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私の選択
しおりを挟むさっき入って来た高級リゾートホテルのエントランスを、今度は右に進む。
陽平さんは途中何度か止まりながら、検査室の場所を教えてくれた。壁に貼り付ける形の案内板が、ホテル感を出してるよ。書かれている文字は違うけどね。ほんと、細かい所も徹底してる。
ちゃんと聞いてはいるんだけど、私はずっと呆けたままだった。さすがに、キャパオーバーだよ。
大まかな所を説明し終えた陽平さんは、「じゃあ、そろそろ担当医の所に行こうか」と私に声を掛ける。私は「はい」と答え、彼の隣に並んだ。
どうやら、診察室は少し離れた場所にあるみたい。
少し歩くと、居住スペースのような空間に出た。木目調のドアが存在感を放ってる。たぶん、あの可愛らしいドアの先が診察室なんだろう。
陽平さんがドアをノックする。
「どうぞ」
若い男性の声が聞こえた。
(未歩ちゃんの葬式に参列した人じゃないのか……)
どう見ても、未歩ちゃんの担当医さんは中年男性だったからね。
「失礼します。国谷さん、森山さんをお連れしました」
陽平さんに促されて診察室に入る。コーヒーの良い香りがした。
そこは、緑に溢れていた。まるで植物園の中に、テーブルとか椅子とかを置いている感じ。私が知っている診察室ではなかった。
テーブルの上に置かれているパソコンと血圧計が、やけに不釣り合いで目に付いた。
「……こればかりは、仕方ないかな」
そう言いながら、奥から姿を現したのは、未歩ちゃんの葬式に参列していた担当医だった。
(声、若っ)
「はじめまして、国谷正和と言います。森山さん、君の担当医を務めます。宜しく」
国谷先生はニコッと微笑みながら自己紹介をする。
(柔らかい笑みを浮かべる人だな……)
第一印象がこれ。この植物園のような診察室に、とても似合う人だった。
「は、はじめまして、森山梨果と言います。これから、宜しくお願い致します。つまらないものですが、皆さんで食べて下さい」
私は頭を深々と下げると、お母さんに持たされたお菓子の箱を国谷先生に渡した。
「よかったのに。ご丁寧にありがとうございます。皆で食べますね。いつまでも立ちっぱなしはなんなので、座って下さい。それで、森山さんはコーヒーと紅茶、どちらがいいですか?」
「コーヒーでお願いします。国谷先生」
こんだけ良い香りさせていて、コーヒー以外の選択はないわ。
「じゃあ、今からとびきりの物を淹れて来ますね」
(先生自らですか!?)
奥に消える国谷先生。代わりに、陽平さんが奥から出て来た。トレーにマグカップを二つと、砂糖とミルクを乗せて。
マグカップか……ちゃんとしたセットより、こっちの方がいいな)
なんか、温かい感じがするよね。
「じゃあその間に、血液を採取させてもらおうかな」
そう言うと、血圧を計る。計り終えると、手際よく血液を六本分採取した。全然痛くなかったよ。過去一で上手かった。下手な人って痛いだけでなく、内出血するんだよね。
採取し終えた頃を見計らったように、国谷先生がコーヒーを運んで来た。マグカップに注いでくれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
香りを楽しんでからブラックで飲む。苦味と渋味、でも果実の匂いもする。マジ、専門店より美味しかった。
「とても、美味しいです!!」
自然と口角が緩む。
「それはよかった」
嬉しそうに、国谷先生は微笑む。本当に、コーヒーが好きなんだと思った。
五口ぐらい飲んでから、ミルクと砂糖を入れる。封を切ったばかりのコーヒーを飲む時、いつもこの飲み方なんだよね。癖ってやつかな。
「森山さん、未歩さんの葬式でお会いしましたよね」
ほっこりとしていると、国谷先生が声を掛けて来た。
(危な~完全にリラックスモードだったよ)
「は、はい」
私は目で追っていたけど、国谷先生とは目は合わなかったのに気付いてたみたい。
「未歩さんの病気のことは知っていましたか?」
私は軽く首を左右に振った。
「……両親は知っていたみたいです。でも、私は知りませんでした。亡くなったのを知ったのも、葬式の日の朝でした。その時に、母がおかしなことを言ったんです」
「おかしなこと?」
「絶対、棺を覗き込んだら駄目だって。誰かが、お別れをしたいと強要しても、覗き込まないようにと……病気のことを知ったのは、私が理由を訊いたからです」
「驚きましたか?」
私は頷く。
「……本当に、実在するとは思いませんでした。ましてや、自分がその病気を患っているなんて、考えもしていませんでした。幸いにも、まだ活性化はしていませんが、活性化すれば……」
そこまで言って、言葉に詰まる。それは、国谷先生も陽平さんも同じだった。
少し間があいた後、国谷先生が口を開く。
「正直に言えば、僕も驚きました。送られてきたサンプルの備考欄に、未歩さんの名前を見た時は。遺伝子の変異が原因である以上、血縁者が似た性質を持っていてもおかしくはありません。だからといって、必ずしも変異するとは限らない」
それは説明書にも書いてあった。遺伝性についてはどちらとも言えないと――
「…………私は、運が悪かったんですね。それか、最悪な形で当たりくじを引いたんですね」
「私は患ってはいません。近親者でこの病に罹っている者もいない。だから、私の言葉は、森山さんや陽平君からしたら、綺麗事に聞こえるかもしれません。ただ以前、未歩さんが言っていたことがあります」
「未歩ちゃんが……」
国谷先生は私の目を真っ直ぐに見詰め、告げる。
「人それぞれ、色々抱えてる。自分は、それがこのおかしな病だっただけだと。だけど、立ち止まることも選択することも止めたりはしない。それだけは、絶対にしないと、私に宣言していました」
その台詞を聞いて、胸の奥が、目頭が、鼻が痛くなった。涙がぽろぽろと溢れ出し、止まらなくなった。嗚咽混じりに、私は告げた。
「……未歩ちゃんらしいですね。国谷先生、私は生きたい。出来る限り、鎮静化した状態を長く続けたい。やりたいことがあるんです。したいことが、まだまだ一杯あるんです。そのためなら、どんな辛いことでも耐えます。だから、新薬を投与して下さい。お願いします」
私は立ち上がり、国谷先生に頭を下げた。そして、嘆願した。
「それが、君の選択なのですね」
「はい」
私ははっきりと断言した。
「分かりました。ただ、出来たばかりの新薬です。どんな副作用が出るか分からない。最悪、それが原因で活性化するかもしれません。それでも、望みますか?」
覚悟は出来てる。
望みを叶えるために、リスクを背負うだけの話でしょ。私にとって、望みとリスクを両天秤に掛けたら、望みの方が重かっただけなの。
私は顔を上げ、袖口で涙を拭った。そして、国谷先生を真っ直ぐに見据え答えた。
「望みます。それが、私の選択です」
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