善夜家のオメガ

みこと

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葉月

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「クソっ、クソッ!」

後部座席に座ったサイードは悪態を吐きながら助手席を蹴っている。
アイツはどうして葉月が来ていることを知ったのだろうか。
サイードとアーシムは盗聴器に備えて葉月のことは一切口にしなかった。何かあればメモで会話をしていたのに。
昨夜、葉月がなぜアグニアに来たのか話をしてくれた。自分たちの将来を心配してサイードの気持ちを確かめに来たのだ。
葉月には何度も愛を伝えてきた。しかし彼は不安だったのだ。
オメガ嫌いの国の王子との未来。実際に危ない目にも遭った。
そんな葉月にサイードはもう一度熱心に愛を伝え、葉月が安心してアグニアに来ることが出来るように準備していると話した。
何に変えても守ると誓ったのに…。次の日にはまた危険なことに巻き込んでしまった。自分の不甲斐なさに腹が立つ。
やはり護衛を置けば良かったのだろうか。しかしそんなことをしたら余計に目立つのでやめたのだ。GPSを仕込んだスマホも無駄に終わった。

「殿下、落ち着いて下さい。そう遠くへは行かないでしょう。」

「落ち着いていられるかっ!葉月に何があったら…。」

「…葉月様に手は出さないでしょう。今はまだ。」

そう。
葉月は大事な人質だ。交渉の切り札として使うだろう。
それでも早く葉月の居場所を突き止めて救出しなければ。もし、葉月に何があったら…。
殺気立つサイードにアーシムも気が気ではない。
サイードは関わった者たちを皆殺しにしてしまうだろう。
二人は急いで城に戻り、あの男の仕事部屋に向かう。

「コリンっ!居るか?」

サイードたちが着いた場所はコリンの仕事場だ。
葉月の部屋に落ちていたのはコリンの指輪だった。金の地金にルビー。揉めた時に落ちたのだろう。
コリンが葉月を連れ去ったのは間違いない。
仕事場に着いたサイードたちはコリンを探した。
仕事といっても彼は大したことはしていない。
彼の仕事は王立図書館の管理だ。しかしそれは名目で、本を読んだり、新刊を入荷したりしていただけだ。
サイードの友人で愛人ということは暗黙の了解で、ただ城の中をふらふらして、気が向いたら旅行に行ったり出かけたりしていただけだった。

「やはり居ませんね。」

「ああ。きっと部屋にも居ないだろう。」

「あの、殿下。」

二人のただならぬ姿に図書館の司書の一人が声をかけてくる。この王立図書館で一番の古参だ。

「コリン様をお探しですか?もしかして嘆きの塔にいるかもしれません。」

「嘆きの塔?」

「ええ。グリーンモスクです。グリーンモスクの一番北にある塔です。」

グリーンモスクは王都の北の外れにあるモスクだ。かなり昔に建てられたもので歴史的建造物だが、老朽化がひどい。修繕しようと試みたが、地盤が悪くそのままになっていて取り壊しの案も出でいる古いモスク。
なぜそんな所にコリンが…。

「何でそんな所に…。」

「おそらく地下のようなものがあるのかと。以前そういった類の図書を熱心に調べておりました。」

サイードとアーシムは顔を見合わせた。
コリンはいつもふらふらっとどこかへ行っては、いつの間にか戻ってくる。どこへ行っているのかは分からなかった。

「そこへ行ってみましょう。」




グリーンモスク。
数年前に訪れた時よりもさらに老朽化が進んでいる。日の当たる南側はすでに崩れ始めていた。

「アーシム、この前報告を受けた時はここまで酷くなかったはずだが。」

「ええ。私もそう思いました。こんなに老朽化が進んでいるとは。ここ一帯を管理しているのは…。」

サイードが頷いた。この地域一帯の管理はクタイバが行っている。

「殿下、ミクシームたちを待ちましょう。」

「いや、ダメだ。ここに葉月が居る。すぐに助けに行くぞ。」

アーシムは驚いてサイードを見た。葉月の何かを感じているのだろう。おそらくフェロモンだ。
ベータのアーシムには分からないアルファとオメガの絆。

「はい。」

二人はグリーンモスクの中に入って行った。
ひんやりとした空気と古い土の匂い。中はもっと朽ち果てており、いつ崩れてもおかしくない状態だった。

「殿下、急ぎましょう。ここは危険です。葉月様は居そうですか?」

「ああ。葉月のフェロモンを感じる。」

「地下だと言ってましたね。確か、嘆きの塔には地下室があるはず。地下に行く階段か何かを探しましょう。北はあちらです。」

慎重に中を進んで行くと中庭らしき所に出る。そのすぐ先に一際高い塔が見てた。

「あれが嘆きの塔です。心を病んだ囚人が収容されていた塔で地下に牢屋があります。」

二人でその塔を見上げる。朽ちて崩れた姿はまるでバベルの塔だ。

「葉月っ!」

サイードがビクッと何かに反応して葉月の名を叫んだ。

「殿下、どうしました?」

「葉月が、葉月が泣いている。怯えて泣いている。行くぞ、アーシム。」

中に入ると大きな螺旋階段が目に入る。それは上下に分かれており上へ行くだけでなく地下へも続く階段だ。
二人は迷わず地下へ向かった。


  



「ん、ここは?痛っ!」

目が覚め起き上がろうとした葉月は痛みでまた転がった。手と足を縛られていて上手く動けない。それに右肩に強い痛みを感じる。スタンガンで撃たれた場所だ。

「あ、目が覚めた?」

コリンが楽しそうに葉月を見る。その周りに数人の男たち。アガルを深く被っていて顔は分からない。

「何でこんなこと…。」

「何でって、そりゃあサイードを奈落の底へ突き落とすためでしょう。」

「そんな…だって、コリンさんは…」

「僕がサイードを好きだって話?そんなわけないじゃん。僕が欲しいのはこの国の有り余るお金と権力だよ。本当はサイードを落として意のままに操ろうかと思ったけどなかなか落ちなくてね。アイツ、ヤリチンだろ?一人に執着しないタイプみたいでさぁ。」

「そのために?お金?そのためだけに、サイードに近づいたの?」

ピクッとコリンの右眉が上がる。笑顔は消え、恐ろしいくらいの冷たい表情になった。

「バカにしてんのか?この世は金と権力だよ。オメガのおまえには分からないだろうけど、アルファにだって序列がある。普通のアルファはどうやったって上位アルファに叶わない。でも金があれば別だ。アグニアが持っている財産を手に入れれば、序列なんて関係なくなる。」

「それでサイードを?」

「そ。全然落ちないけど楽しいからのんびりやってたら、おまえが現れた。それにサイード、何かいろいろと頑張っちゃってるらしいじゃん。早くサイードを何とかしろってせっつかれてね。」

「せっつかれてって、…だ、誰に?」

コリンはこの上なく冷たい笑顔で葉月を見る。
黒幕がいるようだ。おそらくそれはサイードの命を狙っている者。
その美しい冷たい笑顔に葉月はゾッとして言葉を失った。


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