婚約破棄された芋女ですが、北で砂糖を作ったら王国が甘くなりました

ふわふわ

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第三十三話 甘味の代償

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第三十三話 甘味の代償

 王都で北の粉が売れ始めてから、三か月。

 予想通りというべきか、最初に悲鳴を上げたのは菓子組合ではなく、歯医者だった。

「令嬢様……虫歯が、急増しております」

 学院に併設した診療室で、老医師が深刻な顔をして報告する。

「甘味の普及は、喜ばしいことではありますが……このままでは歯を失う者が続出します」

 私は黙って机に置かれた報告書を見る。確かに、子どもたちの虫歯率が目に見えて上がっている。

 甘味は光だ。だが、光には影がある。

「歯磨きの習慣は?」

「塩や灰でこする程度です。砂糖に対抗できるものではありません」

 ……やはり来たか。

 私は前世の記憶をたどる。

 砂糖の普及と同時に広がった“口腔ケア”。もし甘味の国を名乗るなら、その責任も背負わねばならない。

「学院に“歯科講座”を設けましょう」

「は?」

「甘味と歯はセットです」

 翌週、私は広場に立っていた。

「皆さま。甘味は幸せを運びます。しかし、歯を失えば、その幸せも味わえません」

 民衆がざわめく。

「ですから――歯を守る技術を教えます」

 灰と塩を改良し、細かく砕いた貝殻を混ぜる。乾燥ハーブを加え、口臭対策も兼ねる。簡易歯磨き粉の開発。

 子どもたちは面白がって歯を磨く。最初は泡も立たず味も微妙だが、やがて慣れる。

「甘いものを食べたら、歯を磨く」

 この習慣を文化にする。

 だが問題は、虫歯だけではなかった。

「南方で反発が起きています」

 書記が報告する。

「サトウキビ商人たちが“北糖は市場を荒らす”と」

 当然だ。

 南のプランテーションは、長年砂糖を独占してきた。北糖はその牙城を崩している。

「価格をさらに下げてきました」

「……価格戦争ですか」

 私は静かに頷く。

 だが、北には気候と技術がある。湿度三十の環境、封緘技術、白砂糖の精製法。

 単純な値下げでは負けない。

「品質で勝ちます」

 私は精製室に向かう。

 再結晶を三度行い、不純物を極限まで排除する。光にかざせば透き通る結晶。

「これは……宝石のようだ」

 工房長が呟く。

「南にはできません。湿気が多すぎる」

 北の寒冷地は、天然の乾燥室。

 条件が違うのだ。

 さらに私は打ち手を考える。

「“砂糖”ではなく、“粉”を売る」

「粉?」

「ベイキングパウダーを含む菓子用セット。甘味だけではなく、膨らむ体験を」

 王都でふわふわのパンケーキを食べた者は、もう硬いパンには戻れない。

 甘味は文化を変える。

 数日後、王都から新たな報告が届く。

「南の商人が北へ視察を希望」

「歓迎しましょう」

 私は笑う。

 敵ではない。競争相手だ。

 視察団が北を訪れた日、空気は乾いていた。

 彼らは工房に入り、粉を触り、湿度計を見て驚く。

「三十……?」

「ここでは、これが普通です」

 南の代表が言う。

「我々の地では、五十を下回ることはない」

「それが違いです」

 私は続ける。

「ですが、争う必要はありません。南はサトウキビの香りと風味がある。北は精製の純度がある」

 沈黙ののち、代表は頷いた。

「……共存、か」

 価格戦争は終わり、棲み分けが始まる。

 その夜、私は一人で工房を歩く。

 白い砂糖の袋が並ぶ。

 婚約破棄の日、絶望しかなかった。

 王都ではカフェは不可能。砂糖は高く、乳は腐り、粉は死ぬ。

 だが北では違った。

 寒さ、乾燥、氷室。

 不利だと思われた環境が、最大の武器だった。

 甘味の代償はある。

 虫歯、競争、利権争い。

 だが、それらも含めて“国を動かす”ということ。

 私は白い結晶を指でつまむ。

「甘いだけでは、終わりませんわ」

 北は、甘味の国であり、技術の国だ。

 光と影を抱えて、前に進む。

 そして、私はもう芋女ではない。

 甘味を設計する公爵令嬢だ。
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