ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風

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ヴァリアンツの牙は折れやしない

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「あり得んッ、あり得んッ! 魔人の力だぞ!? 伝説の存在だぞ! どうして我がこれ程の傷を」

ディズモンは恐怖を感じていた。

全身の至る所から、血が溢れ出ていた。
傷口から魔人の力が抜けていくのを感じる。
立っているのもやっとで、はやく倒れてしまいたかった。

十回殺してもお釣りがくるほどの魔法を喰らわせてやったのに、ルドルフ・ヴァリアンツは剣を盾にして、致命傷を避けながら、ディズモンを着実に追い詰めていた。

「ふう、ふう、ふう、もう終わりかディズモン。安心しろ、すぐにあの世に送ってやるぜ」


確実に蓄積されたダメージは相手の方が上だ。
なのに、何故倒れない!?

ボロボロのルドルフが剣を振り上げる。
ディズモンが後ずさりして一歩さがると、地面に足をひっかけて、尻もちをついてしまう。

「や、やめろ、こんな殺し合いは無意味だ! 永遠の命を手に入れるのだ。こんな辺境の地で死んでたまるか!」

起死回生の一手はないか、ディズモンが周囲を見渡す。

既に戦闘は終わっていた。
いや、違う。誰もが手を止めて、この一騎打ちを見届けていた。

そこには、まだ戦えるディズモンの兵士達が残っていた。

「お前等ッ、何をしている見てないで助けろ馬鹿者!」

死を目の前にして、迫真の籠ったディズモンの命令に、兵士の一人がハッと顔をあげる。手に持っていた弓を構えて、ルドルフに向けて矢を放った。

「しまった!」

一騎打ちを見届けていた、ジンの間抜けな声が響く。
しかし、もう遅い。

ディズモンに集中していたルドルフの腹に、深く矢が突き刺さる。
それは、放置すれば、間違いなく致命傷となる一撃であった。

「いやーーー!」

「父上ぇ!」

ミラとハイネの絶叫が、全兵士の耳に届く。
張り詰めた糸が切れたように周囲が動きだす。

「一騎打ちの誓いすら守れぬのかッ、ディズモン!」

ジンが兵士に命令をだしながら、ディズモンを責める。

「ふん、命を失うくらいなら、そんなもの幾らでも捨ててくれるわ!」

既にルドルフは剣を手放して、腹を抑えながら四つん這いに伏せていた。

漆黒の剣が地面に転がる。

「クソッ、この剣がッ、こんな剣さえなければここまで苦戦しなかったものを!」

忌々しいそうに、ディズモンが剣を蹴り飛ばして、手の届かない位置まで弾く。

この距離なら、助けがくるより先にこの男の首を跳ねれる。

ここまで虚仮にされたのは、ディズモンにとっても生まれて初めてだ。
必ず、この手で殺さねば気すまない。

ゆっくりと、ディズモンは倒れるルドルフのもとへと足を進める。



腹が痛い。
いつの間にか矢が腹に突き刺さっていた。

正直、立っているのもやっとで、朦朧としながらディズモンとの闘いに集中していたから、射られたことにすら気が付かなかった。

こちらに近づく足音が聞こえる。顔をあげれば、醜悪な笑みを浮かべ俺を見下ろすディズモンが目の前にいた。

「はっはっは! いい気味だルドルフ! なにがヴァリアンツは倒れないだ! 無様にひれ伏してみっともない」

みっともないのはテメエの方だ。
魔人なんぞの力に頼りやがって。
いや、俺も破滅の剣ブレイクソードの力を借りて、最後は息子のハイネ頼りだから、人のことは言えないか。

「はあ、はあ……無様なのはどちらだろうな。そんな姿になって、ようやくこんな辺境の中年貴族といい勝負だったのだから」

「勘違いするな。勝ったのは私だ、貴様は死ぬ。剣も失った、もう貴様に勝ち目はない。偉そうにのたまっていたヴァリアンツの牙とやらは、もう折れたのだ。私に歯向かったことを、あの世で後悔するがいい」

ディズモンが剣を振り上げる。

俺はそれを見上げて、


「ふっふっふ」

思わず笑ってしまう。

「何が可笑しい!?」

ああ、おかしいよ。
みっともないのも、勘違いしているのも全部お前の方さ。

「ヴァリアンツの牙は決して折れない。誇りを失ったお前如きに剣と盾たる我らの牙に、傷一つつけられやしない」

「剣もない貴様に出来ることはないッ死ね!」

―――ヴァリアンツの牙とは、我らの心だ。

誇り高く、正しくあろうとするプライドだ。
たとえ剣を手放そうとも、失われる物ではない。

まだ残っている。
貴様にとどめを刺すために残していた最後の力が!
剣よりもはるかに使い慣れた鋼鉄の拳俺の武器が!

魔力を最後の一滴まで絞りだす。
右手の拳が、眩いばかりに雷撃の閃光を放つ。

俺を舐めたなディズモン。
矢が一本腹に刺さった程度で止まってたら、馬鹿なヴァリアンツ軍の総大将は務まらねえんだよ。

つまりは根性だ!

不意を突くように、勢いよく立ち上がり、振り下ろされる剣をギリギリで躱す。

「なっ!?」

「終わりだぁぁディズモォォォン!」

雷を纏ったゲンコツが、ディズモンの顎をとらえる。
確かな感触と共に、穿った下顎が、空へと飛んでいく。

倒れたディズモンを見下ろすと、顔の下半分が消失しており、完全に息絶えていた。
それを見届けて、俺は誰にも聞こえないように、情けなく囁いた。

「か、勝った。死ぬかと思ったぞ」




気が抜けた途端に、腹の痛みが我慢できない程に膨れ上がってきた。

やばい、冗談抜きで死ぬかも。

その場で倒れそうになったところを、二人の兵士に支えられる。
こいつらは確か、ジンが俺につけた護衛だったな。

どうやら怪我もなく生き延びたらしい。良かった、良かった。

「チ゛チ゛ウ゛エ゛~!!!」
「ルドルフ様ぁぁぁわーん!」

ん?
父上?
それと聞きなれた女の声がしたぞ、まさか!?

「お前達、そのヘルムを外せ!」

ヘルムの下にあった顔は、泣きじゃくるハイネとミラであった。

「はあ~、お前達マジか」

あれだけ来るなと言ったのに、勝手についてきたらしい。
ということは、ジンもグルだな。
クソ、どうして俺にはあんなに厳しくするくせに、弟には甘いんだよ!


馬に乗ったジンが慌てて駆け寄ってくる。

「父上、すぐに治療を!」

「ああ、頼むよ」

ようやく平穏が訪れる。
これで少しは休めるだろう。

その時だった

「これはどういうことだ。なぜディズモンが死んでいる……生贄の血はどこだぁぁぁ!」

その咆哮は、魂を揺さぶる根源的な恐怖を宿していた。
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