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第25話 二人で決める、ということ
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第25話 二人で決める、ということ
決断は、劇的な場面で下されるとは限らない。
むしろ本当に重要な決断ほど、
静かな執務室の机の上で、
淡々と行われるものだ。
シュタインベルク公国・公爵執務室。
窓から差し込む午後の光の中、
一通の書簡が机の中央に置かれていた。
王国の封蝋。
それだけで、内容は察しがつく。
「……条件付き、か」
カルヴァスが低く呟く。
「ええ」
セラフィナは、冷静に頷いた。
「“公爵夫人としてではなく、
王国貴族としての復帰”だそうです」
言葉にすれば、丁寧だ。
だが、意味は単純だった。
――戻ってこい。
ただし、今の立場は捨てろ。
「……随分と、都合がいい」
カルヴァスの声に、感情が滲む。
彼は怒っていた。
それも、公爵としてではない。
夫として、だ。
「“白い結婚なのだから、
公爵家に深く関与しているわけではない”」
セラフィナは、書簡の文面をなぞるように言う。
「……そう、書いてあります」
「定義を、まだ誤っているな」
カルヴァスは、短く言った。
だが、彼は書簡を破り捨てなかった。
それが、彼の誠実さだ。
「セラフィナ」
彼は、彼女を見る。
「これは、君個人への提案だ」
「はい」
「だが、返答は――」
「一人で出すものではありません」
セラフィナが、はっきりと言った。
その一言で、空気が変わる。
「私は、公爵夫人としてここにいます」
彼女は続ける。
「今はもう、“一時的な滞在者”ではありません」
「……ああ」
カルヴァスは、深く頷いた。
「なら、共同で判断する」
それは、命令ではない。
合意だ。
二人は、机を挟んで向き合う。
「選択肢は、三つあります」
セラフィナが整理する。
「第一。
王国の提案を受け、私が単独で戻る」
「却下だ」
即答。
「第二。
条件交渉を行い、
形式的な関係を維持したまま曖昧にする」
「……それも、ないな」
「ええ」
彼女は、同意した。
「では、第三」
セラフィナは、視線を上げる。
「王国の提案を、
公爵家として拒否する」
その言葉は、重い。
だが、逃げはない。
カルヴァスは、少し考えたあと、言った。
「理由を、整理しよう」
「はい」
「感情的な拒否では、意味がない」
「当然ですわ」
彼女は、静かに微笑む。
「第一に」
「王国は、責任の所在を明確にしない」
「第二に」
「彼らは、過去の行為について謝罪していない」
「第三に」
「私を“個人”として切り離そうとしている」
カルヴァスが、低く言った。
「つまり」
「関係性を、否定しています」
セラフィナは、淡々と締める。
「それは、私だけでなく、
公爵家そのものを軽んじる行為です」
沈黙。
だが、結論は出ている。
「……拒否だな」
カルヴァスが言う。
「はい」
セラフィナは、即答した。
「王国に戻る理由は、ありません」
その瞬間、
二人の間にあった最後の“遠慮”が消えた。
「では」
カルヴァスは、ペンを取る。
「公爵家として、返答する」
文面は、簡潔だった。
感情も、皮肉も、含まない。
だが、逃げ道も与えない。
――
「公爵夫人セラフィナは、
シュタインベルク公国の中枢であり、
いかなる外部勢力による個別交渉も受け付けない」
署名は、二つ。
カルヴァス・シュタインベルク。
セラフィナ・ヴァルシュタイン。
「……並びましたね」
セラフィナが、小さく言う。
「これが、初めてだな」
カルヴァスは、そう答えた。
「夫婦として、
同じ文書に署名するのは」
それは、誓いではない。
だが――
共同責任の始まりだった。
夜。
公爵邸の回廊で、二人は並んで歩いていた。
「後悔は?」
カルヴァスが、ふと聞く。
「ありません」
セラフィナは、即答した。
「一人で決めなかったことを、
特に」
彼は、少しだけ微笑んだ。
「……それは、私もだ」
王国からの返事は、まだ来ない。
だが、もう重要ではなかった。
二人は、
同じ場所に立ち、
同じ方向を見て、
同じ責任を引き受けた。
白い結婚は、
まだ制度としては白い。
だが――
決断の色は、完全に揃っていた。
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決断は、劇的な場面で下されるとは限らない。
むしろ本当に重要な決断ほど、
静かな執務室の机の上で、
淡々と行われるものだ。
シュタインベルク公国・公爵執務室。
窓から差し込む午後の光の中、
一通の書簡が机の中央に置かれていた。
王国の封蝋。
それだけで、内容は察しがつく。
「……条件付き、か」
カルヴァスが低く呟く。
「ええ」
セラフィナは、冷静に頷いた。
「“公爵夫人としてではなく、
王国貴族としての復帰”だそうです」
言葉にすれば、丁寧だ。
だが、意味は単純だった。
――戻ってこい。
ただし、今の立場は捨てろ。
「……随分と、都合がいい」
カルヴァスの声に、感情が滲む。
彼は怒っていた。
それも、公爵としてではない。
夫として、だ。
「“白い結婚なのだから、
公爵家に深く関与しているわけではない”」
セラフィナは、書簡の文面をなぞるように言う。
「……そう、書いてあります」
「定義を、まだ誤っているな」
カルヴァスは、短く言った。
だが、彼は書簡を破り捨てなかった。
それが、彼の誠実さだ。
「セラフィナ」
彼は、彼女を見る。
「これは、君個人への提案だ」
「はい」
「だが、返答は――」
「一人で出すものではありません」
セラフィナが、はっきりと言った。
その一言で、空気が変わる。
「私は、公爵夫人としてここにいます」
彼女は続ける。
「今はもう、“一時的な滞在者”ではありません」
「……ああ」
カルヴァスは、深く頷いた。
「なら、共同で判断する」
それは、命令ではない。
合意だ。
二人は、机を挟んで向き合う。
「選択肢は、三つあります」
セラフィナが整理する。
「第一。
王国の提案を受け、私が単独で戻る」
「却下だ」
即答。
「第二。
条件交渉を行い、
形式的な関係を維持したまま曖昧にする」
「……それも、ないな」
「ええ」
彼女は、同意した。
「では、第三」
セラフィナは、視線を上げる。
「王国の提案を、
公爵家として拒否する」
その言葉は、重い。
だが、逃げはない。
カルヴァスは、少し考えたあと、言った。
「理由を、整理しよう」
「はい」
「感情的な拒否では、意味がない」
「当然ですわ」
彼女は、静かに微笑む。
「第一に」
「王国は、責任の所在を明確にしない」
「第二に」
「彼らは、過去の行為について謝罪していない」
「第三に」
「私を“個人”として切り離そうとしている」
カルヴァスが、低く言った。
「つまり」
「関係性を、否定しています」
セラフィナは、淡々と締める。
「それは、私だけでなく、
公爵家そのものを軽んじる行為です」
沈黙。
だが、結論は出ている。
「……拒否だな」
カルヴァスが言う。
「はい」
セラフィナは、即答した。
「王国に戻る理由は、ありません」
その瞬間、
二人の間にあった最後の“遠慮”が消えた。
「では」
カルヴァスは、ペンを取る。
「公爵家として、返答する」
文面は、簡潔だった。
感情も、皮肉も、含まない。
だが、逃げ道も与えない。
――
「公爵夫人セラフィナは、
シュタインベルク公国の中枢であり、
いかなる外部勢力による個別交渉も受け付けない」
署名は、二つ。
カルヴァス・シュタインベルク。
セラフィナ・ヴァルシュタイン。
「……並びましたね」
セラフィナが、小さく言う。
「これが、初めてだな」
カルヴァスは、そう答えた。
「夫婦として、
同じ文書に署名するのは」
それは、誓いではない。
だが――
共同責任の始まりだった。
夜。
公爵邸の回廊で、二人は並んで歩いていた。
「後悔は?」
カルヴァスが、ふと聞く。
「ありません」
セラフィナは、即答した。
「一人で決めなかったことを、
特に」
彼は、少しだけ微笑んだ。
「……それは、私もだ」
王国からの返事は、まだ来ない。
だが、もう重要ではなかった。
二人は、
同じ場所に立ち、
同じ方向を見て、
同じ責任を引き受けた。
白い結婚は、
まだ制度としては白い。
だが――
決断の色は、完全に揃っていた。
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