『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第37話 それでも世界は、彼女を放っておかない

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第37話 それでも世界は、彼女を放っておかない


---

 選ばれない女として完成したはずだった。

 役割を拒み、
 象徴を断ち、
 名前すら使わせない。

 それで終わる――
 誰もが、そう思っていた。

 だが世界は、
 最後にもう一度だけ、別の形で試してくる。


---

「お嬢様……」

 朝、マリエの声がわずかに沈んでいた。

「今度は、
 “お願い”です」

「お願い、ですか」

 ファワーリスは、
 特に驚きもせず頷いた。

「はい。
 肩書も、役職も、
 象徴もありません」

「それで?」

「……“話を聞いてほしい”と」

 ファワーリスは、
 一瞬だけ考え、
 そして小さく息を吐いた。

「最も厄介ですわね」


---

 その人物は、
 かつて彼女を巻き込もうとした側ではなかった。

 失敗し、
 責任を背負い、
 孤立しかけている――
 そんな立場の人間だった。

「助けてほしい、とは言いません」

 男は、深く頭を下げた。

「ただ……
 判断を誤った理由を、
 自分なりに整理したくて」

 責任転嫁も、
 名義貸しもない。

 ただの、言葉。


---

 ファワーリスは、
 しばらく沈黙した後、
 静かに口を開いた。

「私は、
 何もしません」

「……はい」

「助言もしません」

「承知しています」

「責任も、
 分け合いません」

「それで、構いません」

 その返答に、
 彼女は少しだけ目を細めた。


---

「では、
 なぜ私のところに?」

「……誰も、
 何も言わなかったからです」

 男は、
 苦笑のような表情で続ける。

「皆、
 正しい言葉をくれました。
 ですが、
 “静かな言葉”はありませんでした」

 ファワーリスは、
 その言葉を、
 否定しなかった。


---

「話を聞くことは、
 何かをすることではありません」

 彼女は、
 淡々と告げる。

「ですが」

 一拍置いて。

「それでも、
 私は責任を負いません」

「はい」

「期待も、
 持たせません」

「……分かっています」


---

 話は短かった。

 彼女は、
 質問も、評価も、
 結論も出さない。

 男は、
 自分で言葉を並べ、
 自分で沈黙し、
 自分で答えに辿り着いた。

 帰る頃には、
 その背中は少しだけ、
 軽くなっていた。


---

「お嬢様」

 見送った後、
 マリエが小さく尋ねる。

「今のは……
 “何かをした”のでは?」

「いいえ」

 即答だった。

「何もしていません」

 穏やかな声。

「ただ、
 邪魔をしなかっただけです」


---

 夜。

 書斎で、
 ファワーリスは日記を開く。

『放っておかれない』

 そう書いて、
 しばらく考える。

 世界は、
 完全に放っておけない存在を、
 どうしても作りたがる。

 だが――
 関わらず、
 背負わず、
 動かずとも、
 境界線は守れる。


---

 ファワーリス・シグナスは、
 今日も何もしなかった。

 それでも、
 世界は彼女の前に現れる。

 だが彼女は知っている。

 放っておかれなくても、
 巻き込まれなければいい。

 何もしないのが勝ち。

 その哲学は、
 ついに
 “拒否”すら必要としない段階へと
 踏み込んでいた。
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