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第二十二話 王太子の焦燥
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第二十二話 王太子の焦燥
王城の廊下は、妙に静まり返っていた。
王都の喧騒とは対照的に、ここには重たい空気が漂っている。
「殿下、王室商会の造船計画ですが……」
側近が控えめに差し出した報告書を、王太子は無言で受け取った。
「基金承認済み、か」
その一行が、やけに目に刺さる。
王室の事業であるはずなのに、最終判断は彼女の制度を通している。
それが現実だった。
「なぜだ」
低い声。
「王家の商会だぞ」
側近は答えに窮する。
「市場の信用を得るためには、基金の保証が不可欠かと」
不可欠。
その言葉が、王太子の自尊心を抉る。
王家よりも信用される制度。
王家よりも信頼される人物。
しかも、王位を拒否した女。
「……私が命じればよい」
「ですが殿下」
側近は慎重に言う。
「命令では、商人は動きません」
それが事実だった。
兵を動かすのと、資金を動かすのは別の話。
王命は従わせられる。
だが利益は強制できない。
王太子は書類を机に叩きつける。
「ではどうしろと言う」
「……」
側近は沈黙した。
答えはわかっている。
だが口に出せない。
彼女に頼るしかない。
――――
その頃、屋敷では。
「殿下が焦っております」
執事の報告は淡々としている。
「当然ですわね」
わたくしは紅茶を口に運ぶ。
「焦りは判断を誤らせます」
「何か動きがあると?」
「ございますでしょう」
王太子はまだ理解していない。
力とは、王冠ではない。
選ばれること。
それが本質だ。
――――
数日後。
王太子は、突然記者を集めた。
「王家主導で新たな産業振興策を打ち出す」
大広間に響く声。
「王家が市場を守る」
拍手は、まばらだった。
商人たちは互いに目配せする。
王家の振興策に基金保証はない。
信用の裏付けがない。
それだけで、空気は読める。
――――
「殿下が対抗制度を立ち上げる模様」
執事が報告する。
「名称は?」
「王家公認産業保全局」
わたくしは小さく笑う。
「長いですわね」
「市場の反応は冷淡です」
当然だ。
制度は名前で動かない。
数字で動く。
王太子の局は、まだ何も実績がない。
基金は、既に回っている。
保証案件は百を超えた。
実行例がある。
成功例がある。
信用とは、積み重ね。
――――
王城。
「なぜ動かぬ!」
王太子の声が響く。
「我らが後ろ盾だぞ!」
老臣が静かに言う。
「殿下、商人は利益の側に立ちます」
「ならば利益を示せばよい!」
「信用が伴いませぬ」
王太子は拳を握る。
彼女は王位を拒否した。
ならば政治の舞台に立つ気はないはずだった。
なのに。
市場は彼女を王のように扱う。
それが許せなかった。
――――
王太子は決断する。
「会う」
「……どなたに」
「決まっている」
その名を、側近は口にしなかった。
――――
屋敷。
「殿下がお見えになります」
執事の声。
「公式に?」
「非公式に」
わたくしは扇を閉じる。
「通して差し上げて」
応接室。
王太子は一瞬、言葉を失う。
屋敷は以前と変わらない。
だが空気が違う。
ここが王都の経済中枢だと知っているからだ。
「……久しいな」
「ご機嫌よう、殿下」
形式的な挨拶。
沈黙。
「君の制度が、王家の事業を圧迫している」
わたくしは首を傾げる。
「圧迫?」
「王家の商会が基金を通らねば信用を得られぬ」
「市場が選んでおりますわ」
王太子の眉が動く。
「市場、市場と……」
「事実ですもの」
一拍。
「殿下が市場に信用を与えることができれば、誰もわたくしを通しません」
静かだが、冷たい言葉。
王太子は視線を逸らす。
「撤回できぬのか」
「何を」
「基金の審査を、王家優遇に」
わたくしは微笑む。
「あら」
そして。
ゆっくりと言う。
「一度決めたことを簡単に撤回しようとなさるとは、失礼ながら殿下を信用するわけには、いかなくなりました」
沈黙。
その言葉は、刃より鋭い。
王太子は立ち上がる。
「……君は、どこまで行くつもりだ」
わたくしは紅茶を置く。
「どこへも」
一拍。
「皆さまが動く方向へ、制度を整えるだけ」
王太子は理解する。
彼女は王にならない。
だが、王家を越える。
焦燥が、胸を締め付ける。
「私は……」
言葉が続かない。
わたくしは立ち上がらない。
見送らない。
ただ、言う。
「殿下の婚約者でなくなることが望みでした」
「それは、もう叶っておりますわ」
王太子の拳が震える。
それ以上、言い返せなかった。
扉が閉まる。
静寂。
執事が問う。
「お嬢様、殿下は敵となりますか」
わたくしは窓の外を見る。
王都の灯りが広がる。
「いいえ」
一拍。
「殿下は選択を迫られているだけ」
市場と、誇り。
どちらを選ぶか。
焦燥は、まだ続く。
王城の廊下は、妙に静まり返っていた。
王都の喧騒とは対照的に、ここには重たい空気が漂っている。
「殿下、王室商会の造船計画ですが……」
側近が控えめに差し出した報告書を、王太子は無言で受け取った。
「基金承認済み、か」
その一行が、やけに目に刺さる。
王室の事業であるはずなのに、最終判断は彼女の制度を通している。
それが現実だった。
「なぜだ」
低い声。
「王家の商会だぞ」
側近は答えに窮する。
「市場の信用を得るためには、基金の保証が不可欠かと」
不可欠。
その言葉が、王太子の自尊心を抉る。
王家よりも信用される制度。
王家よりも信頼される人物。
しかも、王位を拒否した女。
「……私が命じればよい」
「ですが殿下」
側近は慎重に言う。
「命令では、商人は動きません」
それが事実だった。
兵を動かすのと、資金を動かすのは別の話。
王命は従わせられる。
だが利益は強制できない。
王太子は書類を机に叩きつける。
「ではどうしろと言う」
「……」
側近は沈黙した。
答えはわかっている。
だが口に出せない。
彼女に頼るしかない。
――――
その頃、屋敷では。
「殿下が焦っております」
執事の報告は淡々としている。
「当然ですわね」
わたくしは紅茶を口に運ぶ。
「焦りは判断を誤らせます」
「何か動きがあると?」
「ございますでしょう」
王太子はまだ理解していない。
力とは、王冠ではない。
選ばれること。
それが本質だ。
――――
数日後。
王太子は、突然記者を集めた。
「王家主導で新たな産業振興策を打ち出す」
大広間に響く声。
「王家が市場を守る」
拍手は、まばらだった。
商人たちは互いに目配せする。
王家の振興策に基金保証はない。
信用の裏付けがない。
それだけで、空気は読める。
――――
「殿下が対抗制度を立ち上げる模様」
執事が報告する。
「名称は?」
「王家公認産業保全局」
わたくしは小さく笑う。
「長いですわね」
「市場の反応は冷淡です」
当然だ。
制度は名前で動かない。
数字で動く。
王太子の局は、まだ何も実績がない。
基金は、既に回っている。
保証案件は百を超えた。
実行例がある。
成功例がある。
信用とは、積み重ね。
――――
王城。
「なぜ動かぬ!」
王太子の声が響く。
「我らが後ろ盾だぞ!」
老臣が静かに言う。
「殿下、商人は利益の側に立ちます」
「ならば利益を示せばよい!」
「信用が伴いませぬ」
王太子は拳を握る。
彼女は王位を拒否した。
ならば政治の舞台に立つ気はないはずだった。
なのに。
市場は彼女を王のように扱う。
それが許せなかった。
――――
王太子は決断する。
「会う」
「……どなたに」
「決まっている」
その名を、側近は口にしなかった。
――――
屋敷。
「殿下がお見えになります」
執事の声。
「公式に?」
「非公式に」
わたくしは扇を閉じる。
「通して差し上げて」
応接室。
王太子は一瞬、言葉を失う。
屋敷は以前と変わらない。
だが空気が違う。
ここが王都の経済中枢だと知っているからだ。
「……久しいな」
「ご機嫌よう、殿下」
形式的な挨拶。
沈黙。
「君の制度が、王家の事業を圧迫している」
わたくしは首を傾げる。
「圧迫?」
「王家の商会が基金を通らねば信用を得られぬ」
「市場が選んでおりますわ」
王太子の眉が動く。
「市場、市場と……」
「事実ですもの」
一拍。
「殿下が市場に信用を与えることができれば、誰もわたくしを通しません」
静かだが、冷たい言葉。
王太子は視線を逸らす。
「撤回できぬのか」
「何を」
「基金の審査を、王家優遇に」
わたくしは微笑む。
「あら」
そして。
ゆっくりと言う。
「一度決めたことを簡単に撤回しようとなさるとは、失礼ながら殿下を信用するわけには、いかなくなりました」
沈黙。
その言葉は、刃より鋭い。
王太子は立ち上がる。
「……君は、どこまで行くつもりだ」
わたくしは紅茶を置く。
「どこへも」
一拍。
「皆さまが動く方向へ、制度を整えるだけ」
王太子は理解する。
彼女は王にならない。
だが、王家を越える。
焦燥が、胸を締め付ける。
「私は……」
言葉が続かない。
わたくしは立ち上がらない。
見送らない。
ただ、言う。
「殿下の婚約者でなくなることが望みでした」
「それは、もう叶っておりますわ」
王太子の拳が震える。
それ以上、言い返せなかった。
扉が閉まる。
静寂。
執事が問う。
「お嬢様、殿下は敵となりますか」
わたくしは窓の外を見る。
王都の灯りが広がる。
「いいえ」
一拍。
「殿下は選択を迫られているだけ」
市場と、誇り。
どちらを選ぶか。
焦燥は、まだ続く。
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