幼少期に相思相愛だった相手に婚約を申し込んだら袖にされた。 十二年疎遠だったから無理もない? 私たちは毎夜語らっていたのになぜ……。

川嶋マサヒロ

文字の大きさ
19 / 53

19「教会の令嬢」

しおりを挟む
 二人は西へ向かう車上にいた。二頭立てで操車が一人の馬車が二人乗りのベンチと荷台を引く。メルクリオ家のプリシッラ嬢と、セルモンティ家のフランチェスカ嬢が景色を眺めながら揺られていた。
 レイ西・カチェル教会と近所の孤児院が目的地だ。本日のミサと礼拝。そして子供たちへの慰問が主な予定である。
「フランチェスカは忙しいわね。絵画に冒険者、そして信徒としての活動なんて。教養課の勉強がおろそかにならない?」
「広く世界を知るのが勉強です」
「本当にそうね。あんな小さな教会に、とっても素敵な神父様が来られるなんて。あそこも知るべき世界?」
 プリシッラは笑いながらフランチェスカをからかう。
「話が強引ねえ。プリシッラがそれほど美形好みとはちょっと意外かな?」
「小説世界の主役ね。広く受け入れられている真理よ。じっくりと拝見させていただくわ。シスター修道女の皆さんといっしょにね」
「あはは……」
 プリシッラは神も含め、なぜ美形が信仰の対象にすらなるのか、などに興味があった。文学の根源であり、人の感情が全てそこから発生していると考えている。その反対もまた、全ての根源でもあると。こちらはこちらで文学科の勉強である。
「我が学院のプリンス貴公子とどちらが上かしらねえ」
「そこに行く?」
「文学科としては図書館の常連には好感を持ちますので。最近は来なくなったみたい。時々かな?」
「ふーん……」
「そっけないわね。子供の頃の知り合いでしょ?」
「絵画教室で一緒だっただけよ。あの人は神童、私は普通」
「ダンジョンにも来たんでしょ? 多彩ねえ」
「何でも屋さんね。飽きたら他に手を出して天才になるのよ」
「ふーん……」
 今度はプリシッラが言った。
 妬み、ひがみ、嫉妬とはまた違う不思議な感情。フランチェスカは遠くを見ているような目をする。

 レイ西・カチェル地区は、プリシッラ嬢のメルクリオ家が孤児院を含む農業地区の領地を持つ。メインは教会と信徒たちの農家が教会領となり、他にいくつかの貴族が土地を持つ共同開拓地であった。二人はもう何度目かの訪問である。
 馬車が孤児院へ到着した。わっと子供たちが飛び出して来る。シスター修道女たちは街とここを一週間単位で交代しながら、寝泊まりし面倒を見ていた。
「うわーっ、すげえ。肉の塊だぜっ!」
「たくさんあるから、いっぱい食べてね」
 子供たちは、荷台からめざとくそれ・・見つける。今日はハムとベーコンをたっぷり用意したのだ。それに小麦粉と他の穀物類。街で焼かれた珍しいパン。地域では収穫されない野菜などだ。総出で運び込む。
「お収めさせて頂きます。我がメルクリオ家とセルモンティ家からとなります」
「両家に神のご加護を」
 プリシッラが差し出した封筒をシスター修道女はうやうやしく受け取る。子供たちは貴族にとっても宝物だ。
「?」
 馬車の日よけに小鳥がまる。首を振ってから教会の方へと飛び立った。
 フランチェスカはその行く先を見る。

 運び込んだ食料を仕分けして、食事の用意に取り掛かる。腕を捲り上げシスター修道女たちと野菜の皮を剥いた。
 あらかた作業が終わり、二人は子供たちのいる大部屋に戻る。
「おっ、新しい絵ね」
 壁には児童たちの絵が多数貼られている。フランチェスカは目ざとくモノクロの新作を見つけた。端には作者名が書かれている。
「俺たちの冒険者パーティーさ」
 肉を見つけたルキーノが誇らしげに言う。そこには五人の未来の冒険者たちが並んでいた。中央に剣士ルキーノ。右隣は女子剣士のノエミ。左は賢者サンドロと魔法少女ルフィナだ。
「あら、一人大人がいるわ」
「ああ、そいつは冒険者になりたてのド新人Fクラスさ。なかなか見どころがあるんで、面倒見ることにしたんだ」
「ウソはやめなさい。このあいだ助けてもらったんです」
 剣士ルキーノは胸をそらせてから、剣士ノエミに怒られる。
「薬草泥棒さ。それぐらい当然だよ。舎弟にしてくれって言われた」
 ノエミが詳しく事情を説明する。ルキーノはかなり話を盛ったとフランチェスカにも分かっていた。
「カッコイイお兄さんでした~」
 とは魔法少女ルフィナの感想だ。こんな所にもまたイケメン・・・・の登場である。
 ルキーノの描いた子供の絵だから仕方ないが、ボーっと立っているだけの人間のような魔獣にも見える。この人がカッコイイ? フランチェスカはそのフェイクイケメンに首をかしげる。
「すごい剣を持っていました。なかなかの実力者と見ましたね」
 賢者サンドロはトレードマークの眼鏡を押し上げる。確かに剣は装飾ありのように描かれている。
「あんなの偽物さ。俺には分かるんだ」
「ウソばっかり」
「ホントだよ」
「偽物の高そうな剣ってあるのですか?」
「うーん、あるわね。本物は大事にしまっておいて、そっくりに作ったコピー複製を飾っておくのよ。それを作る工房もあるわ」
「ほーら」
「でも魔獣を倒していましたよ」
「本物~」
 サンドロとルフィナが追随し、ルキーノ立場が悪くなってしまった。
 子供たちの世界は偽物など、夢のない話は信じたくないのだ。つい大人の回答をしてしまったと、フランチェスカは言ってから反省する。
 食事の用意ができたので、謎のウソFクラスについての噂話は終わりとなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...