スパダリ社長の狼くん

soirée

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第五章

十三話

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 翌朝、早朝からログハウスを出た二人は佑の情報を頼りに湾という街を訪れた。

 予想通り石垣に囲まれた細くねじ曲がった道を進むことになったせいで、運転にも気を使う。車体を擦らないように細心の注意を払いながら、複雑な道を進む。
 どこをどう曲がればどこに出るのか、一切の規則性がない。土地勘のない二人にはどうにも難解で、こうなるとスマートフォンの地図アプリが頼みの綱だった。何度か迷いながら、行き止まりになってしまった袋小路で車を停める。
「おかしいな……この辺のはずなんだけど。というかどうやって戻ればいいんだろう、これは」
 流石の忍も困惑をする。車から降りて、辺りを見回した瞬に近隣の住民が声をかけた。
「どうされたね。迷ったの?」
「あ、はい……ええと、この辺りにサリー・オオムラっていうアーティストの方がいらっしゃると聞いて」
 瞬の言葉に、相手は明らかな困惑を見せた。忍も運転席から降りて事情を尋ねる。
「ああ……サリーはねぇ、今はもうほとんど何もわからなくなっちゃってね。数年前まではそりゃあ素敵な絵を描いていたんだけどね。若年性アルツハイマーって言うらしいねぇ……会話もままならんのよ」
 その言葉に瞬が落胆を見せる。ここまできて、結局わからないのかと。けれどそれは朗報でもあった。彼女はもう、瞬を認識できないのだろうから。
 忍がとり為すように言葉を繋ぐ。
「そうでしたか……僕たちは東京から彼女を訪ねてきているんですが、実は彼が幼い頃にサリーさんとゆかりがありまして。もしよろしければ、少しだけでもお会いできないでしょうか」
 頷いた老婆が背後を指差す。
「アトリエに使っておったんじゃけどねぇ……今じゃ、住むところもないし。私らが世話しているんよ。中におるから会ってみたらいいんじゃないかね。あとね、あの子はなんだかたくさん日記を書いていたからそれも役に立てばどうぞ。全部、隣の部屋に置いてあるから」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、庭に一人の女性が姿を見せた。白い麻のワンピースを纏った40歳ほどの女性は、瞬を見るなり夢を見るような顔で歌うように囁いた。
「あぁ、ダディ。会いにきてくれたの? 私、ちゃんとできたでしょう? あの子は変身したのよ。誰も信じてくれなかったけれど、ちゃんと。ダディは知っていたのね」
 縋り付くように瞬の体を抱きしめて、ダディ、と繰り返す。
複雑な表情でそれを見下ろした瞬が、忍と視線を交わした。
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