エリート医師の婚約者は名探偵でトラブルメーカー

香月しを

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「ねえおまわりさん。あれって本当ですかね?」
「あれ、とは?」

「フォークレスタ嬢の身体の中に、事件の証拠が眠っているという話ですよ。警察は、解剖の時に立ち会って、それを見つけるって聞いてますよ」
「……いったい、誰から…………」
「新聞記者の情報網を甘くみたらいけませんぜ。決定的な証拠を手に入れたフォークレスタ嬢が、今回の事件の犯人によって事故にみせかけて殺された。しかし、犯人はその証拠の品を回収することが出来なかった。更に、警察もまた、証拠を手に入れることができていないんだと。こんなの、この業界の人間なら、誰でも知っていることでさぁ」
「ほう、その証拠がシャルロットさんの身体の中にあると?」
「あたしは、そう確信してますがね」
 得意気に胸を張った新聞記者を見ながら、何かがおかしいと感じていた。
「その証拠というのは……身体の中に隠せるほどの大きさのものなのかな?」
「……なんだって?」
 新聞記者が振り返る。少し驚いたような顔をしていた。
「いや、確信しているということは……その証拠品がなんなのかを知っているのかなと思って。新聞には何も書いていなかったものだから……」
 先ほど、レコーディア巡査は何と言っていた? 証拠品についての詳細な説明は、無かったように思う。もやもやとした気分だ。はっきりしないが、何かが引っかかる。記者は考えこんだ私を見て、不自然に笑った。何が可笑しいと詰め寄ろうとしたその時……

「フォークレスタ嬢の手紙が見つかった!」

 ハミルトン警部の声が響き、階段を駆け下りてくる足音が聞えた。私達は、すぐに駆け寄って、彼の手の中の便箋に目を向けた。
「……なんで濡れてるんだ……」
 茶色っぽい液体が便箋からポタポタと垂れている。どこの池に落としたのかと思うほど、びしょ濡れの手紙だった。
「彼女の部屋を一度でも見た事がある方なら御存知かとは思いますが……事件解決に全力を注いでしまう方ですから、机の上も部屋の床も、薬品やガラクタで散らかしていて、この手紙もその中に……。バレンティア先生みたいにドジな巡査が、あッと思う間に、蓋のついていなかった薬品を倒してしまったんですよ」
「……私みたいに、は、余計だろう。そもそも私と貴方とは、病院の私の部屋で、何回か短い言葉を交わした事ぐらいしかない」
「いや、普段は神経質なぐらい整理整頓に気を付けているのですが、肝心なところでいつも滑稽なヘマをしてくれる辺りが似ているらしくて。ああ、気を悪くしないで下さいよ。私だって、こんなこと本当は言いたくないんだ」
「じゃあ、言わなきゃいいのに……。手紙を見せてくれ。それくらいはいいんだろう?」
 警部は頷いて私に手紙を差し出した。破かないように、そっと紙を広げる。文字が滲んで読みにくかった。手紙は、『親愛なる皆様へ』で始まっている。


『親愛なる皆様へ。この手紙が見つかったということは、私はもうこの世にはいないことだと思われます。私が死んだ場合のことをここに書きとめておくので是非、守って下さい。
 まず、第一にアンソニーへ。くれぐれも、後追い自殺なんてしないでね。いくら私を愛しているからって、自殺だけは駄目。どうせ、婚約を解消するなんて癇癪を起して口にしてしまったけど、後悔していたんでしょう? メソメソ泣いている姿が想像できて、笑ってしまったわ』


「あの女は、死んでまで私をおちょくるのか!」
 顔が赤くなるのがわかった。気の毒そうに私を見ていた警部は、溜息をついて、肩を叩いてくる。
「まあ、先生……。続きを……」
「……わかってる!」


『あの日、モリーンと現場に到着した私は、被害者が何かを強く手の中に握っていたことに気付いたの。恐らく、格闘した時に犯人から奪ったものだと思う。何故なら、それは指輪だったから。指輪なら、自分の指に嵌めておくものでしょう。犯人から盗られないように指から外して握っていたという理由も考えられない。被害者の指とは、まったく大きさが合わなかったの。更に、それは、ある家系の者にしか持ち得ない品物でもあった。私はそれを胸ポケットに仕舞い、部屋に戻り、優秀な助手であるモリーンとともに、犯人の特定を急いだわ。その結果、この連続殺人事件を起こし得るたった一人の人間に行き着いたの。
 驚いたわ。何故なら、犯人は私に何度か手紙をくれたことのある人物だったのだから。その陶酔しきった手紙から、相手は危険人物であると悟った私は、ただの一度も返事を書いたことがなかったのだけれど、そのおかげで、犯人に今までのことを詫びる手紙を出すことが出来たし、最近入手した宝石について、少し臭わせることも出来た。すぐに、宝石商も手がけているという犯人から返事が来たわ。お持ちの宝石は、大変高価なものに違いない。是非鑑定したいので、見せてくれないだろうか。そして、もし良ければ、貴方の名探偵としての腕前に敬意を払い、私に食事をご馳走させてはいただけないだろうか、とね。要するにデートの申し込みね。私はすぐに了承の手紙を書いたわ。
 さて、そろそろお別れよ。私はこの重大なる証拠品を飲み込んで、犯人との約束の場所へと向かうことにする。助手とはいえ、元々はただの侍女であるモリーンを危険に晒すわけにはいかないので、一人で向かうとするわ。ここに、犯人の名前は記さないけど、私の遺体から出てくるであろう証拠の品を確認すれば、自ずとわかる。それを期待しています。
 それにしても、アンソニーは、本当に頼り甲斐のない男ね。あれだけ何度も電報を打ったのに、完全に無視するなんて。命が助かったら、堪忍してくださいと泣き出すほどに皮肉を浴びせてやるわ。いや、これは、単なる備忘録。見苦しい文章をお見せして申し訳なかったわね。
 もし私が変死でもして、私の検死解剖に立ち会いたいとアンソニーが言ったら、見せてやってもいいけど、解剖が始まる前に遺体を見せることのないようにお願いするわ。アンソニー、貴方も、どうしても願うのならば、警部達に素直に従うことよ。そうでなければ、私の遺体は、貴方を真っ向から拒絶する。
 それでは皆様、ごきげんよう! またお会いしましょう!
               シャルロット・フォークレスタ』



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