エリート医師の婚約者は名探偵でトラブルメーカー

香月しを

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「シャルロット!」
「待って下さい、若旦那様!」

 モリーンが追いかけてくる。振り切るように走って、玄関に飛び込んだ。中にはハミルトン警部とレコーディア巡査がいて、私を見て、ぎょっとした顔をした。
「……先生、何しに来たんです?」
「シャルロットの遺体を……」
「御遺体は、死体安置所です。ここにあるわけがないでしょう」
「だから『待って下さい』って言ったのに」
 モリーンがすぐに私に追いついて言った。

「すまない。気が動転してしまっていたようだ。そうじゃなくて、私は、ここに、犯人の手がかりが残されていないかと……。警部達は、何か発見できたのか? シャルロットの死に関わることが少しでもわかるなら、教えていただけないか」
「……ナンシー、バレンティア先生に説明してさしあげろ」
 警部は、溜息をついてそう言うと、私から目を逸らし、階段を昇って行ってしまった。バタバタと忙しなく動き回っている巡査達に細かく指示を飛ばしながら、シャルロットの部屋へ入っていく。それを目で追っていた私の後ろで、もうひとつ、大げさな溜息が聞えてきた。

「私はここで失礼致します。ひとまず、気が動転している奥様と旦那様の様子を見て参りますわ。しばらくは、ホテルで待機なさるそうですので。ねえ若旦那様、これだけは覚えておいて下さいよ。貴方はシャルロットお嬢様の電報の中で彼女が望んだことを何一つ守っていないけど、最後の電報で、くれぐれも、と、願われたことがあった筈ですよね。それだけは守ってあげて下さい。妙な考えはもたないこと。絶対。絶対ですよ?」
 喋っている間私に背を向けていたモリーンは、話し終わると私を一瞥して出て行った。どんなに罵られても今の私には反論の言葉もない。寧ろ、自分で自分を責めてやりたかった。最後の電報。あれは、どうか私に追いかけてきてくれるなという、シャルロットの切実な願いだったのだろうか。喉の奥が痛い。唇が震えていた。

「説明してもいいですか?」

 レコーディア巡査が、赤い目をして聞いてくる。彼女もまた、シャルロットと親しくしていたのだ。死亡の事実を知ってから、ちゃんと眠れているのだろうか。改めて目に映る疲れ切った様子に、私は息を飲んだ。
「ああ、よろしく頼む」
「シャルロットさんは、我々とともに、ある連続殺人事件を追っていました。報道規制をかけていたので、一般の方々には伝わっていませんが、今度の犯人は、狡猾で、疑い深い。事件はなかなか解決まで持っていけませんでした。珍しくお蔵入りかと危ぶまれたある日、新しい現場に駆けつけたシャルロットさんが、ある証拠物品を手に入れました。我々には教えていただけなかったのですが、後からモリーンさんに聞いたところによると、それは、犯人の致命傷になるような証拠だったようです。あ、御存知かもしれませんが、モリーンさんはシャルロットさんの助手のような事もしてくださっているのです。今回は危険すぎる事件だったので男性の護衛などの提案もさせていただいていたのですが、シャルロットさんが頑なに拒絶されまして。仕方なしに、危ない事をしない前提で、御二方に捜査のお手伝いをお願いしておりました。
さて、シャルロットさんはその重要な証拠を手に、犯人に会いに行かれました。勿論、我々には内緒で。その証拠を突きつければ、うまく行けば、今後、連続殺人は止まると言っていたそうです。うまく行かなかった時は、その時だ、それでも連続殺人は止まると思う、とも。大変危険な仕事だったので、何かあった時の為に、バレンティア先生と話をしておきたかったようです」
「……それで……あんなに電報が……」
「シャルロットさんは、ずっと待っていたんですよ。事件解決のためには、貴方と話をしなければならないんだと言って……」
 レコーディア巡査が私を責めるような言葉を口にした。
「だったら……電報にもう少し詳しく書いてくれれば……」
「だから、今度の犯人は、一筋縄ではいかない相手なんです。もしその電報を読まれてしまい、何かを気取られたりしたら、全てが水の泡でしたので……」
「シャルロット……。なあ、レコーディア巡査、シャルロットの遺体を見る権利を私にくれないか? どうしても、一目会っておきたいんだ」
「やめてください、バレンティア先生。貴方が今そんなことをしても、シャルロットさんは喜びません」
「けど…………」
 突然、玄関が開き、一人の男が入ってきた。腕には腕章をつけ、メモを持っている。新聞記者だ。

「おや? 先客がいたようだ。あれ、あんた、腕章は持ってないのかい? この国の警察は随分おおらかなんですね。こういう新聞記者も相手にするとは」
「私は……」
「うん? 違うのかな? あ、もしかして、かの有名な、名探偵が監察医として信頼しているっていう医者の先生ですか? 幼い頃からの婚約者っていう? こりゃ失礼しました。あたしは、記者のスティーブといいます。フォークレスタ嬢が挑んでいた事件について書いてましてね。実は今日、午後から検死解剖が行われるそうで、是非参加させてくれと頼みに来たんですよ」
 記者の言葉のどこかに引っ掛かりを覚えたが、それよりも、私にとって大切な情報が耳に入ってきた。
「検死……解剖だって?」
「おや、ご存知なかったんで?」
 レコーディア巡査を見ると、苦々しい顔でこめかみを押さえている。どういうことだと詰め寄ると、その様子を眺めていた新聞記者が、小さな声で笑った。視線を戻す。彼は私の顔を見て、口笛を吹いた。
「何が可笑しい」
「……いえね、不審死の遺体を検死解剖するのは、当たり前のことなのに、お医者さんである貴方がそんなに取り乱すとはねと思いまして」
「そんなのはわかっている。しかし、彼女は私の……」
「婚約者だから、ですか? そんなものは理由になりませんよ。死亡した探偵さんは、情に流されて解剖を止めようとする貴方を許してくれますかねぇ? 監察医として頼りにされていたんでしょう?」
「…………」
 答えられなかった。彼の言っていることは、間違っていない。真相を究明するということは、謎を取り払っていくということだ。死体は、自らを偽らない。今、シャルロットの遺体を解剖すれば、必ず何かが解明される。それらを繋ぎ合せて、事件を解決するのが正当だ。私は拳を握り締めた。新聞記者は、もう私に用は無いという顔をして、巡査ににじり寄った。



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