婚約破棄ですか。別に構いませんよ

二年生になりました

第二十四話 拷問ですか

　取り敢えず、保健室に連れて行きましたわ。従者も一緒に。

　濃い血の匂いがしますわね……それも新しいものに混じって古いものの匂いもします。つまり、古い傷の上に新しい傷が出来たってことです。導き出せる答えは一つ。

　拷問ですか……

　国を思い行動した者に対してする仕打ちではありませんね。それも王族に対して。おそらく、命令したのは国王かそれに連なる者。ケルヴァン殿下のことですから、正面から行ったのでしょうね。回りくどいことが出来ないたちですから。

　力尽きたように眠っているケルヴァン殿下に、私はもう一度治癒魔法を掛ます。戻って来た瞬間、速攻掛けましたから。

　一応、傷は全て塞ぎましたわ。ついでに、浄化魔法を掛けてあげました。これで体もサッパリしたでしょう。

　傷が塞がっても、ケルヴァン殿下は目を覚ましませんでした。

　それだけ、重いダメージを受けたってことですわ。

　魔法は万能ではありません。確かに、治癒魔法で傷は治せます。魔法の威力が高ければ、欠損した部分も再生出来ます。ですが、血を造血したりすることは出来ません。それを促すことは出来ますけどね。

「…………ケルヴァン殿下……」

　従者が両膝を床に付き、頭を垂れ主の名前を呼びます。

　その声は微かで震えています。声音は、不安と心配、そして苦渋が入り混じっていました。

　……何か命令されたようですわね。

　おそらく、送られてきた薬とは違う件でしょう。まぁ……それはおいおいと。それよりも、傷の方が心配ですわ。

「じっとしてなさい」

　私はそう告げると、従者に治癒魔法を掛けてあげました。

「あっ、ありがとうございます。セリア皇女殿下」　
　
　髪の毛の先が床につくまで頭を深々と下げ、従者は礼を言います。

「それで、何があったか教えてくれます？」

　私は従者に尋ねます。

　一応保健室には誰も入室出来ないようにしていました。勿論、外に声が漏れないように障壁を張っています。

　さすがに、従者は戸惑いの表情を見せます。そりゃあそうですわね。自国のいざこざを他国に聞かせていいのか、悩みますわね。

「…………申し訳ありません。セリア皇女殿下」

　中々の忠臣ですわ。

　強く詰め寄っても、おそらく従者は話さないでしょう。なら、

「分かりましたわ。何も聞きません。……ただ一つだけ、教えて下さい」

　何も訊かれないと思ったのでしょう。従者はビクッと体を強張らせます。

「何故、従者である貴方より、ケルヴァン殿下の方が重傷なのです？」

　そこまでの忠臣を示す従者なら、ケルヴァン殿下と同等かそれ以上の怪我を負っていてもおかしくありません。

　しかし彼は、怪我を負いながらも倒れることなく、主人であるケルヴァン殿下を心配する余裕があります。

「………………殿下をお止め出来なかった私は、その場で手打ちにされる筈でした。だけど……殿下が…………」

「庇ったのね」

「はい」

「そう……ケルヴァン殿下らしいですね。貴方は立派な主に出会えて幸せですね」

　真っ先に切り捨てる者もいれば、護る者もいる。それを甘さと捉える方もいらっしゃいますが、私はその甘さがあってもいいと思います。

「…………はい」

　その声はとても小さかったが、はっきりと聞こえました。

「ケルヴァン殿下に助けられた命、それをどう使うかは、これから先の貴方の行動次第。悔しいのなら、その分、ケルヴァン殿下を支えなさい」

　私はそう従者に告げると保健室を出ました。教室に戻る途中、侍女がスーと近付いて来ます。

〈従者を見張りなさい〉

　声を出さずに口だけを動かします。

「畏まりました」

　侍女は立ち止まり、私に頭を下げました。

　私の考え過ぎならいいのですが……こういう時の勘って、嫌なことによく当たるのよね。