外難しい。姿形は人間そのものなのに「神様は人間と同じようなお姿をしておられるのですね」で片付けられてしまう。特殊能力はないといえば「そこに居るだけで幸福が訪れるとか」で流されてしまう。幸福をもたらす神というのがちょっとあれだよな。
何かこう小さな幸せがあると「ミナト様のおかげですね」と俺のおかげにされてしまうのが厄介だ。正直そういうのって気の持ちようだろ。俺関係ないよね?
もはや「神様」と言われ過ぎて、自分は本当に人間なのか? 人間とは何なのか? とずっと考えている始末である。
異世界に来て哲学に目覚めそう。
なぜかマルセルが、前よりも頻繁に俺のもとを訪れるようになった。どうやら俺のことをお気に召したらしい。作戦大成功である。
今日も今日とて、美味しいお菓子を持参してきたマルセルは、柔らかい笑みを浮かべては俺を楽しそうに見つめている。だが肝心の外出許可は曖昧なままだ。
「マルセル殿下」
「なんですか、ミナト様」
「外出たい」
「そういえばイアンとは上手くやっていますか? 異世界の神様をもてなすなど初めての経験です。至らないところが多々あるかと思いますが」
すっげぇ露骨に話を逸らされた。とりあえずイアンに不満はない。彼は敏腕お世話係である。よくわからんが、快適生活を送れているのでお気になさらず。それよりも問題はマルセルの発言である。
「てか俺、マジで神ではありません。ただのアイドルだから」
「聖女に聞きました」
え!
もしかして誤解とけた? ありがとう! 雪音ちゃん。
「ミナト様は聖女と同じ世界でアイドルなるものをやっていたと」
「そうそう!」
「信心深い信者がたくさんいたそうで。さすがミナト様ですね」
信者? まぁ、ファンの子たちはある意味信者みたいなもんだけど。
「ミナト様にひとめお会いするだけで幸福が訪れるとか」
雪音ちゃん? 君なにを言ったん?
「そんな偉大な神であるミナト様に気にかけていただけるなど。恐悦至極です」
「神ではない」
ダメだ。まったく誤解がとけていない。むしろ悪化している。ちくしょう。どうやらこの世界にアイドルなる職業はないらしい。マルセルはアイドルの意味を曖昧に理解したようだ。いや間違ってはいないけどね。みんなに幸せを届けるのがアイドルだけれどもね。規模がちょっと違うかな。俺にそんな摩訶不思議な力はありません。
全力で神様ではないと主張するが、いつも通り「ご謙遜を」で流されてしまう。知ってたよ。
※※※
「俺は! マジで! 神ではない! 人間です!」
ソファーの上に上がって仁王立ちで宣言すれば、イアンが「お行儀悪いですよ」と俺をソファーから下ろそうとしてくる。心配せずとも靴は脱いでいる。だから安心してくれ。見るからにお高そうなソファーに土足で上がるような度胸はないから。
「ちゃんと聞いているのか! イアン!」
「はいはい。何度も聞きました。ミナト様は変なところで謙虚でございますね」
「君は! なにもわかっていない!」
謙虚で片付けるんじゃない。
どうやらこの世界の住民たちは俺のことを、自らのことを神だとは絶対に認めない謙虚な神様扱いしているらしい。どういうことだよ。
「俺にそんな謙虚さがあると思うか」
大股で詰め寄るが、イアンは緩く首を左右に振るだけで流してしまう。真面目に答えなさい。
「自分で言うのもなんだが、俺はすごく我儘だ」
「ご自覚があるようでなによりです」
なんだと! 誰が我儘だって?
キリッと眉を吊り上げれば、イアンはすっと黙ってしまう。
「とにかく。俺は我儘です。こんな我儘男が自分は神じゃないとわけわからん謙遜なんてすると思うか?」
「不思議ですね。しかし神様の世界にも捻じ曲げてはならないルールというものがあるのでしょう。ご自身の正体を隠さねばならないとは。そこは私たちも理解しておりますのでご安心ください」
「ご安心できねぇ」
今なんて言った?
神様世界のルールだって? んなの初耳である。俺の知らないルールを捏造すんな。
自分が人間であることを証明するのって案外難しい。姿形は人間そのものなのに「神様は人間と同じようなお姿をしておられるのですね」で片付けられてしまう。特殊能力はないといえば「そこに居るだけで幸福が訪れるとか」で流されてしまう。幸福をもたらす神というのがちょっとあれだよな。
何かこう小さな幸せがあると「ミナト様のおかげですね」と俺のおかげにされてしまうのが厄介だ。正直そういうのって気の持ちようだろ。俺関係ないよね?
もはや「神様」と言われ過ぎて、自分は本当に人間なのか? 人間とは何なのか? とずっと考えている始末である。
異世界に来て哲学に目覚めそう。
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