善夜家のオメガ

みこと

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奈緒

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「見た~?今週の『運命はその手の中に』」

「見た見た!あの母親やばいよね~。」

白鳥ゼミのメンバーと大学のカフェテリアでランチを摂っていた。
近くの女学生がスマホを見ながらきゃっきゃと楽しそうに話す声が聞こえる。
最近流行っているネット配信のドラマのようだ。
運命の番いたちとにそれを引き裂こうとする母親の壮絶なバトルを描いた内容でバース好きベータの女子に人気らしい。

「佑月、佑月と涼くんも運命なんだろ?」

隣でパスタを食べている佑月に話しかけた。

「え、はい…。」

頬を赤らめて頷く。
そんな姿は本当にかわいらしい。涼は骨抜きのようだが、
雪也は全く心が動かない。
子猫をかわいいと思うのと同じ気持ちだ。

「前に言っていた従兄弟?親戚かな?科学的にそれを証明できるんだっけ?」

「はい。従兄弟です。僕の弟とその番いも科学的に証明できたようです。」

「へぇ…。それは…」

運命を科学的に証明。
興味が湧いて身を乗り出す。その時、佑月のスマホが鳴った。

「あ、ちょっとすいません。」

電話に出た佑月が雪也に背を向けてひそひそと話をしている。相手は涼君ではないようだ。

「うん、うん。涼君、夕方ならいいって…。R大の研究棟?待ち合わせてくれるの?うん、ありがとう。カフェ…。駅前の…え?あ、その…」

R大。
従兄弟がいる大学か。
会う約束をしているようだ。佑月は電話で話をしているうちに徐々に声が小さくなり顔も赤くなる。何故か恥ずかしがっている。

「うん、じゃあ、なおにいちゃんも…。」

そう言って通話を終了した。
雪也は佑月の最後の言葉にピクリと反応する。
『なおにいちゃん』
確かそう聞こえた。
通話を終了し、メッセージを送っている佑月を見つめる。
珍しい名前ではない。
佑月に話しかけようとするとまた通話を始めた。
今度は涼のようだ。
ふわふわとフェロモンを漂わせ、嬉しそうに話をしている。
周りのアルファたちがそわそわしだした。
話しかけるのを諦めて雪也は席を立った。



それから雪也は忙しく過ごした。自分の研究論文を仕上げなければならず、なかなかT大に行けない日が続いた。
来年度からT大に来ないかと誘われている。
白鳥には恩もあるのでその話を受けようかと考えていた。
目まぐるしく働き、家には寝に帰るだけ。疲労と睡眠不足が続いている。せめてあの匂いだけでも感じたい。
時折り佑月から香る奈緒のフェロモン。
奈緒に無性に会いたい。
忙しいのに奈緒の事ばかり考えてしまう。
良くない兆候だ。
自分はだいぶ疲れが溜まっているのだなと思い、気分転換に外に出ることにした。
電車に乗り都心部へ向かう。ついでに白鳥の所へも行く予定だ。
すっかり行き慣れたT大までの道のりを電車に揺られている。
今日は季節外れの暖かさだ。雪也は来ていたコートを脱ぎ、右腕にかけた。
最寄駅で降り、T大に向かう雪也の前に知った後ろ姿が見えた。
佑月と涼だ。
二人は手を繋ぎ、寄り添って歩いている。
見ているだけでも幸せな光景だ。
二人でT大まで行くのかと思いきや、信号の手前で曲がる。
ほんの出来心だ。
何となく後をつけていた。幸せな光景をもっと見ていたかったのかもしれない。
涼は自然と車道側を歩き佑月を守るように位置を変えながら歩いている。

『cafe オ・デトゥ』

小洒落たな看板の前で二人は立ち止まった。
入り口でスマホを確認した二人は中に入って行った。
カフェの扉が閉まり二人が見えなくなってふと我に帰る。
雪也はまるでストーカーのように付け回してしまった自分に苦笑いした。
バカなことはやめて戻ろうと思いながらカフェの窓に目をやる。

「え…?」

自分が見た光景が信じられずしばらく固まって動けなかった。
佑月と涼、それからもう一人が窓際の席に座っている。
三人は顔見知りのようで笑顔で話をしていた。
佑月と涼に笑いかける男。
笑うと優しく垂れる目。
この十年思い出さない日はなかった笑顔。
奈緒だ。
奈緒がいる。
間違いない。奈緒だ。
雪也はふらふらとカフェに向かって歩き出す。
狂うほど焦がれた奈緒がいる。
自分がバカだったために傷付け、何もかも捨てさせてしまった愛しい人。

『カランカラン』
カフェの扉を開けると入り口のカウベルが優しい音色を立てた。
寄ってくる店員を手で制し奥へ進む。
窓際の観葉植物の影の席。
ふらりと歩くと奈緒が見えた。
雪也に背を向けて座る佑月と涼に笑いかけながら話をしている。
心臓が早鐘のように鳴り、息が苦しい。
大声で叫びたかったが、喉が絞られたようになり声が出ない。
ただ立ち尽くして奈緒を凝視していた。

話し込んでいた奈緒が視線に気付き、ゆっくりとその方向を向く。
固まっている雪也を見て目を見開いた。

「ゆ、きや…」

ポツリと口から漏れる出る声。
佑月たちも異変に気付き、奈緒の視線の方を振り返る、
その先には蒼白で立ち尽くす雪也が居た。

「え?雪也さん?奈緒兄ちゃん?」

二人のただならぬ様子に佑月と涼が二人を交互に見る。
しかし雪也の目には佑月も涼も入ってない。
ふらふらと奈緒に近く。

「奈緒…奈緒…」

雪也が奈緒に縋るように左手を差し出す。奈緒がその手に視線を移すと目を見開いた。

「いや、嫌だ…。」

小さく呟くとガタンと音を立てて立ち上がり雪也の手を払って逃げた。
雪也の左手の薬指を見てしまった。
そこにはめられた指輪。
やはり雪也には…。
奈緒が指輪を見たことに気づいた雪也がハッとする。

「ち、違う。これは…」

奈緒が雪也を突き飛ばしカフェの外に出ようとする。
同じだ。
十年前と同じ。
また誤解されたままになってしまう。
雪也はカフェから出た奈緒を追いかけた。

「奈緒!待ってくれ。違うんだ。」 

奈緒は振りかえらず走る。雪也も全力で追った。
奈緒を追いかけるのに夢中な雪也は、自分に車が向かっていることに気が付かず飛び出してしまった。

「危ない!!」

車のブレーキ音が響く。ドンと言う音とともに周りの人たちの悲鳴やざわめきが聞こえた。
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