婚約破棄された芋女ですが、北で砂糖を作ったら王国が甘くなりました

ふわふわ

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第十七話 白き粉は、権力の匂い

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 北甘味茶房の前には、今日も列ができていた。

 雪の積もる朝だというのに、農夫も、商人も、子供を連れた母親も、寒さを忘れたように並んでいる。

 目当ては一つ。

 ふわふわのパンケーキと、てんさい糖の白いシロップ。

 「甘いものは宴席でしか食べられない」

 その常識が、崩れた瞬間だった。

 私は二階の窓から、その光景を見下ろす。

 胸の奥が、静かに熱を帯びる。

 これは成功だ。

 だが、成功は同時に――匂う。

 金の匂い。

 権力の匂い。

 そして、妬みの匂い。

 昼過ぎ、客足が一段落した頃、重たい扉が開いた。

 入ってきたのは、王都の商人風の男。

 上質な外套。滑らかな革靴。無駄に整えられた髭。

 私はすぐに理解する。

 “調査”だ。

「こちらが噂の……北の甘味屋ですか」

「ええ。ご注文は?」

 男は店内を見回す。

 壁にかかった乾燥棚。

 白い粉の保管瓶。

 鉄板。

 そして客の表情。

 その目が、細くなる。

「砂糖はどこから?」

「領内ですわ」

「は?」

「ビート公爵家の畑で育てたものです」

 男の目が一瞬、揺れる。

 輸入品ではない。

 関税を通らない。

 つまり、王都商人の利権外。

「南国産では……ない?」

「寒冷地向きの作物ですもの」

 私はにこりと笑う。

 男は黙ったままパンケーキを注文した。

 一口。

 沈黙。

 そして。

「……これは、危険だ」

 思わず漏れた本音。

 私は首を傾げる。

「甘味が日常になるのは、危険ですかな?」

 男は何も答えない。

 ただ、目の奥で計算を始めている。

 私は理解する。

 てんさい糖は、ただの甘味ではない。

 価格破壊。

 利権破壊。

 王都の砂糖商人は、南方航路に命をかけている。

 莫大な投資。

 船団。

 港湾税。

 それが、北の根菜で崩れる。

 当然、黙ってはいない。

 その日の夕刻。

 父、公爵が執務室に私を呼んだ。

「王都から正式な問い合わせが来た」

「早いですわね」

「“砂糖の製法を公開せよ”だ」

 私は静かに笑う。

 来ると思っていた。

「断ります」

 父は私を見る。

「覚悟はあるか?」

「ございます」

 白い砂糖は、まだ完全独占。

 精製法も、結晶化の工程も、外には出していない。

 研究棟の中だけ。

 厳重管理。

「敵を作るぞ」

「もう作っております」

 王太子は私を“芋女”と蔑んだ。

 今は“砂糖女”と呼ばれているらしい。

 どちらでも構わない。

 呼ばれるだけの存在になった。

 それが重要。

「王都は、北に圧力をかけてくるだろう」

「税ですか?」

「あるいは規制だ」

 甘味を奢侈品と定義し、特別税を課す。

 十分にあり得る。

 私は机に指を置く。

「でしたら」

 父が目を細める。

「砂糖は売りません」

「……何だと?」

「砂糖単体ではなく、製品として売ります」

 パンケーキ。

 菓子。

 完成品。

 製品は“食事”。

 原料ではない。

 税の分類が変わる。

 父は低く笑う。

「転生者の頭は厄介だな」

「褒め言葉として受け取りますわ」

 北甘味茶房は、第二段階へ進む。

 私は新商品を出した。

 ふわふわスコーン。

 てんさい糖クッキー。

 白砂糖を使った薄焼き菓子。

 そして。

 “砂糖細工”。

 王都で貴族だけが見せびらかしていた白い彫刻。

 それを、北の子供が眺める。

 触れる。

 買える。

 王都が震える理由は、そこにある。

 甘味は、権力の象徴だった。

 それが民衆に降りた。

 革命に近い。

 数日後。

 王都から勅使が来た。

 王太子の名で。

「北の砂糖は王家管理下に置く」

 やはり来た。

 私は応接室で、正面から受ける。

「理由を」

「国家戦略物資である」

「甘味が?」

「砂糖は金だ」

 正しい。

 だからこそ、渡さない。

「では、買い取ってくださいませ」

 勅使は眉をひそめる。

「王家が?」

「市場価格で」

 今の価格。

 莫大だ。

 南国輸入と同等。

 勅使は黙る。

 払えない。

 北は既に豊かになり始めている。

 てんさい糖で農民の収入が上がり、

 加工業で雇用が生まれ、

 茶房が観光を呼び込む。

 北は、もはや寒村ではない。

「断るなら、どうなる」

 勅使の目が冷える。

 私は微笑む。

「砂糖を止めます」

「何?」

「北は自給できますが、王都はできません」

 沈黙。

 王都にスイーツの出せる店はない。

 甘味は南方頼み。

 輸送が止まれば、終わる。

 私は静かに告げる。

「甘味は贅沢ですが、今や民の楽しみですわ」

 勅使は言葉を失う。

 王都はまだ理解していない。

 砂糖は、単なる嗜好品ではない。

 “期待”だ。

 甘味を知った民衆は、元に戻れない。

 それは歴史が証明している。

 勅使が去った後、私は窓の外を見る。

 白い雪。

 白い砂糖。

 同じ色。

 だが意味は違う。

 雪は寒さの象徴。

 砂糖は温もりの象徴。

 北は寒い。

 だが甘い。

 私は小さく呟く。

「芋女、結構」

 大根のような根菜が、

 金に化ける。

 そして今、

 白い粉は、権力に化けようとしている。

 北のお菓子の国は、甘さだけでは終わらない。

 政治の中心へ、静かに歩み始めていた。
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