29 / 39
行き着く先は
しおりを挟む経過報告。
チュートリアル担当、謹んで辞退。
暗躍、不実施。
遭遇確率、極めて低い。
良い感じなのではないでしょうか。
エマは意気揚々とした様子で、
──ボフン。
フラスコの中の魔法液を爆発させていた。
研究に至っては難航中である。
けほ、と咽てから、顔に付いた煤を拭う。
この研究のオチが、主役でしか成せない奇跡でした、なんてものだったらどうしようか。そんな不安は拭えないが、夢を追うのは楽しかった。
何かしている方が気が紛れる。
自分の夢まで自分の心を守るための防波堤のようだが、それはもう気にしないようにしている。
「やっぱり液体に落とし込むのは無理なのかなぁ……」
物を軽くする魔法、それを固定、圧縮し、液体にその効果を持たせようとしているのだが、上手くいかない。
魔力の吸収力が高い素材を何種類も試しているが、未だ当たりはない。
しかしまぁ、魔法研究とはこんなものである。トライアルアンドエラー。作業は単純かつ地味である。成果が出てはじめて輝く。
エマは成功のイメージをモチベーションに、ガリガリと記録を綴った。
そんな時、軽いノックが響き、すぐに扉が開いた。
いや、ノックの意味。
そう思いながら振り返れば、
「お疲れ様、エマ」
いつも通りの美麗な微笑みを浮かべた王子のご来訪である。
ともあれ今更辟易することもない。慣れたものだ。
定期的に顔を合わせるのは子どもの頃からのもはや習慣で、今ではお互いに、一息つくために必要な時間でもあった。
凝り固まっていた肩をほぐしながら、茶請けはあっただろうかと勝手に思考が進み始める。
「お土産あるよ~」
「わ! やった! 流石ユー……」
リ、と彼の名を口にする前に、エマの体は固まった。
彼の斜め後ろに、眉を八の字に倒して申し訳なさそうにしているアリスの姿があったからだ。
(何故に連れてきた!?)
良い感じなのでは、などと思った矢先にこれである。
「すぐ近くで会ってね」
あっけらかんと言い放たれると、なんとも言えない。
「す、すみません……お邪魔だとは思ったんですが……」
彼女の様子から察するに、ユーリが誘って、断れなかったパターンだなと思った。
そして、取り繕ってはいるがどこか元気が無く、顔色が悪い。造形科の近くになんて用はないだろうに、『すぐ近くで』会ったと言うなら、人の目を避けてここまで来ていたのだろう。
(──ふむ)
ゲームでのプレイ時間と、現実で体感する時間が同じはずがない。
よく寝た、なんて文字だけで夜から朝になるくらいだ。
そしてそれは自分たちのリアルではない。
エマの知っている事がこの世界の一つの在り方なのだとしても、それはあくまで平面的だ。
貴族の中に平民の女の子を一人、抱えきれない装備を持たせて放り込むなんて、本来、ずっとずっと苦しいことなのかもしれない。
しかしそれを救う為の人間が、彼女の周りにはいる。
自分が勝手をしている分、彼らが少しばかり違った動きをするのも仕方がない。邪魔する気など毛頭ない。
物語が幸せに進もうとしているのなら、それはエマにとって純粋に喜ばしいことだった。
ただ、最後に殺されなければ、自分はそれだけでいいのだ。
そしてそれは、目の前の困っている女の子を助けない理由には、
(ならない……気がする……)
相変わらず不安で胃が雑巾みたいに絞られているような気になるが、エマは小さく深呼吸をした。
「邪魔なんてとんでもないです。造形科研究室にいらっしゃいませ」
アリスに向けて、柔らかく微笑みかけた。
「改めまして、エマです。よろしく」
主人公って大変だよね、きっとお腹痛いよね、そんなことを思いながら、慰めたい一心でエマは彼女の手を握った。
髪のように頬を色づかせたアリスは、少し驚いた後、美しい瞳に涙の膜を作った。
零れ落ちないようにぐっと顔を歪ませている顔も可愛らしくて、エマは「私が男だったらこれだけで好きになっちゃう」なんて思った。
涙は流してはいけないものだと、物心ついた時から思っていた。母親に教えられて、未だにそう思っている。
でも、許されているのなら泣けばいいと、そんな風にも思えるようになった。
咎めがないのなら、自由に泣くべきだ。
「泣いてもいいよ」
「…ぅ……」
「あ、ユーリはあっち向いてて!」
エマがビッと反対側を指差して言えば、ユーリは軽く肩を竦めてから言われた通りに二人に背を向けた。
すると遠慮がちに体を寄せてきたアリスが、エマの肩口でスンスンと小さく涙を流し始めた。
(可愛い……)
場違いな感想が浮かんだ。
残念なのは自分がアリスよりも身長が低いことだった。
彼女を包んであげられるほどの背があれば! なんて思うが、その辺りは自分の役目ではないと、エマは真面目に自重した。
そもそもこんなに美味しい役をもらってしまっていいんだろうか、ユーリとアリスはどの辺りまで進んでいるんだろうか、途中からグルグルとそんなことまで考え始めた。
ここまで連れてきたということは、仲は良さそうだ。というか、全てアリスを気遣ってのことだろう。
(一応無害だと思ってもらえてるってことかな……)
エマはこっそり安堵の息を吐いた。
ガッツリ主人公と絡むことになってしまい、それなりに覚悟は決めたのだが、まぁ怖いものは怖いのだ。
「ぅ、ぅぅ……」
それにしてもこの様子、自分が悪役を辞退したところで彼女に起きる問題は変わらなかったのかと、つい呆れてしまう。
自分も自分だが、周りも周りで、どうしようもない愚か者だらけだ。
エマは拙いながらも彼女の背に手を回した。
──守ってあげなくてはと思わせるこの雰囲気は流石だ。
そういえば『MLS』の主人公は個性がないと有名だった。
選択肢も簡素な内容が多く、どうにも彼女自身のキャラクター性が見えてこないと、そこも苦情を受けていたなと思い出す。
彼が彼女をどうして好きになったのかわからない、そんな文句が飛び交って、最終的には『顔だな』という答えに行き着いていた。
それを思うと、今目の前にいるアリスがどんな子なのか、自分は本物を知れるのだ。
これで死亡キャラでさえなければ役得だったのになぁ、と悟ったような顔で息を吐いた。
「たくさん泣いた次は水分補給ですね」
「は、い……」
パッと体を離せば、目も鼻も赤くしたアリスがいる。
「待ってくださいね、今氷嚢を…」
「あの、」
ついと羽織っていた白衣を引かれて、エマは不思議に思いながら立ち止まった。
「………わたしにも、どうか口調を砕いてくださいませんか……」
「え?」
「ど、どうか…」
「あ、ああ、うん。わかり…じゃなくて、わかったよ」
答えれば、アリスは嬉しそうに表情を綻ばせた。
アリスを含めたお茶会は随分と盛り上がり、エマも心の底から楽しかった。心の底から楽しくて、少し切なかった。
/
「うわぁ……」
鏡に映った自分の体を見て、エマは思わず声を上げる。
所々に、黒い痣のようなものが浮き出ている。
じくじくと痛むそれは、治癒の魔法でも治らない。
アリスの魔力には、人間が持つのはごく稀だという浄化の力が宿っている。
悪しきものをはらう力。
知っていたことだが、いざ目の当たりにすると堪えるものがあった。
「まぁ、時間を掛けて塞げばいいよね」
この日からエマは、肌の出る衣装を避けるようになった。
39
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
あなたを忘れる魔法があれば
美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます
雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
【完結】悪役令嬢な私が、あなたのためにできること
夕立悠理
恋愛
──これから、よろしくね。ソフィア嬢。
そう言う貴方の瞳には、間違いなく絶望が、映っていた。
女神の使いに選ばれた男女は夫婦となる。
誰よりも恋し合う二人に、また、その二人がいる国に女神は加護を与えるのだ。
ソフィアには、好きな人がいる。公爵子息のリッカルドだ。
けれど、リッカルドには、好きな人がいた。侯爵令嬢のメリアだ。二人はどこからどうみてもお似合いで、その二人が女神の使いに選ばれると皆信じていた。
けれど、女神は告げた。
女神の使いを、リッカルドとソフィアにする、と。
ソフィアはその瞬間、一組の恋人を引き裂くお邪魔虫になってしまう。
リッカルドとソフィアは女神の加護をもらうべく、夫婦になり──けれど、その生活に耐えられなくなったリッカルドはメリアと心中する。
そのことにショックを受けたソフィアは悪魔と契約する。そして、その翌日。ソフィアがリッカルドに恋をした、学園の入学式に戻っていた。
死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。
乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。
唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。
だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。
プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。
「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」
唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。
──はずだった。
目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。
逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。
【完結】どうやら時戻りをしました。
まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。
辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。
時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。
※前半激重です。ご注意下さい
Copyright©︎2023-まるねこ
【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる