今度こそ絶対逃げ切ってやる〜今世は婚約破棄されなくても逃げますけどね〜

第一章 人生、まてしても超ハードモードから始まるようです

これが現実です

「これからは、食事もドレスもこちらでご用意させて頂きますのでご安心下さい。マリエール様」

　馬車に乗り込んですぐ、アンナにそう告げられた。

　内心、その申し出はとてもありがたいものだけど、素直に受け取れない。だってそれは、王太子妃の諸費から出ているものでしょ。始めからなるつもりがない自分が貰っていいのかな。罪悪感がどうしても付き纏う。

　でも、食事だけは見逃してほしいかな。マジ、倒れるから。食事が改善されたといっても、一日一回だけだし。さすがにマナー教室で出される僅かな軽食だけじゃ、この頃保たなくなってきたんだよね。ほんと限界だった。野草のスープじゃあ、お腹は膨れないし。トイレが近くなるだけだし。

　暗部を無視して動いていいなら、どうとでもなるけど。飼い殺しにされる未来しか見えないからパスだし。だから、暗部に気付いていない振りを続けてるんだよね。気付いたと悟られた時点で、関心もたれるからね。普通、十歳の子が暗部に気付くわけないでしょ。そもそも、暗部のことすら知らないよね。いくら、公爵令嬢でも。成人してるなら兎も角。

「食事はありがたいですが、ドレスは結構ですわ。食事も、それほど高価なものでなくても構いません。飢えなければ宜しいですわ」

　それに、もしドレスを貰っても、どうせソフィアのものになるしね。勝手に離れに入って持って行くから。それって、完全な泥棒よね。自分の分は自分のもの。私のものは自分のもの。当然、誰も注意しないしね。だから、本当に大切なものは盗られないように隠してる。お母様の形見とか換金用の宝石とかね。

　そんなことを思いながら答えたら、アンナの表情が僅かに強張った。

「どうしてです？　貴女様は未来の王太子妃ですよ」

　今更、何言ってるの？
　
「果たしてそうでしょうか？　殿下はソフィアをご所望ですし。お父様もお母様もソフィアを押しております。貴族間でもソフィアだと思っている方が多いでしょう。……それに、ソフィアには王国から派遣された騎士が護衛に当っております。私には護衛はおりませんわ。未来の王太子妃なのに。おかしくはありませんか？　つまり王国は、ゆくゆくはソフィアを王太子妃に据えるとお考えなのではありませんか？　そんな私がこれ以上、税金で贅沢をする訳にはいきませんわ」

　そうでしょ。間違ってはいないよね。それに、そう解釈されてもおかしくないでしょ。その割には、ソフィアを王宮に呼んだことはないけどね。代わりに、殿下が呼ぼうと躍起になってるのは知ってるけど。

　まぁアレが王太子妃になったら、間違いなくこの王国は食い物にされて滅びると思うけどね。散財が激しいもの。糞女と一緒で。ほんと、よく似た親子だわ。ましてや、男に媚びるのがやたらと上手い。屑と殿下は、その典型的よね。

　まさかと思いますが、私を側妃にしてソフィアを正妃にと考えてるのなら、速攻逃げるわ。完全に奴隷扱いされるよね。

　まぁどちらにせよ、たぶん、一か月後に開催される新年会のパーティーがネックだと思う。大手を振って王宮に入れるから。絶対、何か仕掛けてくるとふんでるんだけどね。

「……護衛がいない？」

　あっ、まだ話の途中だったわね。考え事は後にしよ。

「はい。いませんわ。因みに侍女もいませんよ」

「侍女も……今まで一度もですか？」

　アンナの眉が僅かに上がります。

「おかしなことを訊くのね、アンナ。昨晩と今日、一度でも護衛の姿を見ましたか？　貴女以外の侍女を見ましたか？」

　苦笑しながら尋ねます。両方見なかったでしょ。だって、初めらからいないもの。ソフィアには大勢付いてますけどね。

　思い当たったのか、ハッと口元に手を当てるアンナを見ながら、私は心の中で突っ込む。

「王妃教育に向かう時もですか？」
　
「今、居ますか？」

　どこに？

「…………個人的には？」

　その質問には答えられなかった。曖昧に笑って誤魔化す。もうそれが答えだよね。

　あの毒親が付けると思う？　って、思わず訊きそうになったよ。危ない。危ない。まぁ言わなくても、長女である私をあんな離れに追いやった時点で、簡単に想像出来るよね。