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勇者の恐怖

執事、親身。

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執務室を出たら、渋い顔のフェンリルは壁に背中を預けると片手で額を覆った。

「不愉快極まりない……あー、キモいもの見せられた。なんで俺の目の前でやるんだよ。俺はそこにいんだよ」

「直接言ったら?」

「お前はどこでも嘔吐できるのか?同じことだ。ていうかなぁ……」

向き合って、肩を捕まれる。こういう風に威圧的なポーズをとられると、相手の大きさが怖くなってしまうのだけど。

「何デレデレしている!気をしっかり持て!顔はいいし口はうまいがすぐ飽きる男だ!やめとけ!」

内容が親身。しかし無意味に熱いので、思わず引いてしまう。

「フェンリルってサイファのこと嫌いなの……?」

「いや。尊敬してるし好きだ。でもいけすかない。そして目の前でああいうものを見せられてもただただ気持ちが悪いし呆れる」

「よくわかんなーい……」

モテないわけでもないだろうに……。

まあサイファが飽きっぽいのはなんとなくわかる。手に入れるまでが楽しいタイプなのかも。おかげさまで、ちょっと冷静に戻った。



お手紙のお時間が終わったら、先にフェンリルの部屋へと戻された。

「リビングは全部好きに使っていいから。台所も好きにしろ。でもちゃんと片付けろよ」

「あ、じゃあ夕飯は自分で作りたい。一緒に食べる?」

「ん……そうだな……いや時間がわからない。構うな。あと奥の部屋は入るなよ!」

指差して念を押された。


そういうことで、久々の自炊の味。落ち着く。

台所は綺麗で広かったけど、ほぼ使っていないことがわかった。使用法と原理がわからないものも多数あった。材料はほぼ同じにしても、謎のスパイスもあった。気になってしょうがない。

ソファの上には寝巻きや着替えの下着が置かれていた。侵入の形跡はない。念じて送ったとしか思えない。

知れば知るほど魔界って妙なところで便利。

家の畑、欲しい人が見つかったらこっちに住んじゃおうかな……大事にさえしてくれれば満足だ。


ドレスより圧倒的に寝巻きが楽だった。フリルのついたシンプルな白いワンピースもまた可愛い。靴下とヘッドドレスまであるのが謎だけど。もしかするとマミは私を着せかえして遊んでいるのではなかろうか。

ドアが開いた。長くため息をつきながらだるそうな顔をしたフェンリルが戻ってきた。

「おかえり~」

「えっ?あ、そうか……ただいま」

完全に私がいることを忘れていたようで、しばし戸惑われてしまった。酷くね……?

とりあえずジャケットくらいは預かってあげよう。疲れているからこそ良妻っぷりをアピールしておく。

脱ぎかけたジャケットに向けて手を出すと、ちょっと驚いたように「ありがとう」と言われた。受けとると、ほんのり体温が残っていて、いい匂いがした。

「お疲れ様。なんかあった」

「……さっき勇者に会ってきた」

「……は!?」

どんなペースで仕事してんだよ!
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