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56話 勇者に忍び寄る影
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ジッとミュリエルを見つめるアリシア。
二人の視線が交差し、ごくりと彼女は唾を呑みこんだ。
そして、
「はい! わたしは、皆さんがよろしければパーティーに参加したいと思ってます!」
と意を決したように告げる。
それを聞いてアリシアは、
「そ。ならこれからよろしくね。あなたの支援魔法には期待してるわ。仲良くしてね」
とだけ言うと、眠たそうに首を僕の肩へ押しつけた。
すわった状態で眠るつもりか?
「……えっと、これで、わたしはパーティーに加入できるんでしょうか?」
「そうだね。ちょっと適当になったけど、アリシアが認めるなら僕は歓迎するよ。同じく、これからよろしくねミュリエルさん」
「っ! ありがとうございます! こちらこそ、これからよろしくお願いします!」
僕の言葉を聞いて、バッと頭を下げるミュリエル。
涙すら滲ませて喜んでいた。
「よかったですねミュリエル! これでこれからもずっと一緒にいられます!」
「うん! ありがとうシャロン。シャロンがいてくれたおかげで勇気を出せた」
「ううん、ちゃんと伝えられたのはミュリエルが頑張ったから。それに、ミュリエルの才能はたしかなんです、アリシアと同じくわたしも期待してますからね!」
「が、頑張ります」
「ふふ」
年相応にはしゃぐ二人を眺めながら、僕は内心、慈しむような感情をいだく。
この世界に来てからそれなりに経つが、しかしまだまだそれほどの時間は経っていない。
全体で見れば些細な時間だろう。
だが、はれて三人目の仲間ができた。
またしても女性だが、そこは目を瞑ってほしい。
知り合いがたまたま女性だったから加わったまで。
べつに僕がハーレムを目指してるとかそういうわけじゃない。
……はずだ。
「じゃあせっかくだし、ミュリエルさんがパーティーに入ったことを祝う食事会でもしようか。といっても、豪華絢爛なメニューは期待しないでくれよ? しがないハンターにできる程度の、いける程度の店しか僕は知らないんだから」
「あら、これから外食? パーティーかしら」
「アリシアは眠そうだし、寝ててもいいよ」
「ぶつわよ。わたしだけのけ者にする気?」
「冗談さ冗談。店選びは任せていい?」
「ええ、それくらいなら任せて。……というより、あの店はどう? 昨日いった店なら二人は知らないし、また行きたいと思ってたの」
「ああ、あの店か……」
悪くない提案だ。
料理の量も多いし味も完璧。
メニューの数もそれなりに多かったと記憶してる。
値段が特別高いわけでもない……うん。
「決定、だね」
「そう。じゃあわたしは準備してくるわ。シャロンとミュリエルはその恰好でいいの?」
「はい。わたし達は時間的余裕がありましたから」
「ならまた後でね。ノア様もちゃんと着替えなさいよ? そんな昨日着てた服じゃなくてね」
「わかってるさ。まだ新品はたくさんあるし、笑われない程度を心がけるよ」
それだけ言ってアリシアは隣の部屋へ向かった。
シャロンとミュリエルも僕が着替えるということで部屋を出て、アリシアに続く。
僕は誰もいなくなった部屋で、遅くも空腹をうったえる腹の音を聞きながら、それでもゆっくりと着替えをはじめた。
新たな仲間の加入を噛みしめるように、ゆっくりと。
▼
王都に呼びだされた青年は、不愛想な表情を浮かべて道をあるく。
彼の後ろには、三人もの女性がいた。
「はあ……周りの魔物を駆逐したあげくに呼びだしなんて、相変わらずこの国の国王様は人使いのあらい方ですねえ」
盗賊風の軽装を身にまとう女性が愚痴をこぼし、
「まったくよ。魔族や魔王がどこにいるのかわからない以上、人類の希望たる勇者たちには無暗な旅はさせられない——とか意味不明なこといっちゃって。結局は雑用ばっかり。もう飽き飽きよ」
今度は魔術師風のローブを着た女性が、その言葉にのっかる。
「お二人とも、国王様への文句はよくありません。誰がきいてるとも限らないのです」
「別にいいじゃん。どうせ国王が何をいったところで、わたし達より強い人間なんていないんだから」
「いやいや、そうとも限りませんよダリアさん。遠い国には、わたし達と同じように勇者と呼ばれる人がいるとか」
「はあ? なにそれ。そいつらはエリックみたいに聖剣でも持ってるっていうの?」
「さあ? そこまではなんとも。あたしはあくまでそんな噂を聞いた程度ですから。でもまあ、仮に聖剣を持ってたとしても驚きはしませんけどね。伝承に語られる魔王がそのままの強さを持つなら、多分、勇者は一人じゃ勝てませんよ」
「ふうん……だとしたら見てみたいわね。その勇者とやらを。そう思わない? エリック」
前方をあるく青年に声をかけたダリア。
しかし、前をあるく青年——エリックは、
「興味ないな。所詮はまがい物の勇者だ。俺のような本物の勇者と比べたら、ちっぽけな存在だろうよ」
とだけ答え、それ以上は何もしゃべらなかった。
「たしかに、ね。田舎領主がながした単なる噂って線もあるし、あんまり期待できるわけもないか。人類の救世主である勇者といえば、王都のエリックなんだから」
「どうでしょう。メイリンさんが仰ったように、過去の伝承にはふくすうの勇者様がいた、という話があります。それが本当なら、真なる勇者もまたエリックさん以外にもいるということ。自分の知りあいが最強だからほかは関係ない——と断じるには早計かと」
「でたでた、イリスの真面目。真実かどうかもわからない噂なんて、ゴミだと思って記憶から捨てさるべきでしょ? それともなに? エリック以上の勇者がいるとでも?」
ほんの僅かに、ピリッとした空気がながれる。
張りつめた敵意と悪意が、二人のあいだに。
「……そこまでは言ってません。ただ、そういう展開もあるのではないかと言ったまで。ダリアさんこそ、エリックさんを信じられないのですか? やたらと突っかかってきますが」
「っ! あんたねえ!」
「はいはい。こんな街中でケンカなんかしたらダメですよ~。他の人たちがたくさんいるんですから。勇者の印象を落とさないように注意してください。そうでなくともお二人は名門貴族の出。とくにイリスさんなんか神殿関係者でしょ? 悪い噂がでたら困るのはうえの人たちですよ~」
いがみ合う二人の間にはいったのは、盗賊風の女性——メイリンだった。
砕けた口調と表情でひょうひょうと彼女たちの敵意をちらす。
「ふん! そこの堅物が余計なことを言わなきゃわたしだって怒らないわよ」
「わたしとて、ダリアさんが無駄に絡んでさえこなければ余計なことなど言いません」
「何よ」
「なんですか」
再び、二人のあいだに以下省略。
「も~! だから喧嘩しないでってば~。エリックさんもスルーしないで止めてくださいよ」
「……二人とも、遊ぶなら街の外でやれ。これから俺たちは王城へ向かわなきゃいけない。邪魔なら置いていくぞ」
「「ッ」」
勇者エリックがはなった重い一言に、二人はそろって肩をふるわせた。
最近のエリックは、仲間ですらこわいと思えるほど不思議な闇を抱えるようになった。
それはもはや勇者と呼べるようなものではなかったが、彼が勇者である事実が変わるわけではない。
なので、下手にやぶを突かず、二人はただ大人しくしたがう。
「ご、ごめんエリック。面倒な雑用ばっかでストレス溜まっちゃって……気を付けるよ」
「申し訳ありませんでした。余計な手間を」
あやまる二人に対して、エリックは歩みを止めることも視線を向けることもせず、ただ黙ってすすむ。
残された三人はそんなエリックの背中を追いかけ、節々にホッと胸を撫でおろすのだった。
すると、そこへ、
「——おや、これはこれは、勇者エリック様ではありませんか」
という陽気な声をはっした、商人らしき服装の男性が声をかけた。
どこか不気味な笑みをうかべて。
二人の視線が交差し、ごくりと彼女は唾を呑みこんだ。
そして、
「はい! わたしは、皆さんがよろしければパーティーに参加したいと思ってます!」
と意を決したように告げる。
それを聞いてアリシアは、
「そ。ならこれからよろしくね。あなたの支援魔法には期待してるわ。仲良くしてね」
とだけ言うと、眠たそうに首を僕の肩へ押しつけた。
すわった状態で眠るつもりか?
「……えっと、これで、わたしはパーティーに加入できるんでしょうか?」
「そうだね。ちょっと適当になったけど、アリシアが認めるなら僕は歓迎するよ。同じく、これからよろしくねミュリエルさん」
「っ! ありがとうございます! こちらこそ、これからよろしくお願いします!」
僕の言葉を聞いて、バッと頭を下げるミュリエル。
涙すら滲ませて喜んでいた。
「よかったですねミュリエル! これでこれからもずっと一緒にいられます!」
「うん! ありがとうシャロン。シャロンがいてくれたおかげで勇気を出せた」
「ううん、ちゃんと伝えられたのはミュリエルが頑張ったから。それに、ミュリエルの才能はたしかなんです、アリシアと同じくわたしも期待してますからね!」
「が、頑張ります」
「ふふ」
年相応にはしゃぐ二人を眺めながら、僕は内心、慈しむような感情をいだく。
この世界に来てからそれなりに経つが、しかしまだまだそれほどの時間は経っていない。
全体で見れば些細な時間だろう。
だが、はれて三人目の仲間ができた。
またしても女性だが、そこは目を瞑ってほしい。
知り合いがたまたま女性だったから加わったまで。
べつに僕がハーレムを目指してるとかそういうわけじゃない。
……はずだ。
「じゃあせっかくだし、ミュリエルさんがパーティーに入ったことを祝う食事会でもしようか。といっても、豪華絢爛なメニューは期待しないでくれよ? しがないハンターにできる程度の、いける程度の店しか僕は知らないんだから」
「あら、これから外食? パーティーかしら」
「アリシアは眠そうだし、寝ててもいいよ」
「ぶつわよ。わたしだけのけ者にする気?」
「冗談さ冗談。店選びは任せていい?」
「ええ、それくらいなら任せて。……というより、あの店はどう? 昨日いった店なら二人は知らないし、また行きたいと思ってたの」
「ああ、あの店か……」
悪くない提案だ。
料理の量も多いし味も完璧。
メニューの数もそれなりに多かったと記憶してる。
値段が特別高いわけでもない……うん。
「決定、だね」
「そう。じゃあわたしは準備してくるわ。シャロンとミュリエルはその恰好でいいの?」
「はい。わたし達は時間的余裕がありましたから」
「ならまた後でね。ノア様もちゃんと着替えなさいよ? そんな昨日着てた服じゃなくてね」
「わかってるさ。まだ新品はたくさんあるし、笑われない程度を心がけるよ」
それだけ言ってアリシアは隣の部屋へ向かった。
シャロンとミュリエルも僕が着替えるということで部屋を出て、アリシアに続く。
僕は誰もいなくなった部屋で、遅くも空腹をうったえる腹の音を聞きながら、それでもゆっくりと着替えをはじめた。
新たな仲間の加入を噛みしめるように、ゆっくりと。
▼
王都に呼びだされた青年は、不愛想な表情を浮かべて道をあるく。
彼の後ろには、三人もの女性がいた。
「はあ……周りの魔物を駆逐したあげくに呼びだしなんて、相変わらずこの国の国王様は人使いのあらい方ですねえ」
盗賊風の軽装を身にまとう女性が愚痴をこぼし、
「まったくよ。魔族や魔王がどこにいるのかわからない以上、人類の希望たる勇者たちには無暗な旅はさせられない——とか意味不明なこといっちゃって。結局は雑用ばっかり。もう飽き飽きよ」
今度は魔術師風のローブを着た女性が、その言葉にのっかる。
「お二人とも、国王様への文句はよくありません。誰がきいてるとも限らないのです」
「別にいいじゃん。どうせ国王が何をいったところで、わたし達より強い人間なんていないんだから」
「いやいや、そうとも限りませんよダリアさん。遠い国には、わたし達と同じように勇者と呼ばれる人がいるとか」
「はあ? なにそれ。そいつらはエリックみたいに聖剣でも持ってるっていうの?」
「さあ? そこまではなんとも。あたしはあくまでそんな噂を聞いた程度ですから。でもまあ、仮に聖剣を持ってたとしても驚きはしませんけどね。伝承に語られる魔王がそのままの強さを持つなら、多分、勇者は一人じゃ勝てませんよ」
「ふうん……だとしたら見てみたいわね。その勇者とやらを。そう思わない? エリック」
前方をあるく青年に声をかけたダリア。
しかし、前をあるく青年——エリックは、
「興味ないな。所詮はまがい物の勇者だ。俺のような本物の勇者と比べたら、ちっぽけな存在だろうよ」
とだけ答え、それ以上は何もしゃべらなかった。
「たしかに、ね。田舎領主がながした単なる噂って線もあるし、あんまり期待できるわけもないか。人類の救世主である勇者といえば、王都のエリックなんだから」
「どうでしょう。メイリンさんが仰ったように、過去の伝承にはふくすうの勇者様がいた、という話があります。それが本当なら、真なる勇者もまたエリックさん以外にもいるということ。自分の知りあいが最強だからほかは関係ない——と断じるには早計かと」
「でたでた、イリスの真面目。真実かどうかもわからない噂なんて、ゴミだと思って記憶から捨てさるべきでしょ? それともなに? エリック以上の勇者がいるとでも?」
ほんの僅かに、ピリッとした空気がながれる。
張りつめた敵意と悪意が、二人のあいだに。
「……そこまでは言ってません。ただ、そういう展開もあるのではないかと言ったまで。ダリアさんこそ、エリックさんを信じられないのですか? やたらと突っかかってきますが」
「っ! あんたねえ!」
「はいはい。こんな街中でケンカなんかしたらダメですよ~。他の人たちがたくさんいるんですから。勇者の印象を落とさないように注意してください。そうでなくともお二人は名門貴族の出。とくにイリスさんなんか神殿関係者でしょ? 悪い噂がでたら困るのはうえの人たちですよ~」
いがみ合う二人の間にはいったのは、盗賊風の女性——メイリンだった。
砕けた口調と表情でひょうひょうと彼女たちの敵意をちらす。
「ふん! そこの堅物が余計なことを言わなきゃわたしだって怒らないわよ」
「わたしとて、ダリアさんが無駄に絡んでさえこなければ余計なことなど言いません」
「何よ」
「なんですか」
再び、二人のあいだに以下省略。
「も~! だから喧嘩しないでってば~。エリックさんもスルーしないで止めてくださいよ」
「……二人とも、遊ぶなら街の外でやれ。これから俺たちは王城へ向かわなきゃいけない。邪魔なら置いていくぞ」
「「ッ」」
勇者エリックがはなった重い一言に、二人はそろって肩をふるわせた。
最近のエリックは、仲間ですらこわいと思えるほど不思議な闇を抱えるようになった。
それはもはや勇者と呼べるようなものではなかったが、彼が勇者である事実が変わるわけではない。
なので、下手にやぶを突かず、二人はただ大人しくしたがう。
「ご、ごめんエリック。面倒な雑用ばっかでストレス溜まっちゃって……気を付けるよ」
「申し訳ありませんでした。余計な手間を」
あやまる二人に対して、エリックは歩みを止めることも視線を向けることもせず、ただ黙ってすすむ。
残された三人はそんなエリックの背中を追いかけ、節々にホッと胸を撫でおろすのだった。
すると、そこへ、
「——おや、これはこれは、勇者エリック様ではありませんか」
という陽気な声をはっした、商人らしき服装の男性が声をかけた。
どこか不気味な笑みをうかべて。
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