もし世界が明日終わっても、私は君との約束だけは忘れない

井藤 美樹

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約束

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「二十五日に会おう、梨果りか

 暦では春なのに、まだまだ底冷えする三月の末、困り果てた顔で、私にそう告げたのは、いつも当たり前のように、空気のように、私の傍にいた幼馴染の上原由季よしきだった。

 てっきり呆れられて、さよならされるとばかり思っていたから、想像もしていなかった台詞に、私は弾かれたように顔を上げる。

 久し振りに、由季と目が合った。

 彼の目は、いつも見ていた、温かくて、優しくて、穏やかなものだった。

 私はその目がとても好きだった。安心出来た。でも、今は……胸の奥が痛む。気付いてしまったから、私と由季の間には、とてもとても温度差があるってことに。

 でも同時に、失わなくて良かったと、心から安堵あんどしたの。



 由季にとって私は、ただの家族。もしくは、気を許せる友人かな。

 私は手の掛かる、大事な弟……そう、少し前までは弟だったの。

 同じ歳で同じ学年なのに、小さい頃から私より小さくて、頼りがなくて、よくイジられて泣いていた可愛い男の子。それが、由季だった。中学生になったら、さすがに泣き虫から卒業したけど、ずっと護ってきたの。そのせいか、私の中では弟のポジションのままだった。

 なのに、高校受験が終わり、卒業を間近に迫ったある日、私は季里子きりこおばさんが再婚することを知った。

 季里子おばさんは由季のお母さん。私にとっては、第二のお母さん的存在だった。よく、晩ご飯をご馳走になったりしたよ。

 正式に再婚が決まったことで、由季と季里子おばさんは新しいお父さんと一緒に住むことになった。そのために、隣県に引っ越しが決まったの。

 そして私は、由季が私に内緒で隣県の高校を受験していたことを知った。由季のことを考えたら、このタイミングで再婚し、引っ越すのは間違いじゃない。由季に配慮しての判断だと思う。

 大好きな季里子おばさんの幸せを、素直にお祝いしたい。すべきだと思う。でも私は、素直に喜べなかった。内緒にされたのも腹が立つし、ただただ裏切られた気がしたの。

 何より、由季が私の隣からいなくなる――

 その事実が、私の胸を深くえぐった。

 ショックがあまりにも大き過ぎて、無理矢理笑った。気持ち悪い笑顔だったと思う。それでも、やっとの思いで「おめでとう、季里子おばさん。幸せになってね」と、祝いの台詞を告げる。告げ終わると、速攻帰ったよ。

 そして、そのまま部屋に籠もった。学校も休んだ。卒業前だったから、特に問題はなかった。

 心配した由季が会いに来てくれたけど、会わなかった。黙っていた理由もドア越しに聞いた。私の受験の邪魔をしたくなかったんだって。そう言われたら、文句言えないじゃない。何度も来てくれたけど、私は会わなかった。

 追い返したのは始めてだった。こんなにも、会わない日が続くのも始めてだった。

(ごめんね、由季)

 声には出さずに、心の中で謝る。

 私が由季と会わなかった理由は、気不味くて、どんな顔をしたらいいのか、正直分からなかったからなの。それに、どうして、こんなにも胸が痛いのか分からなかったから。

 だから、考えた。

 考えて、考えて、私は気付いたの。

(……私、由季のことが好きなんだ)

 いつから好きだったのかなんて、分からない。でも私の中で、由季はとっくの昔に弟じゃなくなっていた。

 由季の身長が私を追い越して行くように、私の想いも、段々別の色合いを持っようになったのだと思う。あまりにもゆっくり過ぎて、全然気付かなかった。

(あ~なんで、このタイミングで気付くかな)

 気付いたら、尚更、由季を意識しまくって会えなくなった。恥ずかしいのと、由季の前でまともに話せそうじゃなかったし、真っ赤になってモロバレそうで怖かったの。

 カウントダウンは始まっているのに……

 お母さんに、何度も「後悔するわよ」って言われた。それでも、私は動けなかった。

 毎日会いに来てくれた由季が、ドア越しに告げる。

「明日、卒業式が終わったら、引っ越すから」

 出て来ない私に呆れてるだろうな。優しいから、最後まで私を見捨てられないだけ。そう思いながらも、心の片隅には期待する気持ちもあった。

 さすがに、卒業式は休めないから出席したよ。

 卒業式が終わった後、由季はクラスメイトに軽く雑談をして、教室を出て行った。引っ越すことは話していないようだった。先生も告げなかった。校門で季里子おばさんが待っているんだろう。

 まだ動けない私は、窓に目をやる。

 由季の背中が見えた。だんだん小さくなる。

 考えるより身体が動いていた。私は友達の会話を途中でさえぎって、急いで校門に向かった。

「由季!!」

 私の声に反応して、由季と季里子おばさんは足を止め振り返る。

「ゴメンね、由季。意地を張っちゃって」

 息を切らしながら、なんとか言った。

「いや、梨果は悪くないよ。黙っていた俺が悪い。だから、泣かないで」

 最後まで、私は由季を困らせてる。笑わなきゃと思うのに、涙は止まらなくて笑えない。

 由季が私を抱き寄せ、子供をあやすように背中をポンポンと叩く。

「今日、二十五日だよね。毎月二十五日に会おう、梨果」

 そう告げると、由季は私から離れた。

 由季に恋をしているのに気付いてから、始めて、私は彼の顔を真正面から見たの。

 温かくて、穏やかな目をしていた。



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