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空蝉姫の秘密③

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 源家の本家は、さすが実業家の実家と言うだけあって立派な門構えになっている。
 由緒正しき古い屋敷と言うより、最新の設備を搭載とうさいされた近代的な屋敷だったが塀は高い。
 まるで外敵から身を守るような造りで、要塞と言う言葉がふさわしく感じられた。
 内側から鉄の門がゆっくりと開くと、くるみを乗せた高級車が源家に入っていく。その様子を離れた所から見ていた槐と雅は車から降りた。

「ここが現代いまの源家ですか。随分と警備が厳しそうです。鬼から家を護っているのか、それとも鬼が逃げ出さないようにしているのか」
「ふむ、そのどちらでもありそうだ。どうやらこの屋敷には魔除けが施されているようだ」

 槐の銀月のような瞳が、ぼんやりと光って屋敷全体を見渡す。何かしら仕掛けが施されているのか、薄い膜に電流のようなものが走っていて、塀を飛び越えて侵入するのが難しそうだ。
 どう入るべきか正門の前で見上げていると、背後から黒い車がゆっくりと近付いてくる。
 槐と雅は同時に後ろを振り返り、避けるように両側に素早く身をひるがえして地面に着地した。
 異様に青白く光る捕獲網ほかくもうが地面に着地する。その一つ一つに呪術が施されていて、少しでも体に触れれば動けなくなるような代物だ。

「なるほど、樹様の言う通り何時もの頭の弱い鬼ではないようだな。そこそこの知能がある上に、なかなか妖力が強いようだ」

 車から出てきたのは、銃のようなものを手にしたスーツ姿の強面の男だった。人間の姿に化けている事を見破れるとなると、源一門か頼光四天王の子孫だろう。
 彼の後ろから、鵺がひょっこり飛び出し車から猫の姿の漣がするりと降りる。

「ふん、どんな愚鈍ぐどんな鬼でも、そんなのろい方法で捕まるとは思えん」
「――――全くその通りです。我が主君をこんな子供だましで捕まえようなんて……」

 憎まれ口を叩いた槐と雅は互いに目配せすると、不敵に笑って懐から呪符を取り出した。

「大人しく俺たちに従え。外で生きるよりもそれなりに良い暮らしはできるぞ。ただし源家に忠誠を誓わないといけないけどな」
「ふむ、それも一理あるな。実は俺達はあの女が空蝉の姫と知って近付いたが、言い伝えの通り術が効かず喰えなかった」

 槐が腕を組みながら、のんびりとした様子で男の言葉に頷いた。少しばかり拍子抜けをした様子で男が眉をひそめると、雅がそれに続く。

近頃ちかごろじゃ、鬼を恐れたり信じたりする人間も少ないですし、その割には警戒心が強く人同士の繋がりも薄いので、常夜とこよへおびき寄せるのも一苦労です」
「のう、人間よ。源家に忠誠を誓えば、喰うに不自由しないんだろう? 実のところ鬼の間では良い暮らしができると噂になっている」

 もちろん源樹に忠誠を誓う気もなければ、くるみを食べようなどと考えた事もない。
 鬼達の間でそんな噂も無い。この屋敷の結界をにすり抜け忍び込んで、無事にくるみを救出する為の演技だ。
 そして、童子切安綱どうじぎりやすつなを破壊すれば、恐れるものはこの世には無い。

「ハッハッハ! 鵺、お前はこいつらのどちらかと空蝉姫がと言っていたが、やはりただの鬼だな。俺のご先祖様の時代は鬼は強かったかも知れないが、今じゃ絶滅寸前の天然記念物だ。お前らは賢いぞ、野良妖怪でいるより飼われる方が長く生きられる!」

 どうやらこの男は、あまり頭が良くないのかまんまと槐と雅の演技に騙されたようだ。二人の正体にも気付いていないようなので、合法的に源家に侵入出来そうだ。
 槐が、ポカンとする鵺に視線を送ると慌てて男をフォローする。

「坂田さ~~んの言う通りだね~~さすが~~! おいしいごはんたべれるし~~おやつもあるよ~~人は食べられないけど~~! 僕がこの二人を鬼檻きかんに案内するから~~まかせて~~」

 坂田と呼ばれた男は、緊迫感の無い間延びした鵺におだてられて気を良くしたようだった。これが坂田金時の子孫か、と思うと槐は情けない気持ちになったが、今はその間抜けさに感謝する事する。
 坂田は、スボンのポケットからリモコンキーのような物を取出すと屋敷に向かって押す。
 三回点滅すると、まるで霧が晴れるかのように結界が薄れていった。
 坂田を先頭に、槐と雅、そして最後尾を鵺という順番で日本庭園の中を突っ切った。かろうじて整えられたこの美しい庭だけは、由緒正しき古い家系の名残が残っているように感じられる。
 漣は結界が薄まった隙を見て、猫の姿のまま敷地内に侵入し、器用に木を登って大きな屋敷の中へと入っていった。源頼光の直系や四天王の子孫に遭遇しなければ、猫又では無く、ただの迷い込んだ茶トラ猫にしか見えないのでスパイとして適任だ。

 うまく忍び込んだ様子を槐は目の端で見届けた。そして坂田に連れられるようにして、広い玄関のエントランスで立ち止まる。
 モダンな高い天井の吹き抜け、センターには階段が有り一階と二階で数カ所大きな部屋があるような間取りだった。

「俺は樹様に報告する。今回は運が良かったな。最近は古い鬼なんて滅多に捕獲ほかくできない。しっかり樹様の為に働いてくれよ、二人とも。鵺、あとの説明は頼んだ」
「りょうかい~~!」

 坂田は、そう言うと大きな階段を登っていった。ひとまず鵺は二人を連れて地下に続く階段 まで誘導し、監視カメラの死角までくると三人は身を潜めた。

「び、びっくりしたよ~~! まさか樹様のお家までもどっちゃうなんて~~、僕、し、しかられちゃう~~! お仕置き怖い~~!」
「俺達がつけて来ている事に気付いて、源樹は計画を変更したようだな。ここには鬼を封じ込めておけるような場所があるんだろう」 
「あの間抜けは鬼檻きかんと呼んでいましたね。さて、どうします。監視カメラはついているし、こう部屋数が多くてはどこに空蝉の姫がいるかわかりませんね」
「ふむ。漣も猫の姿で入り込んだ。体が小さい分探りやすいだろうが、まだ猫又おにとしては子供ガキだからのう。樹と鉢合わせでもしたらひとたまりもない」

 三人は、互いの顔を見合わせると思案した。

「――――俺に良い考えがある」

 槐はニヤリと笑みを浮かべた。

✤✤✤

 遡ること少し前――――。
 樹は、源家に到着すると、まだ睡眠薬で眠っているくるみを抱き上げて渡辺と共に屋敷へと入った。

「樹様、調べによると神代くるみは、どうやら親子関係は希薄で、両親とも頻繁ひんぱんにに連絡し合ったり会うような間柄では無いようです。叔父さえ丸め込めれば、騒がれる事は無いでしょう」
「そうだな。あのカフェにバイトを派遣して神代くるみが俺の元にいるように言えば良い。結婚を前提に同棲しているとな」

 もちろん結婚するつもりはなく、あくまで空蝉の姫を、警察に騒がれずに手元に置く為の口実だ。空蝉の姫であるくるみと源家の血を引いた子供を残すためにこの屋敷に愛人として縛り付けておく。
 万が一両親に連絡が行っても、源財閥の嫡男ちゃくなんと恋人関係にあると聞けば喜ばない訳がない。神代くるみの父親は、中小企業の課長で遥かに樹のほうが財力も役職も上、むしろ恩恵をもらいたい所だろう。

「私は、空蝉の姫の部屋を用意させます。樹様はどうされますか?」

 渡辺の言葉に、樹は口元に笑みを浮かべて言った。

「じっくり詰めておびき寄せる予定だったが、空蝉の姫は鬼に魅入られて俺を疑っている。なら、既成事実きせいじじつを作るだけだ。この屋敷から一人で逃げるなんて事は出来ないからな。
 ま、俺と寝てなびかない女は居なかったのはお前もよく知っているだろ?」
「――――ガキなら、なおさらですね。樹様の大人の魅力は刺激が強いかも知れません。ワインを用意させますね」

 下品に鼻を伸ばして、下劣な会話をする部下を見ると樹は鼻で笑った。くるみとの会話では彼女は無知を装って自分と話していたがその瞳は嘘を付けず警戒するような、疑惑の色が見え隠れしていた。
 普段から数々の人間と交渉している樹にとってそれを見破る事は簡単な事だった。
 無防備に眠るくるみを抱き抱え、二階へと向かうと書斎の奥の広い寝室へと向かう。

 高級家具店のモダンデザインのダブルベッドにくるみを寝かせると樹はジャケットを脱ぎ、ネクタイを外し始めた。

「ん……ぅーん……」

 くるみは、寝返りを打つとぼんやりと目を開いた。頭がガンガンして体がだるい。意識がぼんやりとして思考が追いつかなかった。
 全く見覚えの無い部屋にいて、ふかふかの高級ベッドの上に寝ている。

「――――なんだ、もう起きたのか」

 聞いた事のある声だ、と視線をそちらに向けるとネクタイを外したYシャツ姿の樹が振り返ってこちらに歩いてきた。
 くるみは、だんだんと意識がはっきりしていくにつれて樹に貰った缶コーヒーを飲んで眠ってしまった事を思い出して青ざめた。
 衣服に乱れは無かったので、ほっと胸を撫で下ろした。

「源さ……ん、ここは……どこ、何を飲ませたのよ!」

 睡眠薬のせいで、まだ体も意識も重いがくるみは上半身を起こし、樹に声を荒げた。樹は笑みを浮かべると腕を組みながら言う。

「東京までは長旅だからな、眠って貰うことしたんだよ。ぐっすり眠れただろう? ここは俺の実家だよ、くるみちゃん」
「どう……言う事なの? 旅館でお話するはずだったのに、東京までは私を連れてきてどうするつもりなの!」

 眠らされ、源家の実家まで拉致され、馴れ馴れしく名前で呼ばれる事に、ムカムカして嫌悪感を感じたくるみだったが、槐達の事が心配になった。
 そして、寝室で樹と二人きりでいる事も恐怖を感じる。

「君と仲良しの鬼と思われる奴らが、俺達を尾行していたからな……計画を変えたんだ。君も子供じゃないんだから、わかるだろ。
 くるみちゃん、君は特別な子なんだよ……源と空蝉の姫が出逢うなんて運命的だと思わないか?」 

 ベッドに両腕をついて、甘く囁く樹にくるみは寒気がした。確かに彼の顔は整っていて、誰に聞いてもイケメンと答えるだろうし、誰もが羨むような資産家でもある。
 しかし、とんでもない自意識過剰にくるみは内心寒気がした。

(きっ、きっ、きもい!!)

 樹はくるみの華奢な肩をベッドに押さえつけた。悲鳴を上げる間のなく胸板を見せながら迫る御曹司に青ざめ涙を溜めながら叫んだ。

「思わない!! 私は好きな人がいるし、運命かどうかは私が決めるんだから! 私の彼氏は世界一格好いいんです!!」
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