婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ

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第5話 何かする必要はありますか?

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第5話 何かする必要はありますか?

 呼び出しは、唐突だった。

 王城の静かな廊下を進みながら、リヴォルタ・レーレは小さく息を吐いた。
 目的地は、王太子ザガート・ビジョン・グランツの執務室。

 ――ついに、来たか。

 そんな予感はあったが、不思議と胸はざわつかない。

「お入りください」

 重厚な扉の向こうから声がかかる。
 一礼して室内に入ると、机の向こうに座るザガートが、書類から視線を上げた。

「来てくれてありがとう、リヴォルタ」 「いえ。ご用件は何でしょうか」

 形式的なやり取り。
 その間に、リヴォルタは室内を一瞥した。整然と並んだ書類、几帳面な空気。ここが“判断”を下す場所なのだと、嫌でも伝わってくる。

「最近の状況について、意見を聞きたい」

 ザガートはそう切り出した。

「マーレン・エルバが、よくやっているのは知っているな」 「はい。治癒の祈りを、精力的に行っていらっしゃると聞いています」

「怪我人への対応も迅速だ。国民の信頼も厚い」

 褒め言葉が並ぶ。
 リヴォルタは頷いた。

「必要な方が、必要な場で力を尽くしているのだと思います」

 それは、心からの言葉だった。

 ザガートは少し眉を寄せた。

「では、君はどうだ?」

 その問いに、リヴォルタは一瞬だけ考えた。

 どうだ、と言われても。
 彼女は、これまでと同じ日々を過ごしてきただけだ。

「……特に、変わりはありません」 「祈りは?」 「していません」 「詠唱は?」 「していません」

 淡々と答える。
 嘘は一つもない。

 ザガートは椅子にもたれ、指を組んだ。

「君は、聖女だ。だが、国としては――成果が見えない」

 その言葉を、リヴォルタは静かに受け止めた。

「成果、とは……?」 「国民が安心できる形で示されるものだ」

 治癒。奇跡。分かりやすい救済。
 彼が言いたいことは、はっきりしている。

 リヴォルタは、少しだけ首を傾げた。

「怪我人は、治されていますよね」 「それはマーレンがやっている」 「はい。では、問題は解決しているのでは?」

 ザガートの視線が、わずかに鋭くなる。

「……君は、何も感じないのか」 「何を、でしょうか」

 問い返しながら、リヴォルタは自分でも驚くほど落ち着いていることに気づいた。

「私は、専門家ではありません。治癒の奇跡も行えません」 「聖女だろう」 「聖女ですが……だからといって、何でもできるわけではありません」

 彼女は、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「素人が手を出して、傷口を広げるより。
 必要な方が、必要な仕事をする方が、合理的だと思います」

 沈黙が落ちた。

 ザガートは、その言葉を吟味するように黙り込む。

「……つまり、君は今の状況で十分だと?」 「はい。特に、私が何かする必要は感じません」

 それが、決定的だった。

 ザガートは、短く息を吐いた。

「分かった。今日は、もういい」

 それ以上の会話はなかった。
 一礼して部屋を出る。

 廊下を歩きながら、リヴォルタは思う。

 ――何か、間違えたことを言っただろうか。

 だが、答えは出ない。

 その夜、王城の外では小さな事故が起きた。
 足を滑らせた男が転んだが、骨折もなく、軽い打撲で済んだ。

「運が良かったな」

 そう言って、皆が笑った。

 リヴォルタは自室の窓から、静かな夜空を見上げる。

「……今日も、平和ですね」

 その言葉に、皮肉はない。
 本心だった。

 だがその裏で、
 “成果が見えない聖女”という評価が、
 静かに、確実に固まりつつあることを――
 彼女は、まだ知らなかった。
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