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詩月
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「それで、何が方法はあるんですか?」
健人は真剣な面持ちで奈緒を見る。
奈緒は机の引き出しから手のひらのサイズのスプレーボトルを出した。それは薄いグリーンの液体で満たされている。
「これはね、ボストンに居たとき友達と作ったものなんだ…」
秘密を打ち明けるように小声になる。三人ともぐっと奈緒に近づいた。
中身はフェロモンを消す作用がある液体だと言っている。中国人の友人とアメリカの友人と三人で開発したものだった。
中国人の友人は実家が漢方の卸をしていた。そのおかげでありとあらゆる漢方薬を手に入れることが出来た。
彼の祖父がフェロモンに効果があると言っていた漢方薬をいくつか調合しいろいろな物を開発した。抑制剤、興奮剤といったものだ。そのときたまたま出来たのがフェロモンを消すこの液体だった。
「効果は半日くらい。ひと吹きで十分だ。身体に害はない。実験で実証済みだよ。違法なものは使っていない。」
奈緒は自慢げた。その表情からも効果の程が伺える。
「そんなすごいもの、世に出せば…。」
「それが出来なかった。まず、使用している漢方薬が希少で高額過ぎる。一グラムで何十万、下手したら何百万もする漢方薬を使う必要があるんだ。…そして教授に反対された。」
しかし金を払ってでも欲しい人間はごまんと居るだろう。
それなのに何故…。
「実験を中止しろと指示してきた教授には、これを使って新たな犯罪が生まれるからだと言われたよ。でも本当は違う。これが世に出ればバースの世界は大きく変わってしまうだろうからね。」
実験を重ねていけばさらにより良いものが出来るだろう。完全にフェロモンをコントロールすることさえ可能になるかもしれない。フェロモンを消すだけでなく、纏うこともできる。
それはベータやオメガがアルファのフェロモンを纏うことが可能になるということだ。もちろんオメガのフェロモンも。
皆がフェロモンをコントロールでき、フェロモンに縛られない世界が来るかもしれない。
アルファはそれが怖いのだ。自分たちの存在価値すら危うくなる。
「教授はアルファだった。アルファの教授たちが一斉に大反対してこの研究開発をやめさせらたんだ。資料も何もかも破棄させられた。調合の仕方やなんかも全部。」
「それじゃあ…」
「そ。今、世界にあるのはこの一つだけ。」
悪戯っぽい笑顔を三人に向けて奈緒がそのスプレーの容器を振った。
ゆらゆらと揺れる液体は陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
「そんな…。もう作れないの?」
「言ったろ?資料はぜーんぶ破棄させられた。データも紙も何もかも。」
健人たち三人はそのスプレーと奈緒を驚きと怒りが入り交じったような顔で交互にを見る。
「有り得ない!ノーベル賞ものの発明だよ?その貴重な資料を捨てるだなんて!」
葉月が憤っている。
「まぁね。確かに資料は捨てられた。徹底的に探されて微塵にも残っていない。だから全部破棄したとあの人たちは思ってる。」
「「「え?思ってる?」」」
「そう。でもここに入ってるものはさすがに無理だよね?」
ニヤリと笑う奈緒は自分の頭を指さした。
「これは学生の時に作ったものじゃない。葉月からの連絡を受けて作ったものだよ。作り方はぜんぶ僕の頭に入ってる。」
「じ、じゃあ…。」
「詩月、健人くん。自分が選んだ相手も自分を選んでくれるということはとても尊いことだよ。運命と巡り会えた君たちは本当にラッキーだ。真知子おばさんのことはうちの母からもよく聞いている。過去にいろいろあったみたいだけどね。でもそれは君たちには関係ない。君たちは結ばれるべきだ。」
二人はコクリと頷いて見つめ合った。
奈緒がその二人の顔の前に瓶を差し出す。
「高校生らしく節度を持って使うように。いいね?」
「ありがとうございますっ!」
健人が勢いよく頭を下げる。
「奈緒兄ちゃんありがとう…こんな貴重なもの。」
「そう。すご~く貴重なものだよ?友人に頼み込んで漢方薬を分けてもらった。ものすごく高額な漢方薬だ。」
緑色の液体が入ったボトルを振る奈緒の顔はニヤついている。
「あ、金なら俺が払います。いくらでも構いませんっ!カードは大丈夫ですか?」
ポケットから財布を取り出そうとする健人を奈緒が止めた。
「お金は要らない。その代わり…。」
葉月たち三人はもと来た道を戻る。
三人とも無言だ。奈緒にこのスプレーのことは固く口止めされた。
もちろん言うはずはない。
健人はやや緊張した面持ちで右手でデイバッグを大事そうに抱えている。まるで国宝級のお宝でも運んでいる気分だ。しかし左手はしっかりと詩月の手を握り時々二人で見つめ合っていた。
「よし。じゃあ早速試してみろよ。今日は母さんは居ないし。」
「は?」
家の前まで来ると葉月が唐突に言った。
試す?
何を?
詩月がきょとんとしている。
「だからその液体の効果だよ。奈緒兄を信じてないわけじゃないけど効果を見てみたいんだよ。あ、ウチでやるなよ?もし効果がなかったら困るからな。」
「そうだな!詩月、行こう!」
「えっ!ちょっと…え?」
葉月の意図が分かった健人が満面の笑みになる。詩月をぐいぐい引っ張って自分の家に連れて行こうとする。
「終わったら呼べよ~。僕が確認するからな!」
健人は真剣な面持ちで奈緒を見る。
奈緒は机の引き出しから手のひらのサイズのスプレーボトルを出した。それは薄いグリーンの液体で満たされている。
「これはね、ボストンに居たとき友達と作ったものなんだ…」
秘密を打ち明けるように小声になる。三人ともぐっと奈緒に近づいた。
中身はフェロモンを消す作用がある液体だと言っている。中国人の友人とアメリカの友人と三人で開発したものだった。
中国人の友人は実家が漢方の卸をしていた。そのおかげでありとあらゆる漢方薬を手に入れることが出来た。
彼の祖父がフェロモンに効果があると言っていた漢方薬をいくつか調合しいろいろな物を開発した。抑制剤、興奮剤といったものだ。そのときたまたま出来たのがフェロモンを消すこの液体だった。
「効果は半日くらい。ひと吹きで十分だ。身体に害はない。実験で実証済みだよ。違法なものは使っていない。」
奈緒は自慢げた。その表情からも効果の程が伺える。
「そんなすごいもの、世に出せば…。」
「それが出来なかった。まず、使用している漢方薬が希少で高額過ぎる。一グラムで何十万、下手したら何百万もする漢方薬を使う必要があるんだ。…そして教授に反対された。」
しかし金を払ってでも欲しい人間はごまんと居るだろう。
それなのに何故…。
「実験を中止しろと指示してきた教授には、これを使って新たな犯罪が生まれるからだと言われたよ。でも本当は違う。これが世に出ればバースの世界は大きく変わってしまうだろうからね。」
実験を重ねていけばさらにより良いものが出来るだろう。完全にフェロモンをコントロールすることさえ可能になるかもしれない。フェロモンを消すだけでなく、纏うこともできる。
それはベータやオメガがアルファのフェロモンを纏うことが可能になるということだ。もちろんオメガのフェロモンも。
皆がフェロモンをコントロールでき、フェロモンに縛られない世界が来るかもしれない。
アルファはそれが怖いのだ。自分たちの存在価値すら危うくなる。
「教授はアルファだった。アルファの教授たちが一斉に大反対してこの研究開発をやめさせらたんだ。資料も何もかも破棄させられた。調合の仕方やなんかも全部。」
「それじゃあ…」
「そ。今、世界にあるのはこの一つだけ。」
悪戯っぽい笑顔を三人に向けて奈緒がそのスプレーの容器を振った。
ゆらゆらと揺れる液体は陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
「そんな…。もう作れないの?」
「言ったろ?資料はぜーんぶ破棄させられた。データも紙も何もかも。」
健人たち三人はそのスプレーと奈緒を驚きと怒りが入り交じったような顔で交互にを見る。
「有り得ない!ノーベル賞ものの発明だよ?その貴重な資料を捨てるだなんて!」
葉月が憤っている。
「まぁね。確かに資料は捨てられた。徹底的に探されて微塵にも残っていない。だから全部破棄したとあの人たちは思ってる。」
「「「え?思ってる?」」」
「そう。でもここに入ってるものはさすがに無理だよね?」
ニヤリと笑う奈緒は自分の頭を指さした。
「これは学生の時に作ったものじゃない。葉月からの連絡を受けて作ったものだよ。作り方はぜんぶ僕の頭に入ってる。」
「じ、じゃあ…。」
「詩月、健人くん。自分が選んだ相手も自分を選んでくれるということはとても尊いことだよ。運命と巡り会えた君たちは本当にラッキーだ。真知子おばさんのことはうちの母からもよく聞いている。過去にいろいろあったみたいだけどね。でもそれは君たちには関係ない。君たちは結ばれるべきだ。」
二人はコクリと頷いて見つめ合った。
奈緒がその二人の顔の前に瓶を差し出す。
「高校生らしく節度を持って使うように。いいね?」
「ありがとうございますっ!」
健人が勢いよく頭を下げる。
「奈緒兄ちゃんありがとう…こんな貴重なもの。」
「そう。すご~く貴重なものだよ?友人に頼み込んで漢方薬を分けてもらった。ものすごく高額な漢方薬だ。」
緑色の液体が入ったボトルを振る奈緒の顔はニヤついている。
「あ、金なら俺が払います。いくらでも構いませんっ!カードは大丈夫ですか?」
ポケットから財布を取り出そうとする健人を奈緒が止めた。
「お金は要らない。その代わり…。」
葉月たち三人はもと来た道を戻る。
三人とも無言だ。奈緒にこのスプレーのことは固く口止めされた。
もちろん言うはずはない。
健人はやや緊張した面持ちで右手でデイバッグを大事そうに抱えている。まるで国宝級のお宝でも運んでいる気分だ。しかし左手はしっかりと詩月の手を握り時々二人で見つめ合っていた。
「よし。じゃあ早速試してみろよ。今日は母さんは居ないし。」
「は?」
家の前まで来ると葉月が唐突に言った。
試す?
何を?
詩月がきょとんとしている。
「だからその液体の効果だよ。奈緒兄を信じてないわけじゃないけど効果を見てみたいんだよ。あ、ウチでやるなよ?もし効果がなかったら困るからな。」
「そうだな!詩月、行こう!」
「えっ!ちょっと…え?」
葉月の意図が分かった健人が満面の笑みになる。詩月をぐいぐい引っ張って自分の家に連れて行こうとする。
「終わったら呼べよ~。僕が確認するからな!」
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