婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ

文字の大きさ
6 / 40

第6話 婚約破棄という朗報

しおりを挟む
第6話 婚約破棄という朗報

 正式な通達は、翌朝には届いた。

 王城の回廊を進んでくる足音を聞いた瞬間、リヴォルタ・レーレは「来たな」と思っただけで、特に身構えもしなかった。
 扉を叩く音は、やけに丁寧だった。

「聖女リヴォルタ様。王太子殿下より、文書をお預かりしております」

「どうぞ」

 差し出された封書には、王家の紋章が押されている。
 内容を見なくても、だいたい察しはついていた。

 机に腰掛け、封を切る。
 簡潔で、感情のない文章だった。

――王太子ザガート・ビジョン・グランツは、
――聖女リヴォルタ・レーレとの婚約を、ここに正式に解消する。

 理由は明確に記されている。

――国の守護と救済を担う「真の聖女」が別に存在するため。

 読み終えたリヴォルタは、しばらく沈黙し――
 それから、小さく息を吐いた。

「……ちょうど、よかったです」

 その声は、安堵そのものだった。

 婚約。
 政略。
 立場。
 責任。

 考えるだけで、正直、面倒だった。

「これで、余計なことを考えなくて済みますね」

 侍女が目を見開いた。

「よ、よろしいのですか……?」 「ええ。むしろ助かりました」

 本心だった。

 王太子の妃という立場は、華やかに見えて制約の塊だ。
 発言一つ、行動一つに意味を持たされる。

 今のリヴォルタは、それを負う気力がなかった。

 ――聖女の役目も、もう必要ない。

 それは、通達を読んで確信したことだった。

 大神殿では、新聖女マーレン・エルバの即位準備が進められている。
 祈りと詠唱を行い、奇跡を示す存在。

 人々が求めているのは、そちらだ。

「では……私は、どうすれば?」

 侍女の問いに、リヴォルタは少し考えた。

「……しばらく、のんびりしたいですね」

 答えは、驚くほどすぐに出た。

 思えば、ここ数年。
 聖女として、婚約者として、国の象徴として――
 “期待される存在”であり続けてきた。

 それが、すべて外れた。

 肩の荷が、音を立てて落ちた気がする。

「別荘地がありましたよね」 「はい。温泉のある……」 「そこに行きたいです」

 理由は、特別なものではない。

「温泉に入って、何も考えずに過ごしたいだけです」

 それだけだった。

 数日後、リヴォルタは王都を離れた。

 送迎も最低限。
 見送りも、形式的なものだけ。

 人々の関心は、すでに新聖女へと移っている。

 王城の高台から、去っていく馬車を見下ろしながら、
 ザガートは呟いた。

「……これで、国は正しい形に戻る」

 目に見える成果を出す聖女。
 理解しやすい奇跡。
 誰もが納得する体制。

 そう、信じて疑わなかった。

 一方その頃、馬車の中で。

「はぁ……」

 リヴォルタは、深く息を吐いていた。

「本当に、楽になりました」

 婚約破棄。
 聖女の座の喪失。

 世間的には“転落”なのかもしれない。

 だが彼女にとっては――

「めんどくさいものが、全部なくなりました」

 それは、紛れもない朗報だった。

 まだ誰も知らない。

 この瞬間こそが、
 本当の地獄の始まりであることを。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。 理由は―― 「王太子妃には華が必要だから」。 新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。 誰もが思った。 傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。 けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。 「戻りません」 彼女は怒らない。 争わない。 復讐もしない。 ただ――王家を支えるのをやめただけ。 流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。 さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。 強いざまあとは、叫ぶことではない。 自らの選択で、自らの立場を削らせること。 そして彼女は最後まで戻らない。 支えない。 奪わない。 ――選ばれなかったのではない。 彼女が、選ばなかったのだ。 これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。

捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来

鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」 婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。 王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。 アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。 だが、彼女は決して屈しない。 「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」 そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。 ――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。 彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

世界の現実は、理不尽で残酷だ――平等など存在しない

鷹 綾
恋愛
「学園内は、身分に関係なく平等であるべきです」 その“正義”が、王国を崩しかけた。 王太子ルイスは、貴族学院で平民出身の聖女マリアがいじめられたと信じ、 婚約者である公爵令嬢アリエノール・ダキテーヌを断罪し、婚約破棄を宣言する。 だが―― たとえそれが事実であったとしても、 それは婚約破棄の正当な理由にはならなかった。 貴族社会において、婚約とは恋愛ではない。 それは契約であり、権力であり、国家の均衡そのものだ。 「世界は、残酷で不平等なのです」 その現実を理解しないまま振るわれた“善意の正義”は、 王太子の廃嫡、聖女の幽閉、王家と公爵家の決定的な断絶を招く。 婚約破棄は恋愛劇では終わらない。 それは、国家が牙を剥く瞬間だ。 本作は、 「いじめられたという事実があっても、それは免罪符にはならない」 「平等を信じた者が、最も残酷な結末に辿り着く」 そんな現実を、徹底して描く。 ――これは、ざまぁではない。 誰も救われない、残酷な現実の物語である。 ※本作は中世ヨーロッパをモデルにしたフィクションです。  学園制度・男女共学などは史実とは異なりますが、  権力構造と政治的判断の冷酷さを重視して描いています。 ---

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

婚約破棄された令嬢は、もう誰の答えも借りません

鷹 綾
恋愛
 「君との婚約は破棄する。――君は、もう必要ない」 王太子から一方的に突きつけられた婚約破棄。 その理由は、新たに寵愛する令嬢の存在と、「君は優秀すぎて扱いづらい」という身勝手な評価だった。 だが、公爵令嬢である彼女は泣かない。 怒りに任せて復讐もしない。 ただ静かに、こう告げる。 「承知しました。――もう、誰の答えも借りませんわ」 王国のために尽くし、判断を肩代わりし、失敗すら引き受けてきた日々。 だが婚約破棄を機に、彼女は“助けること”をやめる。 答えを与えない。 手を差し伸べない。 代わりに、考える機会と責任だけを返す。 戸惑い、転び、失敗しながらも、王国は少しずつ変わっていく。 依存をやめ、比較をやめ、他人の成功を羨まなくなったとき―― そこに生まれたのは、静かで確かな自立だった。 派手な断罪も、劇的な復讐もない。 けれどこれは、 「奪われたものを取り戻す物語」ではなく、 「もう取り戻す必要がなくなった物語」。 婚約破棄ざまぁの、その先へ。 知性と覚悟で未来を選び取る、静かな逆転譚。

義妹が聖女を引き継ぎましたが無理だと思います

成行任世
恋愛
稀少な聖属性を持つ義妹が聖女の役も婚約者も引き継ぐ(奪う)というので聖女の祈りを義妹に託したら王都が壊滅の危機だそうですが、私はもう聖女ではないので知りません。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

処理中です...