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第10話 知らぬ間に決まった席
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第10話 知らぬ間に決まった席
王宮の朝は、
今日も変わらず始まった。
侍従の足音、
開かれる扉の音、
遠くから聞こえる鐘の響き。
どれも、
アセルス・アウストラリスが
これまで慣れ親しんできた日常だ。
だが――
その「いつも通り」が、
どこか他人事のように感じられた。
「本日の予定は?」
執務机に向かいながら、
アセルスは何気なく尋ねる。
近臣は一礼し、
手元の書類に目を落とした。
「午前は、
陛下主導の会議が一件。
午後は……」
言葉が、
ほんの一瞬だけ途切れる。
「午後は、
殿下のご出席を必要とする会合は、
特にございません」
「……は?」
思わず、
アセルスは顔を上げた。
「特にない、だと?」
「はい。
重要な案件は、
すべて陛下、
および関係部署で処理されるとのことです」
それは、
遠回しな言い方だった。
――あなたの判断は、
もう必要ない。
だが、
アセルスは、
その意味を正面から受け取らない。
「そうか。
では、
午後は自由ということだな」
「……はい」
近臣は、
それ以上何も言わなかった。
アセルスは、
書類に目を戻しながら、
小さく息を吐く。
(大事を取っているだけだ)
昨日まで、
彼はそう言い聞かせてきた。
だが、
今日のそれは、
“念のため”の域を超えている。
(……まあいい)
自由時間が増えたなら、
使い道はいくらでもある。
彼は、
王宮内の図書室へ向かった。
ここは、
情報が集まる場所だ。
重臣や学者、
文官たちが行き交い、
自然と噂も耳に入る。
――入る、はずだった。
「……?」
室内に足を踏み入れた瞬間、
アセルスは立ち止まった。
人はいる。
だが、
視線が一斉に逸らされる。
礼はある。
だが、
話しかけてくる者はいない。
(……ここでもか)
彼は、
静かに本棚の間を歩く。
背後で、
小さな会話が交わされる。
「……王太子候補の件だが」
「ええ。
陛下は、
すでに次を見据えておられるようだ」
「第二王子殿下を軸に、
動き始めているとか」
その言葉に、
アセルスの足が止まりそうになる。
だが、
彼は聞かなかったことにした。
(噂話だ。
憶測に過ぎない)
そうでなければ、
説明がつかない。
王太子の席は、
そんなに軽く扱われるものではない。
彼は、
図書室を後にした。
回廊を歩きながら、
ふと、
以前の光景が脳裏をよぎる。
――この道を歩けば、
自然と人が集まった。
――意見を求められ、
判断を委ねられた。
それが今は、
誰もいない。
まるで、
彼の周囲だけ、
透明な壁ができたかのようだ。
その日の夕刻、
王宮内で開かれた非公式の集まりに、
アセルスは呼ばれなかった。
理由は告げられない。
ただ、
名簿に名前がなかった。
(……手違いだ)
そう思うことにして、
彼は自室に戻る。
窓の外では、
夕焼けが王都を染めていた。
「私は、
まだ第一王子だ」
声に出すと、
部屋の中で虚しく響く。
「王太子の席が、
なくなるはずがない」
だが――
その“席”は、
すでに誰かのものになっていた。
本人の知らぬところで。
何の宣言もなく。
何の抗議も起きず。
最も残酷な形で。
アセルス・アウストラリスは、
まだ理解していない。
自分が座るはずだった席が、
すでに「空席ではなくなっている」
という事実を。
王宮の朝は、
今日も変わらず始まった。
侍従の足音、
開かれる扉の音、
遠くから聞こえる鐘の響き。
どれも、
アセルス・アウストラリスが
これまで慣れ親しんできた日常だ。
だが――
その「いつも通り」が、
どこか他人事のように感じられた。
「本日の予定は?」
執務机に向かいながら、
アセルスは何気なく尋ねる。
近臣は一礼し、
手元の書類に目を落とした。
「午前は、
陛下主導の会議が一件。
午後は……」
言葉が、
ほんの一瞬だけ途切れる。
「午後は、
殿下のご出席を必要とする会合は、
特にございません」
「……は?」
思わず、
アセルスは顔を上げた。
「特にない、だと?」
「はい。
重要な案件は、
すべて陛下、
および関係部署で処理されるとのことです」
それは、
遠回しな言い方だった。
――あなたの判断は、
もう必要ない。
だが、
アセルスは、
その意味を正面から受け取らない。
「そうか。
では、
午後は自由ということだな」
「……はい」
近臣は、
それ以上何も言わなかった。
アセルスは、
書類に目を戻しながら、
小さく息を吐く。
(大事を取っているだけだ)
昨日まで、
彼はそう言い聞かせてきた。
だが、
今日のそれは、
“念のため”の域を超えている。
(……まあいい)
自由時間が増えたなら、
使い道はいくらでもある。
彼は、
王宮内の図書室へ向かった。
ここは、
情報が集まる場所だ。
重臣や学者、
文官たちが行き交い、
自然と噂も耳に入る。
――入る、はずだった。
「……?」
室内に足を踏み入れた瞬間、
アセルスは立ち止まった。
人はいる。
だが、
視線が一斉に逸らされる。
礼はある。
だが、
話しかけてくる者はいない。
(……ここでもか)
彼は、
静かに本棚の間を歩く。
背後で、
小さな会話が交わされる。
「……王太子候補の件だが」
「ええ。
陛下は、
すでに次を見据えておられるようだ」
「第二王子殿下を軸に、
動き始めているとか」
その言葉に、
アセルスの足が止まりそうになる。
だが、
彼は聞かなかったことにした。
(噂話だ。
憶測に過ぎない)
そうでなければ、
説明がつかない。
王太子の席は、
そんなに軽く扱われるものではない。
彼は、
図書室を後にした。
回廊を歩きながら、
ふと、
以前の光景が脳裏をよぎる。
――この道を歩けば、
自然と人が集まった。
――意見を求められ、
判断を委ねられた。
それが今は、
誰もいない。
まるで、
彼の周囲だけ、
透明な壁ができたかのようだ。
その日の夕刻、
王宮内で開かれた非公式の集まりに、
アセルスは呼ばれなかった。
理由は告げられない。
ただ、
名簿に名前がなかった。
(……手違いだ)
そう思うことにして、
彼は自室に戻る。
窓の外では、
夕焼けが王都を染めていた。
「私は、
まだ第一王子だ」
声に出すと、
部屋の中で虚しく響く。
「王太子の席が、
なくなるはずがない」
だが――
その“席”は、
すでに誰かのものになっていた。
本人の知らぬところで。
何の宣言もなく。
何の抗議も起きず。
最も残酷な形で。
アセルス・アウストラリスは、
まだ理解していない。
自分が座るはずだった席が、
すでに「空席ではなくなっている」
という事実を。
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