婚約破棄された芋女ですが、北で砂糖を作ったら王国が甘くなりました

ふわふわ

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第二十四話 甘味と王冠

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第二十四話 甘味と王冠

 王太子が北に到着したのは、凍てつくような青空の下だった。

 吐く息が白く、足元の石畳はきりりと冷えている。

 王都の柔らかな空気とは違う、張り詰めた寒気。

 彼はマントを深く羽織りながら、街を見渡した。

「……聞いていたより、整っているな」

 その第一声を、私ははっきりと聞いた。

 かつて私を婚約破棄した人。

 そして今、北の繁栄を確かめに来た王太子。

 私は一歩前へ出る。

「ようこそ、北へ。殿下」

 視線が合う。

 彼の目には驚きがあった。

 かつての“芋女”ではない。

 領地を潤す公爵令嬢が立っている。

 街を案内する。

 市場。

 製糖工房。

 乾燥室。

 氷室。

 そして最後に、甘味茶房。

 扉を開けた瞬間、甘い香りが広がる。

 王太子は思わず足を止めた。

「これが……」

「北の甘味です」

 焼き上がったばかりのパンケーキ。

 白砂糖をまぶし、てんさいシロップを添える。

 ふわりと湯気が立つ。

 彼は口に運ぶ。

 沈黙。

 そして、小さく息を吐いた。

「柔らかい……」

 この世界には硬いパンしかない。

 ふわふわは、奇跡だ。

「魔法ではありません」

 私は言う。

「環境と技術の積み重ねです」

 彼は黙ってうなずく。

 街の子供が窓越しに笑っている。

 甘味を分け合い、手を振る。

 王太子の視線が揺れる。

「……王都では、ここまでにはならない」

「なりません」

 私は即答する。

「北だからこそ、です」

 寒さ。

 低湿度。

 てんさいの糖度。

 天然冷蔵庫。

 すべてが重なった結果。

 王都は再現できるが、超えられない。

 彼は歩きながら言う。

「再び、協力関係を結べないか」

 来た。

 予想していた言葉。

「婚約の話ではありません」

 彼は続ける。

「経済の話だ」

 私は足を止める。

「北は独立していません。王国の一部です」

「だが、主導権は握っている」

 その言葉に、私は微笑む。

「殿下は、甘味を“力”と理解されたのですね」

 彼は否定しなかった。

 甘味は娯楽。

 だが今は産業。

 税収。

 交易。

 雇用。

 王国財政にも影響を与える。

「北の砂糖を、王国全体の基盤にしたい」

 それは悪い提案ではない。

 だが私は問う。

「条件は?」

 彼は静かに答える。

「北の自治を保証する」

 私は目を細める。

 婚約破棄の時、彼は私を切り捨てた。

 今は必要としている。

 皮肉だ。

「私は殿下を恨んでおりません」

 彼はわずかに驚く。

「ですが、戻ることもありません」

「……そうか」

「北は北として協力します」

 対等な立場で。

 依存ではなく、契約。

 彼はしばらく沈黙し、やがて頷いた。

「理解した」

 その瞬間、私は確信する。

 私はもう、選ばれる側ではない。

 選ぶ側だ。

 夕刻、王太子は帰路につく。

 去り際、振り返った。

「北は、見事だった」

「ありがとうございます」

 それだけで十分。

 夜、茶房は静かだ。

 窓の外に星が瞬く。

 私は白砂糖の結晶を指でつまむ。

 甘味は絶望から始まった。

 カフェは不可能と言われた。

 砂糖は高すぎた。

 乳は腐った。

 蜂蜜も高価。

 林檎は酸っぱく渋い。

 だが、てんさいがあった。

 寒さがあった。

 知識があった。

 そして、諦めなかった。

 父が隣に立つ。

「王太子はどうだった」

「学ぶ人でした」

「敵ではないか」

「敵でもありません」

 私は窓を開ける。

 冷たい風が入る。

 この冷えが甘味を守る。

「北はもう、“寒村”ではありません」

 北のお菓子の国。

 その名は王都にも届いた。

 そして今、王国の未来は甘く動き始めている。

 婚約破棄は、終わりではなかった。

 甘味の王冠は、すでに私の手にあるのだから。
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