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葉月
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「何なんだ。私は忙しいんだ。」
この上なく不機嫌なサイードをアーシムは何とか車に乗せた。
あのメールを見た後、いろいろ確認や調整をしサイードを連れ出したのだ。
「どこのバカだ。こんな忙しい時に。それにアリュールホテルだと?あんな辺鄙な場所の二流ホテルにこの私を…。」
アーシムは後部座席で不貞腐れるサイードとともに王都の外れにあるホテルに向かっている。
王都の中心には世界各国から一流ホテルがチェーン展開している。サイードはそういったホテルにしか行ったことがない。
今向かっているホテルは五つ星でもなく、一般観光客向けの最近建てられたホテルだ。
車中、ずっと文句を言っているサイードを宥めながら目的のホテルの少し手前でアーシムは車を停めた。
シェイク・ザイード・グランド・モスクを真似て造った建物だ。実物よりかなり小さいが、アラビア情緒たっぷりの見た目に観光客はきっと喜ぶだろう。
サイードにとっては二流だが、十分良いホテルだ。
「殿下、大変申し訳ございませんがこちらに…。」
「はぁ⁉︎」
アーシムはサイードにシャツとスラックスを渡した。
ここで着替えろと言っている。それを見たサイードが思いっきり顔を顰める。
「どういうことだ!何で私がこんなこと。」
機嫌が悪い上に訳のわからないことまで頼まれてサイードの怒りは爆発寸前だ。
「もう帰る。車を出せ!」
そう喚くサイードにアーシムは仕方なく一枚のメモを見せた。
どこに盗聴器が仕掛けられているのか分からない。なので何も言えなかったのだ。
「え?本当か?」
そのメモを見てぴたりと大人しくなったサイードは急いでシャツとスラックスに着替えた。さらにアーシムが用意してくれていたメガネをかけマスクをする。
「行くぞ。」
エントランスでボーイに車を預けるとサイードたちは目的の部屋に向かった。
「ここか。」
501と書かれた部屋の前で二人は立ち止まる。
「ええ。」
アーシムが頷くとサイードはインターホンを押した。
しばらくするとドアが細く開いた。その隙間からふわりと流れてくるフェロモン。
顔を見なくてもサイードには分かった。
するりと中に滑り込むとそのフェロモンの主を抱きしめた。
そしてその後ろから入ってきたアーシムがそっとドアを閉める。
「葉月っ!」
「サイード、く、苦しい。」
嬉しくて力一杯抱きしめてしまい慌てて緩める。
「すまない。葉月…どうしたんだ急に。」
「うん。ごめん、その、どうしても会いたくて…。」
葉月が恥ずかしそうに頬を赤らめる。その顔を見たサイードがううっと低く唸ってまたキツく抱きしめた。
「サイード、苦しいよ。」
「葉月、俺も会いたかった。」
「うん。」
二人はうっとりと見つめ合う。もう完全に二人の世界だ。
「一人で来たのか?」
「うん。自分でチケット取ってホテルも予約した。空港近くのホテルはどこも満室で、中東っぽい外観と部屋の中もかわいかったからここにしたんだけど、サイードの家からはちょっと遠かったみたい。ごめん。」
「何で謝るんだ。めちゃくちゃ嬉しいぞ。それに葉月が選んだだけあって良いホテルじゃないか。内装もかわいいし、すごく良い。」
デレデレしているサイードをアーシムが二度見した。二流だの何だのとあんなに文句を言っていたのに、どの口が…という顔をしている。
「本当?良かったぁ。」
「二日続けて電話出来ないなんて言うから…。明日もダメなら俺が日本に乗り込むところだった。」
「ふふふ。だって飛行機の中だったし…。」
左腕でしっかりと葉月の腰に手を回し、右手で頬を撫でたり髪を撫でたりしている。
「それにアーシムじゃなくて俺に直接言えばいいだろ?俺のジェットで迎えに行ったのに。ホテルだって…」
少し拗ねたよう優しく詰る。先にアーシムに連絡したことに嫉妬しているのだ。
「サイード、忙しそうだったから。疲れた顔してたし。アーシムさんに聞いてダメなら日本に帰ろうかと思って。」
「ダメなわけない。おまえが最優先だ。」
サイードが葉月の顔にちゅっちゅっとキスをし始めた。嬉しくて堪らないといった様子だ。
先ほどまで不貞腐れて超絶に不機嫌だった男とは思えないほどの変わりっぷりに、アーシムは呆れ気味だ。
ホテルの前で帰ると駄々をこねたので、メモ用紙に葉月が来ていると書いて見せると、ころりと態度を変えた。
アーシムに突っ返した洋服を奪い取り、瞬時に着替え、スキップするような足取りでこの部屋まで来たのだ。
サイードの機嫌を取るには葉月しかない。
そしてこれは使える。改めてアーシムは実感した。
「えー、ゴホン。」
顔中にしていたキスが唇に集中してきたのでアーシムが咳払いをした。ハッとサイードと葉月が我に帰る。
「何だ、おまえはまだ居たのか。」
「はい。私はいつもどんな時でも近くにおります。」
葉月は恥ずかしそうにサイードの胸に顔を埋めている。サイードはそんな葉月のかわいい姿をアーシムに見られたくないようですっぽりと隠してしまった。
「もういい。早く出て行ってくれ。」
面倒くさそうに言うサイードにアーシムは全く動じない。
「承知しました。では明日の朝お迎えにあがります。私は隣の部屋におりますので、御用の際は…」
「明日の朝?明日の予定は全部キャンセルしろ。」
「それは致しかねます。明日は中東諸国の首相や、王族たちとの…」
「キャンセルだ。」
「殿下それは…」
揉め始めた二人に葉月が困ったように顔を上げた。
「サイード、アーシムさん、ごめん。僕が急に来るから。」
申し訳なさそうに謝るとサイードが焦った顔をする。
「は、葉月は何も悪くない。」
「でも…。僕は大丈夫だから仕事してきてよ。」
「だが、せっかく来てくれたのに…。葉月にアグニアを見せてやりたい。」
「ううん、いいんだ。僕、観光に来た訳じゃないから。サイードに会いに来ただけだから。」
その言葉にサイードが右手で顔を覆い天を青く。そして顔真っ赤にして低く呻いていた。
「そんなかわいいこと言われたら…。余計に行きたくない。…でも、はあ…分かったよ。出来るだけ早く戻って来る。夜はたっぷりかわいがってやるからな。」
「え、ちょっとっ!」
恥ずかしがる葉月を抱きしめてまたキスをし始める。
そんなサイードをアーシムが呆れたような冷めた目で見つめていた。
この上なく不機嫌なサイードをアーシムは何とか車に乗せた。
あのメールを見た後、いろいろ確認や調整をしサイードを連れ出したのだ。
「どこのバカだ。こんな忙しい時に。それにアリュールホテルだと?あんな辺鄙な場所の二流ホテルにこの私を…。」
アーシムは後部座席で不貞腐れるサイードとともに王都の外れにあるホテルに向かっている。
王都の中心には世界各国から一流ホテルがチェーン展開している。サイードはそういったホテルにしか行ったことがない。
今向かっているホテルは五つ星でもなく、一般観光客向けの最近建てられたホテルだ。
車中、ずっと文句を言っているサイードを宥めながら目的のホテルの少し手前でアーシムは車を停めた。
シェイク・ザイード・グランド・モスクを真似て造った建物だ。実物よりかなり小さいが、アラビア情緒たっぷりの見た目に観光客はきっと喜ぶだろう。
サイードにとっては二流だが、十分良いホテルだ。
「殿下、大変申し訳ございませんがこちらに…。」
「はぁ⁉︎」
アーシムはサイードにシャツとスラックスを渡した。
ここで着替えろと言っている。それを見たサイードが思いっきり顔を顰める。
「どういうことだ!何で私がこんなこと。」
機嫌が悪い上に訳のわからないことまで頼まれてサイードの怒りは爆発寸前だ。
「もう帰る。車を出せ!」
そう喚くサイードにアーシムは仕方なく一枚のメモを見せた。
どこに盗聴器が仕掛けられているのか分からない。なので何も言えなかったのだ。
「え?本当か?」
そのメモを見てぴたりと大人しくなったサイードは急いでシャツとスラックスに着替えた。さらにアーシムが用意してくれていたメガネをかけマスクをする。
「行くぞ。」
エントランスでボーイに車を預けるとサイードたちは目的の部屋に向かった。
「ここか。」
501と書かれた部屋の前で二人は立ち止まる。
「ええ。」
アーシムが頷くとサイードはインターホンを押した。
しばらくするとドアが細く開いた。その隙間からふわりと流れてくるフェロモン。
顔を見なくてもサイードには分かった。
するりと中に滑り込むとそのフェロモンの主を抱きしめた。
そしてその後ろから入ってきたアーシムがそっとドアを閉める。
「葉月っ!」
「サイード、く、苦しい。」
嬉しくて力一杯抱きしめてしまい慌てて緩める。
「すまない。葉月…どうしたんだ急に。」
「うん。ごめん、その、どうしても会いたくて…。」
葉月が恥ずかしそうに頬を赤らめる。その顔を見たサイードがううっと低く唸ってまたキツく抱きしめた。
「サイード、苦しいよ。」
「葉月、俺も会いたかった。」
「うん。」
二人はうっとりと見つめ合う。もう完全に二人の世界だ。
「一人で来たのか?」
「うん。自分でチケット取ってホテルも予約した。空港近くのホテルはどこも満室で、中東っぽい外観と部屋の中もかわいかったからここにしたんだけど、サイードの家からはちょっと遠かったみたい。ごめん。」
「何で謝るんだ。めちゃくちゃ嬉しいぞ。それに葉月が選んだだけあって良いホテルじゃないか。内装もかわいいし、すごく良い。」
デレデレしているサイードをアーシムが二度見した。二流だの何だのとあんなに文句を言っていたのに、どの口が…という顔をしている。
「本当?良かったぁ。」
「二日続けて電話出来ないなんて言うから…。明日もダメなら俺が日本に乗り込むところだった。」
「ふふふ。だって飛行機の中だったし…。」
左腕でしっかりと葉月の腰に手を回し、右手で頬を撫でたり髪を撫でたりしている。
「それにアーシムじゃなくて俺に直接言えばいいだろ?俺のジェットで迎えに行ったのに。ホテルだって…」
少し拗ねたよう優しく詰る。先にアーシムに連絡したことに嫉妬しているのだ。
「サイード、忙しそうだったから。疲れた顔してたし。アーシムさんに聞いてダメなら日本に帰ろうかと思って。」
「ダメなわけない。おまえが最優先だ。」
サイードが葉月の顔にちゅっちゅっとキスをし始めた。嬉しくて堪らないといった様子だ。
先ほどまで不貞腐れて超絶に不機嫌だった男とは思えないほどの変わりっぷりに、アーシムは呆れ気味だ。
ホテルの前で帰ると駄々をこねたので、メモ用紙に葉月が来ていると書いて見せると、ころりと態度を変えた。
アーシムに突っ返した洋服を奪い取り、瞬時に着替え、スキップするような足取りでこの部屋まで来たのだ。
サイードの機嫌を取るには葉月しかない。
そしてこれは使える。改めてアーシムは実感した。
「えー、ゴホン。」
顔中にしていたキスが唇に集中してきたのでアーシムが咳払いをした。ハッとサイードと葉月が我に帰る。
「何だ、おまえはまだ居たのか。」
「はい。私はいつもどんな時でも近くにおります。」
葉月は恥ずかしそうにサイードの胸に顔を埋めている。サイードはそんな葉月のかわいい姿をアーシムに見られたくないようですっぽりと隠してしまった。
「もういい。早く出て行ってくれ。」
面倒くさそうに言うサイードにアーシムは全く動じない。
「承知しました。では明日の朝お迎えにあがります。私は隣の部屋におりますので、御用の際は…」
「明日の朝?明日の予定は全部キャンセルしろ。」
「それは致しかねます。明日は中東諸国の首相や、王族たちとの…」
「キャンセルだ。」
「殿下それは…」
揉め始めた二人に葉月が困ったように顔を上げた。
「サイード、アーシムさん、ごめん。僕が急に来るから。」
申し訳なさそうに謝るとサイードが焦った顔をする。
「は、葉月は何も悪くない。」
「でも…。僕は大丈夫だから仕事してきてよ。」
「だが、せっかく来てくれたのに…。葉月にアグニアを見せてやりたい。」
「ううん、いいんだ。僕、観光に来た訳じゃないから。サイードに会いに来ただけだから。」
その言葉にサイードが右手で顔を覆い天を青く。そして顔真っ赤にして低く呻いていた。
「そんなかわいいこと言われたら…。余計に行きたくない。…でも、はあ…分かったよ。出来るだけ早く戻って来る。夜はたっぷりかわいがってやるからな。」
「え、ちょっとっ!」
恥ずかしがる葉月を抱きしめてまたキスをし始める。
そんなサイードをアーシムが呆れたような冷めた目で見つめていた。
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