婚約破棄された悪役令嬢は、事業を阻むギルドを手段を選ばず支配する

ふわふわ

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第二十八話 名を捨てた者の影

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第二十八話 名を捨てた者の影

王都は、かつてないほど穏やかだった。

自由港は機能し、王都基金と地方基金の相互保証は円滑に回る。
王家公認局は名を残しつつ、実務は完全に基準へ吸収された。

王家は象徴として立つ。

制度は裏で動く。

その構図は、もはや誰も疑わない。

だが。

穏やかさは、必ずしも安堵を生まない。

――――

王城。

「殿下、問題が一つ」

側近の声は慎重だった。

「何だ」

「近隣諸国より、視察団の打診が」

王太子は顔を上げる。

「目的は」

「王都基金制度の研究」

沈黙。

それはつまり。

王都の制度が、国外にまで影響を及ぼし始めたということ。

「王家への表敬ではなく」

「基金への訪問を希望しております」

王太子の眉がわずかに動く。

王国の象徴ではなく。

制度を見に来る。

それは小さく、しかし重い変化だった。

――――

屋敷。

「隣国より公式視察団」

執事が書状を差し出す。

「目的は?」

「王都基金の仕組みを学びたいと」

わたくしは静かに笑う。

「断ります」

「……即答でございますか」

「はい」

一拍。

「制度は輸出品ではございません」

――――

王城。

「断られました」

側近の報告。

王太子は少しだけ安堵する。

「……当然だ」

だが同時に、理解する。

彼女は名を広げない。

影響だけを広げる。

それが最も厄介。

――――

数日後。

隣国の商人が個別に王都へ流入し始める。

視察団ではなく、民間視察。

商会間の交流。

基金の仕組みを模倣し始める。

「止めますか」

執事が問う。

わたくしは首を振る。

「止まりませんわ」

「ですが他国に広まれば」

「構いません」

一拍。

「基準が広がるだけ」

――――

王太子は気づく。

王都基金は王国の制度でありながら、王国のものではなくなりつつある。

思想として広がる。

名はない。

所有者もない。

だが。

根は彼女。

「名を捨てた者が、最も影を落とす」

王太子は呟く。

――――

屋敷。

「お嬢様、民間の模倣が始まっております」

「存じております」

「抑制なさいますか」

「いいえ」

一拍。

「模倣は信用の証」

独占しない。

奪わない。

囲わない。

だからこそ、広がる。

――――

夜。

王太子が訪れる。

以前よりも落ち着いた表情。

「君の制度が、国外に広がる」

「聞いております」

「誇らしくはないのか」

わたくしは少し考え、静かに答える。

「制度は使われてこそ意味があります」

「……」

「誇りは不要ですわ」

王太子は苦笑する。

「君は名を求めぬ」

「はい」

「だが影は伸びる」

わたくしは窓の外を見る。

王都の灯り。

「影は光があってこそ」

「……光は王家か」

「象徴は必要です」

一拍。

「だからこそ、王家は残るのですわ」

王太子は沈黙する。

彼女は王位を拒んだ。

だが王家を否定しない。

支配もしない。

奪いもしない。

ただ、基準を整える。

――――

数週間後。

隣国で“王都式基金”が設立される。

名称は違う。

だが中身はほぼ同じ。

市場はそれを歓迎する。

王太子は老王に告げる。

「彼女は国境を越えた」

老王は静かに頷く。

「名を捨てた者は、縛られぬ」

――――

屋敷。

執事が最後に問う。

「お嬢様、これで王都の制度は王国のものではなくなります」

わたくしは穏やかに答える。

「最初から、王国のものでも、わたくしのものでもございません」

一拍。

「信用は誰の所有物でもない」

王位は継承される。

制度は選ばれる。

名は残らない。

だが。

影は広がる。

婚約破棄された令嬢は、王にならなかった。

だが。

王国の外にまで届く影を、静かに落としていた。
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