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「久しい……というよりも、はじめましての方が相応しいかな?ミヤマ殿」

そう気さくに言葉をかけてくれた国王は、しかし威厳のある姿で玉座に座っている。その姿は、確かに一か月前の召喚の際、気絶する寸前に見た国王そのものだ。

「ご挨拶が遅れ、大変申し訳ございませんでした。深山那智と申します」
「よい。あれは誰が見ても治療と療養が必要な姿だった。怪我の具合はどうだ?」
「ありがとうございます。怪我自体はほぼ完治しております。ですがこの一か月、ほとんど起き上がれなかったため筋力が低下しておりまして……」
「なるほど。それでモーリス卿に支えられていたのか。てっきり、私に見せつけているのかと思っていたぞ」
「そっ、そんな恐れ多いことっ!」
「そなたたちのことは知っておる。モーリス卿から報告された時は驚いたがな。甲斐甲斐しく世話をしていたことは知っていたが、そこまで深い仲になっているとは思わなんだ。しかしまぁ……あのモーリス卿がやっと身を固めるとあっては、国中の女たちが枕を濡らしているだろうよ」

ニヤニヤと、僕というよりも団長さんを揶揄うことを楽しんでいる国王に少し困ってしまう。緊張してガチガチに固まっていた心身は解かれたけれど、これはこれで対応に困る……。

「できれば、祝っていただけると嬉しいのですが……」
「もちろん私は祝うとも!しかし、そなたが過保護なことをしているせいで、噂が一人歩きしている状況だ。彼のリハビリついでに顔見せはするべきではないか?」
「私の恋人に悪意を向ける者がいる以上、この城内で彼を部屋から出す気はありませんよ。私はこの状況にむしろ満足しておりますし」
「ふむ。予想していなかったわけではないが……実害は?」
「精神的なものは既に」
「そうか……この話はあとで詳しく聞かせてもらおう。そろそろ神官長が出ていってしまいそうだ」

僕のこと話なのに、入り込んでいけないほどの緊迫感が一瞬過ぎった国王と団長さんとのお話は、国王の横で微笑みながらも段々後ろに下がっていっていた全身真っ白のお爺さんの無言の訴えに国王が気づいたことで、いったんの終わりを見せた。

「やっと私の出番ですな。陛下はこの手の話になると、いつもお戯れが過ぎますぞ」
「すまぬな。ではささっと確認してくれ」
「まったく……」

おじいさんは「やれやれ」と言わんばかりに肩を竦めると、僕の前に台車を用意させた。その台車には、お決まりの水晶玉と学生証サイズのちょっと固めな板があった。

「では、この水晶玉に手を当ててください。体内を流れる魔力を測定し、女神より与えられたミヤマ様の職業やスキルなどの祝福を確認いたします。落ち着いて、身体の内側から手を通して力を伝えるような感じで行ってください」
「わかりました」

わかったとは言ったものの、こういうものは感覚でやるしかないだろう。とりあえず、水晶玉に手を当てて、一呼吸。すった酸素が腕を通って手のひらから放出されるような感覚でやってみると、水晶が淡く光りだした。

「水晶の色は……紫ですね。それに……ほぉ、これは珍しい。赤と青に分離し、再び混ざり合って紫に」
「二属性の複合型か!更に分離も可能とは。これはこれは……」

何やら国王とおじいさんが盛り上がっているが、何やなんやら僕には分からない。仕方なくそのままでいると、おじいさんがやっと手を放してもいいと言ってくれた。

「次は、この聖板に血液を一滴落としてください。この針で、指先をチクっとするだけで構いませんよ」

魔力は血流に乗って体内を巡っているらしく、一滴の血を垂らすことでこの聖板に血液に含まれた魔力を登録するのだという。魔力が登録されると、職業やスキルだけでなくステータスまで確認できるようになるらしい。更には状態異常も表示されるのだとか。ステータス画面のようなものなんだろう。
これは異世界から来た者と、神託が下った者しか持つことが許されないものだという。むしろ、それ以外の者が使用しようとしても、ただの板なのだとか。

さて、チクっと言われたが、自分で針を刺すのは少し腰が引ける。痛みが怖いのではなく、なんか手元が狂ったら怖いじゃん。

「団長さん。刺してくれません?」
「……名前を呼んでくれたら、やってあげますよ」

さくっとやってくれると思ったが、難敵に代わってしまった。何故、今名前呼びを強要されねばならんのだ。見てよ、あの国王のにやけた顔!それとなんかほんわかしてる雰囲気!恥ずかしいよ!

「ほら、ナチ?」
「っ……!」

甘い声音で切なそうに催促してくるが、この腹黒いドSは腹の中で大いに楽しんでいることだろう。しかし、自分で針を刺す行為はトラウマを思い出してしまうからしたくなかった。

「……ラスティアさん」
「ラス」
「え……」
「ラスと呼んでください」

家族や恋人のみが呼ぶことを許される愛称で呼ぶようにと催促され、僕は思わず団長さんを睨み上げてしまった。しかし、彼の「見せつけたい」という欲を感じさせる甘い愛と、ドSからの征服欲を視線で受け止めさせられ、僕は観念するしかなかった。

「……ラスっ、お願いします」
「ふふっ……いいですよ」

優しく刺してあげますと言った彼は、ギラついた目で僕の手を優しく取った。そして、恭しい手つきで人差し指の腹に針を突き付ける。

「ッ…………」

それは、獰猛な蜂に刺されたかのような錯覚だった。

尖った針先が、つぷっと皮膚の下に沈められる。穴が開いた感覚に、思わず眉を寄せた。開いた小さな穴から、ぷくっと真っ赤な血が膨らんで、指に縁を伝って零れ落ちそうになる。

僕は慌てて聖板の上に指を翳した。ポタっと、それは真っ白な板を赤く汚した。




※次回から不定期更新になります。
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