婚約破棄された芋女ですが、北で砂糖を作ったら王国が甘くなりました

ふわふわ

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第三十八話 甘味の影、甘味の刃

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 王都に氷菓が定着したころ、最初の“事故”が起きた。

「北糖の氷菓で腹を壊した者がいる、と」

 書記が青ざめた顔で報告する。

「場所は?」

「王都南区。模倣店です」

 私は静かに息を吐いた。

 来ると思っていた。

 成功すれば、必ず模倣が出る。

 だが問題は模倣そのものではない。

 品質管理だ。

「乳の管理は?」

「不明です。氷も市井のものを使用したと」

 王都の市井の氷。

 つまり、衛生管理のない水。

 それを凍らせ、乳と混ぜればどうなるか。

 私は机に手を置く。

 怒りではない。

 計算だ。

「北糖の名を使っていますか?」

「はい」

 それは放置できない。

 甘味は信用で成り立つ。

「すぐに王都へ」

 王都南区の路地裏。

 問題の店は、北糖の看板を似せた粗末な木札を掲げていた。

 私は中に入る。

 乳は常温。

 氷は濁り、桶は湿気だらけ。

「……これでは当然です」

 店主は震えながら言う。

「北糖が儲けていると聞いて……」

 私は冷静に告げる。

「技術は模倣できます。管理はできません」

 即日、王都店に通達。

 北糖の名を冠するには、基準を満たすこと。

 ・湿度管理
 ・乳の冷却証明
 ・氷の水源管理
 ・粉の封緘検査

 王都新聞が大きく報じる。

 ――北糖、品質基準を公開。

 これが転機だった。

 模倣は減らない。

 だが“基準を満たした店”が増え始める。

 甘味は、個人の技ではなく、制度になる。

 王城からも連絡が入る。

「王妃殿下が、基準策定を評価されています」

 王家は理解している。

 甘味は民衆を惹きつける。

 だが無秩序は危険。

 私は王城へ赴く。

「甘味は刃にもなります」

 王妃は静かに言う。

「信用を失えば、民衆の不満は一瞬で広がる」

「承知しております」

「だからこそ、あなたに任せる」

 王家は管理ではなく、委任を選んだ。

 帰路、私は考える。

 甘味は光。

 だが影も生む。

 価格戦争、模倣、品質問題。

 それでも止めない。

 北へ戻ると、学院で新講座が始まっていた。

「衛生管理と保存学」

 白い砂糖は、ただ甘いだけではない。

 文化を作り、制度を作る。

 夜、私は工房を歩く。

 氷室、乾燥室、精製室。

 すべてが静かに稼働している。

 婚約破棄の日、私は一人だった。

 今は違う。

 職人、学生、商人。

 北糖は共同体だ。

「甘味の影も、設計できますわ」

 私は窓を開ける。

 冷たい北風が頬を撫でる。

 王都では湿度五十五。

 ここでは三十。

 この差が、すべてを生んだ。

 甘味は、刃にも盾にもなる。

 だからこそ、握るのは慎重に。

 私は静かに微笑む。

 北のお菓子の国は、次の段階へ進んでいる。
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