婚約破棄された芋女ですが、北で砂糖を作ったら王国が甘くなりました

ふわふわ

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第二十五話 甘味の戴冠式

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第二十五話 甘味の戴冠式

 王太子の訪問から数週間。

 北の名は、もはや噂ではなく事実として王国に広がっていた。

 白砂糖は王都の貴族の間で「北晶」と呼ばれ、贈答品の定番になる。

 てんさいシロップは庶民の台所に入り込み、硬い黒パンに甘い救いを与えた。

 甘味は、贅沢から日常へと静かに浸透していく。

 私は工房の最上階から街を見下ろす。

 煙突から立ちのぼる白い蒸気。

 乾燥室で粉を守る職人たち。

 氷室から運ばれる乳。

 すべてが滑らかに回っている。

「お嬢様」

 書記官が駆け込んでくる。

「王都議会が正式に“北製糖法”を王国標準に採用するとの決議を」

 私は静かに息を吐く。

 ついに、来た。

 技術が制度になる瞬間。

 個人の挑戦が、国家の基盤へと変わる瞬間。

 父が深く頷く。

「よくやったな」

「まだ途中ですわ」

 私は微笑む。

 甘味は終点ではない。

 始まりだ。

 議会決議の条件は明確だった。

 北は王国へ製糖技術を供与する。

 代わりに、てんさい栽培の主導権と北の自治権を保証。

 税率は固定。

 干渉は最小限。

 契約書を読みながら、私は思う。

 婚約破棄されたあの日。

 私は価値がないと判断された。

 だが今、王国は私の技術を必要としている。

 それだけで十分だった。

 夕刻、甘味茶房で祝宴が開かれる。

 特別な日だ。

 新作が並ぶ。

 白砂糖を使った軽やかなケーキ。

 ふわふわのパンケーキ。

 てんさいキャラメル。

 そして、公爵芋を使った薄切り揚げ菓子。

「芋女」と嘲られた名は、今や誇りだ。

 私は杯を掲げる。

「北の甘味に」

 職人たちが声を合わせる。

「北の甘味に!」

 甘い香りが満ちる。

 そのとき、外から歓声が上がった。

 広場に人が集まっている。

 私は外へ出る。

 子供たちが大きな看板を掲げている。

 そこには書かれていた。

 ――北のお菓子の国、ここに在り。

 胸の奥が熱くなる。

 私は一瞬、目を閉じた。

 絶望した日を思い出す。

 砂糖は高すぎた。

 乳は腐った。

 蜂蜜も林檎も使えない。

 カフェは夢物語。

 だが、寒さに気づいた。

 湿度に気づいた。

 てんさいに気づいた。

 そして、魔法ではなく、理で積み上げた。

 夜、父と二人きりで話す。

「これで、王太子はもう何も言えまい」

「ええ」

 私は静かに答える。

「婚約は戻りません」

「未練はないか」

「ありませんわ」

 甘味は私を強くした。

 誰かに選ばれる未来ではなく、自分で選ぶ未来を。

 窓の外、星が瞬く。

 白砂糖のように。

 その光は、もう消えない。

 数日後、王都から正式な勅書が届く。

 北公爵令嬢に、王国経済顧問の称号を授与。

 私はそれを受け取り、ゆっくりと折りたたむ。

 肩書きは飾り。

 本当の力は、甘味の流通。

 市場。

 人の笑顔。

 茶房の灯り。

 それが王冠だ。

 私はカウンターに立つ。

 焼き上がったばかりのパンケーキを皿に乗せる。

 甘い湯気が立ちのぼる。

 かつて不可能と言われたもの。

 今や王国を動かす力。

 私は静かに呟く。

「ざまあ、ですわね」

 誰に向けた言葉かは、もう重要ではない。

 甘味の戴冠式は終わった。

 そして北は、真に豊かな地となった。

 婚約破棄は、ただの序章。

 本当の物語は、ここから始まるのだから。
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