善夜家のオメガ

みこと

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「辛かったね。でも大丈夫だよ。佑月は必ず幸せになれるよ。」

葉月と詩月は帰ってくると直ぐに佑月の様子がいつもと違うことに気が付いた。そして一通り話を聞いていつものように慰める。
泣き疲れた佑月はそのまま眠ってしまった。

「天沢のアルファはバカだね。」

「ね。本当に上位アルファなのか?ベータなんじゃないの?バカだから天沢はベータしか産まれなくなっちゃったんじゃない。」

「まぁ、いいよ。必ず後悔するから。」

「ふふふ。そうだね。」

詩月は眠っている佑月の頭をそっと撫でた。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



土曜日の午前中の善夜家は何やらざわざわとしている。
普段なら皆のんびりと過ごす日だ。家政婦も住み込みの章子以外は休む者も多い。
それが皆出勤し掃除をしたり花を飾ったりと忙しそうに働いている。

「佑月、ちょっといらっしゃい。」

着飾った真知子に呼ばれて書斎に入る。中では顧問弁護士の入江や秘書たちが電話をしたりパソコンで何かを確認したりと忙しいそうだ。
デコラティブな応接セットの一人掛けソファーに悠々と座った真知子の前に座る。豪華なそれは佑月の体をゆっくりと受け入れた。

「これ。」

小さなリモコンキーをテーブルの上にコトリと置いた。

「…?」

「涼さんと一緒に暮らすマンションの部屋の鍵よ。エレベーターもそれで動くから無くさないように。本当にあなたはおっちょこちょいなんだから。」

「え?涼様?」

「そうよ。明日からそちらに移りなさい。住めるようにはなってるらしいわ。何なら今日からでもいいのよ。」

「な、何で…?」

何故急に?
結婚は決まったが、その後何も変化はなかった。真知子もそのことには一切触れてこなかった。
それが急に一緒に暮らすだなんて…。もちろん涼からも何もアクションはない。最も連絡先すら知らない。涼も佑月に聞いてこなかった。
あれからひと月経ち、あれは夢だったのではないかと思っていたくらいだ。
大学で涼を一度だけ見かけたことがある。いつも通り取り巻きに囲まれて佑月には気がついていなかった。

「詩月のことが漏れたのよ。今日の夕方親族たちに発表するの。でもあなたがまだ嫁いでいないのに詩月が先に番いを持っただなんて知られたら…。」

大きくため息をついてこめかみを指で押さえる。
『私の管理不足だと言われるわ。』そう言って真知子は顔を歪めた。

「あなたの方が先に婚約していたことにしたいのよ。天沢さんにも頭を下げて頼んだわ。物理的な証拠としてあなたと涼さんが既に同棲してることにしたの。叔母さんたちに何か聞かれてもそう答えなさいね。」

拒否どころか質問も許さないといった態度だ。
マンションの場所はスマホに送るとだけ言い残し秘書たちと部屋を出て行った。

「ここを出て行けってことか…。」

テーブルに置かれたスマートキーをそっと手に取って握りしめた。




分家のうるさ方を何とか黙らせて、詩月の番いを持った件と佑月の婚約の件は何とか上手く誤魔化すことが出来た。
真知子の気迫に黙らされたと言った様子だ。
粛々と執り行われた祝賀会が終わる頃には佑月たち三人も疲れてぐったりだった。




「人の人生に口出しし過ぎだろ。」

「本当!アイツらほとんどアルファのくせに。オメガの気持ちなんて分からないんだ。」

夜遅くにようやく解放されて皆で詩月の部屋に集まる。葉月も詩月もずっとイライラしていた。発表会や祝賀会中、小さい声で『あのクソババア』『おまえには関係ないだろ』と毒付く声が何度か聞こえた。

「あー、本当にイライラする!」

そう言いながら葉月がくすみブルーのクッションをドアに投げつけた。クッションはぽずんと音を立てて床に落ちるとそのドアがコンコンとノックされた。

「詩月…。」

そっとドアが開いて姿を見せたのは健人だ。章子の姿もチラリと見える。健人は章子に軽く頭を下げると部屋の中に入って来た。

「健人。」

「詩月!大丈夫か?みんなに嫌な事言われなかったか?」

詩月が心配で居ても立っていられなくてここへ来たのだろう。対応したのが章子じゃなければ帰されていたはずだ。
ベッドに座る詩月の隣にぴったりとくっついて腰掛け、優しくその背中を撫でている。

「僕は平気。ただムカついただけ。」

「そうか。」

佑月や葉月のことなんか全く目に入って居ない様子で心配そうに詩月の顔を見ている。

「ねぇ、どうやって入って来たの?」

「え?あ、普通に。章子さんに案内されて。」

葉月が声を掛けるとようやく詩月以外の存在に気が付いたようだ。

「出てくれたの章子さんで良かったね。」

「うん。」

「それで二人は同棲する話はどうなったの?」

「う、それが…」

詩月と健人は二人でマンションを借りて同棲するつもりでいたが、互いの親が『まだ高校生だから』と言って反対されている。

「二人でってのがダメなんだ。高校生だから親という監視が必要だって。」

「うちの母さんもそんなようなこと言ってたよ。」

「おかしいよな。俺たち番いだよ?番いが離れて暮らすなんてあり得ないよ。」

健人は険しい顔で隣の詩月にぎゅっと抱きついた。

「健人、苦しいよ。」

「あ、ごめん。」

『ごめん、ごめん』と謝りながら詩月の身体や頭を撫でたりしている。健人は番いになってさらにスキンシップが増えた。

「ていうことは監視があれば一緒に住んでいいってことだろ?どっちかの家に同居すればいいじゃん!」

葉月は良いことを思いついたとばかりに得意げに言った。

「なるほど…。そうか。よし!俺がこの家に住む。それだ!そうしよう!な?詩月!そしたらずっと一緒に居られる。」

立ち上がって今にも踊り出しそうな健人は詩月の顔を覗き込む。少し呆れたように詩月が微笑むと健人は満面の笑みで詩月を抱き上げた。

「ちょっと、健人、危ないから…」

「今日からここで同棲だ!」

「えぇ⁉︎今日から?」

「そうだよ。善は急げだ。」

詩月もテンションの高い健人に少し引き気味だが満更でもなさそうだ。

「佑月、葉月、今日からよろしくな。」

嬉しくて堪らないと言った様子の健人は詩月を横抱きにしたまま佑月と葉月に頭を下げた。

「あ、ごめん。僕明日からここに居ないんだ。」

申し訳なさそうにそう言った佑月を三人が目を丸くして見つめた。
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